悪役令嬢が最弱(モブ)勇者を育ててみたらレベル99の最強に育った

タチバナ

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#11 ルート分岐

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 『聖なる獣は聖暁せいぎょうの乙女を求める』の舞台として、ハドリ・ハワーズという国名が示されている。ひとつの独立した国家で、それ以外のいわゆる「外国」は登場しない。少なくとも、攻略本にある世界観のページでは。
 ところがこの世界にはアレクくんの故郷であるスタンシア・ツアチヌク以外に四つの国が存在し、聖人さまなる予言者の発信する勇者伝説が信仰されているという。ゆえにアレクくんは、聖なる獣のことも聖暁の乙女のことも知らなかった。

(“クロスオーバー”……とか?)

 アレクくんの地図と見つめ合ったまま、わたしは冗談のような気持ちで考える。曰く、本来並行に存在し、けして交わることのない別個の世界が何かをきっかけに交差してしまう現象をいう。この場合だと、『聖なる獣は聖暁の乙女を求める』という乙女ゲームと、アレクくんが登場する何かが。
 なんて。

(漫画じゃあるまいし)

 思うけれども、現にこうしてわたしは悪役令嬢なんかに転生してるわけで。それに、攻略本見た感じだと聖暁の乙女って巫女さんっていうニュアンスだったんだよね。まあ、巫女さんという名の生贄なんですけど、ストーリーを通じて攻略対象である化身さまたちと想いを深めていった結果、世界を救う力が二人に宿るという筋書きだ。だから化身さまと気持ちを深めることができず、ルートが成立しないと世界は滅んでしまう。
 話だけ聞くとそんな極端なと思ってしまうけど、そこはやっぱり恋愛を主題としたゲームという感じがするよね。レベルじゃなくてアイで殴るのだ。

 アイ。
 その流れをふまえたうえで、先のできごとを振り返ってみたい。想像してみて、攻略対象と両想いになるでしょ、でも世界を救うには愛する人を生贄にしなければならない。どうしたらいいのかと悲嘆にくれる二人。しかし時間は待ってはくれない、ついにラスボスが現れる。そのとき新たに目覚めたアイの力がアレってどうよ。一番プレイヤーが感情移入してストーリーに浸ってるクライマックスでギャグ投入って誰需要? わたしならコントローラーぶん投げる。

 。この世界が真実『聖なる獣は聖暁の乙女を求める』のなかであるのなら、わたしはそのルールにのっとってルウイに殺されていなければならなかった。そうならなかったのは、がわたしをあの場から逃したと考える方が自然だ。

「あの」

 アレクくんは食べ終わって、行儀よくわたしを待っているようだった。後ろのテーブルにいたおじさんたちもいつのまにか席を立って、店員さんが片づけをしている。
「なぜあの人は、…あなたを殺そうとしたんですか?」
「それは、」
 そりゃあ、当然聞かれるよね。とは思うものの、しかしどう説明したものかとわたしは頭を悩ませる。

(聖暁教会のこと、聞かない方がよかったかな……)

 さっききこえた“せいぎょうのまじょ”のせいだ。アレクくんはたしか、自分は予言の勇者の一人だと言っていた。おじさんたちの話を総合すると、アレクくんは“せいぎょうのまじょ”を倒すため予言された勇者ということになる。
 わたしは「悪役令嬢」である。正義に倒される悪。主人公によって成敗され、破滅に至る未来が嫌で逃げてきた。
 だって普通に嫌じゃん。わたしがいなくなったら花村祥子が死ななければならないので、まあ追われるのはわかるけども、花村祥子たちだってわたしを殺して生き延びようとするのだからおあいこじゃない? しかしあらためてひっどいシナリオだな!

(アレクくんは、どう思うだろう)

 わたしはアレクくんの、やさしいひとみをうかがった。誠実な性格と人の好さがそのまま色になったようなひとみは、向けられるとほっとする。だけど、それはわたしが彼にとって「かよわくて非力な女の子」の位置にあるからにほかならない。
 アレクくんは、「勇者」だ。わたしが「悪」だと知っても、彼はなおわたしにそのひとみを向けてくれるだろうか。

(ぶっちゃけルウイよりアレクくんが敵に回る方がしんどい)

 卑怯だとは思ったけど泣いてごまかした。ごめんね、アレクくん。心の中で謝りながら、これからどうしようかとわたしは考える。思えばルウイは花村祥子の名を出さなかったけれど、原作上の関係性に従って化身さまは全員敵と思っておいたほうがいいだろう。また襲撃にくることも込みで。

(生身で逃げ切るのは無理だ)
 相手は地水風火といった、それぞれに応じた属性魔法を使いこなす化身さまである。唯一可能性があるとすればアレクくんを操ったあの力だけど、それ以前にわたしには、この世界に関する知識がなさすぎた。どっちへ行けばいいのか、そこからまずわからない。力の探求以前の問題だ。
 アレクくんと目が合う。アレクくんがにこ、とはにかむように笑んで、わたしはにわかに目を疑った。正面に座っているアレクくんとわたしの、ちょうど中間。三角形をしたカーソルが二つ並んでいるのだった。

(なんだこれ?)

 リストのように上下に並んだそれらはそれぞれに文字列をともなっていて、一つは「アレクくんにお願いしてみよう」、もう一つは「迷惑かけちゃいけないし、一人でなんとかしてみよう」と書かれている。
(選択肢……?)
 攻略本で見たそのままのフレームデザイン。この流れから考えるに、問われているのは今後のことには違いない。違いないけど、なんなの、主人公の花村祥子じゃなくてわたしが選択すんの?

(えっと、アレクくんを頼るかどうかってことだよね)

 そりゃあ、アレクくんがいてくれたら心強いよ。でも。
 一緒にいたら、絶対正体ばれるでしょ。アレクくんに憎しみに満ちた目で見られたら泣くどころじゃない。そんな悲しい結末になるくらいなら、ここでいい感じのままさよならしておいた方がよくない?
 それにやっぱりほら、いくらクロスオーバーったって元原作に関係ないよそさまを勝手に連れ回すのはよくないと思うんだよね。あちらにはあちらのストーリー進行があるはずだし。

 わたしは選択した。
 そして死んだのである。



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