機動する世界の狭間で:A Robot Meets a Girl Across Variable Worlds

るろうに

文字の大きさ
9 / 35

ep.3-1 Contact

しおりを挟む
「こちら、iARTS立川本部の施設案内図です」
「あっ、ありがとうございます」

 ワンボックスカーの後部座席で、私は中津川さんから手渡された封筒を受け取った。車は長いトンネルを走行している最中で、外の景色は闇そのものだ。だが、車内灯が柔らかく灯り、資料を読むには十分だった。

 封筒から取り出した案内図を開くと、私は思わず息を呑んだ。

「昭和記念公園の真下に……こんな施設が」

 整備ドック、司令所、シミュレーター区画、科学解析棟――地下都市と言っても過言ではない広さだ。頭の中の“秘密基地”のイメージがあまりに簡単すぎたのだと思い知らされる。

「それに、このトンネルだって施設のものなんですよね?」
「はい」

 中津川さんは軽く顎を引いた。

「正式には、東京都心から立川広域防災基地へ緊急移動するためのルートとして整備されたものです。戦時・災害時の“最後の動脈”ですね」

 その言葉を聞き、私は車窓に映る自分の姿に視線を移した。制服姿の自分が、暗いガラスに薄く反射している。胸元のリボンの結び目が少し曲がっていた。

 ……せめて着替える時間くらい欲しかった。そんな小さな不満が胸の奥に沈む。

「あの」
「は、はい!なんでしょうか?」

 中津川さんが、心配そうに身を乗り出した。こんな風に近くで顔を覗き込まれると、少しだけ気まずい。

「ありがとうございます、こんな……無茶な提案に乗ってくれて」
「いえいえ、私も東京を守りたい気持ちは同じですし……」
「もしかしたら戦闘で命を落とすかもしれないのに……」
「それはそうですけど……でも、私以外にいなかったんですよね?」

 中津川さんからは車に乗る前にいくつか説明を受けていた。白龍は適正パイロットが長らくいなかったこと。私が乗れたことはまさに奇跡だったこと。私にはパイロットとしての素質があること……。

 それでも、怖くないと言ったら全くの嘘であった。

 中津川さんは一瞬だけ言葉を選ぶように間を置き、それから静かに頷いた。

「……大丈夫です。あなたが不安なら、私たちが支えます。全部をひとりで背負わせたりしません」

 その丁寧で確かな声に、少しだけ呼吸が楽になる。

 だが同時に、はっきりと理解してしまった。

 ――私はもう、戻れないところに立っている。

 この暗闇のトンネルが、日常と非日常の境界線なのだと。



 やがて車は減速し、滑るように停車した。

 『iARTS立川本部・地下エントランス』と記された発光サインが、白い光を淡く周囲に散らしている。エンジンが止まり、静寂が訪れた。スライドドアがゆっくりと横に開く。

「さ、どうぞ」

 中津川さんに手で促され、私は深呼吸してから車外へ足を下ろした。

 その瞬間――。

 万雷の拍手が、私を出迎えた。 

 低く反響する音が、まるで波のように押し寄せてくる。驚いて顔を上げると、白衣、整備服、スーツ――実に多彩な服装の人々が半円を描くように並び、私を歓迎していた。

「あなたが橘杏子さん、ですか」

 声を掛けたのは、見覚えのある中年の男だった。初戦で私の名前を聞いてきた男。

「ああ、申し遅れた。私は戸塚宗次郎とつかそうじろうだ。白龍を含めた機体開発の総指揮を執っている」

 白衣の袖から差し出された手を、私は少し緊張しながらも恐る恐る握り返す。不思議な温かみを感じる。

「……は、初めまして。橘杏子です」
「うむ、こうして顔を合わせるのは初めてだな、そしてこっちが――」
「渡辺未来です。白龍のメイン担当よ」

 並んで立ったのは、緑のメッシュが入った黒髪ロングの女性だった。20代後半か30代前半だろうか。鋭利な美貌に、芯の強さが漂う。

「あなたの操縦センス、見事なものだったわ。コツを教えてほしいくらい」
「あ……ありがとうございます」

 褒め言葉なのにどこか素っ気ない。私は気圧され、控えめに返すしかなかった。

「そんなに萎縮しなくてもいいのよ。ここ数日はもうあなたの話題で持ちきり。ようやく“2人目”が来たって。それも白龍なんて、とびきりピーキーな機体のパイロットがね」
「2人目……?」

 不意に告げられた言葉に、思わず聞き返す。

「2人目って?」
「あれ? さくらっち、言ってなかったの?」
「あっ、忘れてました。すみません」

 中津川さんはそう言うと、顔を左右に振ってなにかを探した。しかし、お目当てのものは見つからなかったみたいで、

「どこにもいませんね」

 と、ポツリと呟いた。

「まったく、どうせ忘れてただけでしょ」
「まあ、あの子らしいといえば、らしいですけどね」

 軽く笑い合う2人。

 『あの子』って誰のことだろう――そう口を開こうとした、その時だった。

「ああーーっ!!」

 甲高い声が、地下エントランスの奥から跳ね返るように響いた。

「すみませんっ!通してください、通ります!!」

 ざわつく人垣をかき分け、鮮やかな“黄色”が飛び込んでくる。蛍光にも似たレモンイエローの髪。

 同年代の少女が、全力疾走でこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。

 彼女はその勢いのまま、私の手をガシッと掴んだ。

「やっと!やっと会えたぁぁぁ!!」

 ぱあっと花火が弾けたみたいな笑顔で、目の前に飛びつく勢いだ。

「ずっと!ずーーっと待ってたんだから!!」

 はしゃぐその姿は、まるで子供のようだった。

 私は呆然と立ち尽くすしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

処理中です...