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第一章
第十話
しおりを挟む「そんなはずはない!」
朔の自室に、アルヴェインの悲痛な叫びが響いた。
彼がこれほど声を荒らげるのを聞くのは、これで二度目だった。
朝食を終えたあと、朔は言われた通り自室へ戻った。
ベッドの上で天井を見つめ、特にすることもなく、ただ時間が過ぎるのを待っていた。
やがて、控えめなノック音が部屋に響く。
「失礼します」
扉が開き、宣言通り、アルヴェインと一人の医師が入ってきた。
医師は度の強い眼鏡をかけ、いかにも学者然とした風貌の男で、無駄な感情を一切表に出さない顔をしている。
「失礼いたします、神子様」
簡素な挨拶のあと、医師は早速診察に取りかかった。
胸に聴診器を当てられ、瞳孔を覗き込まれ、手首に指を添えられる。
心音。
呼吸。
脈拍。
どれも丁寧で、形式としては申し分のない診察だった。
その少し後ろで、アルヴェインは腕を組み、微動だにせずその様子を見守っている。
眉間には深い皺が刻まれ、視線は医師の一挙一動を逃すまいと鋭く注がれていた。
ひと通りの診察を終えると、医師は聴診器を外し、道具を鞄へとしまう。
そして、淡々とアルヴェインへ向き直った。
「……異常は見当たりません」
「そんなはずはないだろう!?」
即座に返ったのは、感情を抑えきれない声だった。
医師は眉ひとつ動かさず、冷静に言い切る。
「いえ。数値上も、反応も、特筆すべき異常はありませんでした」
「そんなはずはない。
この世界に来てから、サクの体調は明らかに悪化している。
これを“異常ではない”と言う方が、よほど異常だ」
アルヴェインの言葉には、焦りと苛立ちが滲んでいた。
だが、医師は肩をすくめるようにして応じる。
「アルヴェイン殿下。よくお考えください。
神子様は、そもそも異世界から召喚された存在です。
それ自体が、我々にとっては“異常”でしょう」
穏やかな声音で、続ける。
「環境も、空気も、食事も、常識もすべて異なる世界に突然放り込まれたのです。
体調を崩さない方が、むしろ不自然です」
「……しかし、サクは明らかに苦しんでいる。
それを前にして、何もせずに見ていろと言うのか」
「大丈夫です、殿下。
こういった症状は、多くの場合、精神的な不安からくるものです」
医師はそう断言した。
「神子様も、この環境に慣れれば自然と回復されます。
時間の問題でしょう」
「……精神的、ですか」
アルヴェインは、ゆっくりと朔の方を向いた。
「サク。
あなた自身は、どう感じていますか?」
突然問いかけられ、朔はわずかに肩を跳ねさせた。
一瞬、言葉を選ぶように視線を伏せ、それから静かに口を開く。
「そう、かもしれません。
自分でも気づかないうちに、疲れが溜まっていたのかもしれません」
医師は満足げに頷く。
「ええ、きっとそうでしょう。
特別な薬は必要ありません。
しっかり休み、食事を取れば、ほどなく回復されます」
それだけ告げると、医師は荷物をまとめ、次の予定があると言って一礼し、部屋を後にした。
扉が閉まっても、アルヴェインはその場から動かなかった。
何かを考え込むように、深く沈黙している。
朔は、膝の上で、まだ痺れの残る指をそっと握ったり開いたりしながら、ぼんやりと思う。
——ああ。
あの医師も、きっと“こちら側”なのだろう。
毒を盛る者たちの、あるいはそれを黙認する者たちの。
そう結論づけても、胸の内に波立つ感情はなかった。
ただ、静かに、冷静に。
そういうことか、と理解しただけだった。
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