魔族の花嫁に選ばれた皇太子妃

葉柚

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番外編 セレスとフォン

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セレスとフォン




「……天使様。」

「天使では、ありません。」

 始めて会った年上の男性は私のことをポーっとした目で見つめ、「天使」だとつぶやいた。
 私のどこが天使なのだろうか。
 人よりも白い肌に、人よりも色素の薄い金髪が消えていなくなりそうな天使を創造させるのだろうか。

「はっ。失礼をいたしました。巫女様。あなたがあまりにも美しく人ならざるもののように見えたものでして。」

「……そう、ですか。」

 私は幼い頃より王宮の奥深くにある神殿に隠されるように隔離されながら過ごしてきた。
 会う人は誰も彼も私のことを「巫女様」と呼び、「巫女」として扱う。
 誰も私のことを友達や家族として扱うこともない。
 会話も必要最低限の会話だけで、雑談をすることもない。
 おかげで私は誰と話す機会もなく、この神殿の外のことを知らない。私は俗世から隔離された存在なのだ。
 
「私は、フォンと申します。次期、宰相を約束されております。本日は巫女様に次期宰相として挨拶をしに参りました。」

「私は、セレス。よろしく。」

 フォン次期宰相は私のことを見つめながら恭しく一礼した。
 その一連の所作はとても洗練されており綺麗だった。

「ははっ。巫女様。」

「……セレスよ。」

「はい。巫女様のお名前でございますね。」

「ええ。私はセレスよ。」

「承知しております。巫女様。」

 なぜだか目の前にいるフォン次期宰相に名前を呼んでほしくなって私の名前を呼ぶように言ってみるけれど、フォン次期宰相は頑なに私の名前を呼ばない。
 フォン次期宰相は、私が知る人の中で一番私に年齢が近そうな人だから友達になれるのではないかと淡い期待を抱いたのに。
 
「……セレス、と。」

「なりません。巫女様。巫女様のことをそのように親し気に呼ぶことはできません。巫女様はこの国の王よりも高貴なるお方。神様から愛される巫女様なのですから。私などが親し気に巫女様と接すれば神様から罰を与えられてしまいます。」

「……そう。」

 フォン次期宰相も他のみんなと同じだったようだ。
 私を私個人として見てくれない。
 年齢が近いから少し期待したのに。
 
「もう、私に用はないでしょう?下がってくれて構わないわ。」

 目に涙を浮かべて、フォン次期宰相に告げる。
 やはり誰も私を私として見てはくれないのだと分かっていたことなのに、どこか胸がツキンッと傷んだ。
 
「はい。失礼いたします。」

 フォン次期宰相は、私の涙を見たのか一瞬だけ表情を崩した。
 けれどもすぐにまた表情を取り繕ってしまった。
 でも、フォン次期宰相は他の人とは違う。
 だって、一瞬でも表情を崩したのはフォン次期宰相だけなのだから。
 フォン次期宰相は他の人とどこか違う。フォン次期宰相の表情の変化は私に一筋の希望を持たせた。





☆☆☆☆☆




 フォン次期宰相が来る日はとても気分が弾んだ。
 そして、フォン次期宰相の表情の変化を確認するように、私はフォン次期宰相を驚かすようになった。
 
「わっ!」

 フォン次期宰相が来る時間になると私は部屋の片隅に隠れ、フォン次期宰相の訪れを待つ。そして、フォン次期宰相の後ろから彼を驚かすのだ。
 他の人にやったら怒られてしまうか窘められてしまうが、フォン次期宰相だけは違って毎回驚いてくれた。
 
「フォン次期宰相はビビりですね。くすくす。」

 フォン次期宰相の反応が面白くて私は笑うようになった。
 
「……女神様。」

 私が笑うとフォン次期宰相は頬を赤くして私のことを「女神」と呼ぶようになってしまった。
 でも、だんだんと慣れてきたのかフォン次期宰相は私が隠れている場所を当てるようになり、次第に驚くことも減っていってしまった。
 少しつまらない。
 
「ねぇ、フォン次期宰相は、私がどんなことをしたら驚くのかしら?物陰から驚かすだけではあなたは驚かなくなってしまったわね。」

 寂し気にそう言えば、フォン次期宰相は少し戸惑った表情を浮かべた。
 
「あなたま巫女様なのです。人を驚かせるようなことは……。」

「ねえ。私がしたら驚くことってなに?」

「今でも十分驚いております。」

「……嘘ね。」

「巫女様は良く笑うようになりました。今までの神秘的なお姿も素敵でしたが、私としてはよく笑う巫女様に驚いております。初めてお会いした巫女様は、無表情で正直少し近寄りがたかった。あ、いえ、今も巫女様のことは敬っておりますが。その……。」

「よく、わからないわ。」

 フォン次期宰相が何を言っているのか理解できなかった。
 そのうちにフォン次期宰相は何をしても驚かなくなってしまって。
 私は必至に考えた。
 どうしたらもう一度フォン次期宰相が驚いてくれるのか、を。
 そして、私は神殿を抜け出せばフォン次期宰相も盛大に驚いてくれるのではないかと思い至ってしまったのだった。




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