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第一章
第七話
しおりを挟む「……貴様、今、なんと言った?」
第一王子の声音が低く震え、書庫の空気が一気に張り詰めた。
怒りを隠そうともしないその声に、周囲の書棚が軋むような錯覚さえ覚える。
だが、朔は一歩も引かなかった。
床に伏せるでも、視線を逸らすでもなく、ただ静かに第一王子を見据える。
その瞳は澄みきっていて、そこに怯えや迷いはなかった。
「あなたは、兄失格だ。」
はっきりと、迷いのない声だった。
「……何?」
第一王子の眉がつり上がる。
信じられないものを見るような視線が突き刺さるが、朔は構わず言葉を続けた。
「ここに来て、最初に読んだ日記は、俺のひとつ前に召喚された神子――あなた方のお母様のものでした」
一瞬、第一王子の表情が強張る。
朔はそれを見逃さず、淡々と語り続ける。
「そこには、国王陛下と二人の息子に向けた、深い愛情が綴られていました。
誇りに思っていること、そして同じくらい、心配していることが」
第一王子の顔が、ほんのわずかに揺れる。
だが朔は止まらない。静かな声の奥に、確かな怒りを宿したまま言葉を重ねる。
「優秀すぎる弟を持ち、あなたは次第に道を踏み外した。
純粋に兄を尊敬し、慕っていた弟を突き放し、責め立て、傷つけた。
それを、あなたのお母様は――ずっと、胸を痛めながら見ていた」
「...貴様ごときに何が分かる?」
怒りの感情を一切隠さない低い声を聴きながら、朔の脳裏には自然と一人の姿が浮かんだ。
唯一の家族であり、今も胸の奥に残り続けている存在――弟のシュウ。
「俺にも弟がいます」
視線を逸らさず、朔は続ける。
「だから分かる、あなたは弟に嫉妬して、努力することを放棄した。
それは誰のせいでもない。あなた自身の責任です」
低く、しかし断言するように。
「アルヴェイン殿下のせいではありません。
あなたの心が、弱かっただけだ」
「……貴様ァ!!」
怒号とともに、第一王子が拳を振り上げる。
怒りが臨界点に達した、その瞬間――
「そこまでです!」
勢いよく書庫の扉が開き、アルヴェインと、かつて道案内をしてくれた騎士が駆け込んできた。
騎士は迷いなく第一王子に飛びかかり、その身体を押さえつける。
暴れる第一王子を、騎士は力強く引きずりながら書庫の外へと連れ出していった。
扉が閉まると、騒がしさは嘘のように消え、再び静寂が戻る。
広い書庫に残されたのは、朔とアルヴェイン、ただ二人だけだった。
あまりにも絶妙なタイミングに、朔は言葉を失う。
アルヴェインは気まずそうに視線を逸らし、少し間を置いてから口を開いた。
「……すみません。外で、少し聞いていました」
朔はその言葉に小さく驚き、同じく気まずそうに目を逸らす。
「…いえ、こちらこそ余計なことをして、すみません。
勝手に、あなたを自分の弟と重ねてしまいました」
するとアルヴェインは、ふっと肩の力を抜いたように微笑んだ。
「いえ。兄には申し訳ありませんが、正直、少しすっきりしました。
ありがとうございます」
そして、優しく問いかける。
「サクにも兄弟がいたのですね。仲が良かったのですか?」
「はい。俺の一番大切な人です」
「……ならば」
アルヴェインは穏やかに、しかし確かな意志を込めて言った。
「早く、彼の元へ帰らねばなりませんね」
「...そうですね」
そう答えた朔は、ほんの一瞬だけ、微かに笑った。
それは確かに笑顔だったが、
その瞳に、希望の光が宿ることは、やはりなかった。
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