35 / 55
#33 魔女の復活
しおりを挟む“悪役令嬢”。
『聖なる獣は聖暁の乙女を求める』というゲーム内において「ジアンナ・ゲイル」というキャラクターに振り分けられた役割である。わたしはその「ジアンナ・ゲイル」として十七年間を生きてきた。もしも前世を思いだす機会がなければおそらくゲームのシナリオ通りの結末を迎えていたことだろう。
ユグノくんの存在も忘れてわたしが目の前の少女に見入ったのは、彼女の口から出た単語のためだった。“悪役令嬢”。そう、たしかにそれは「ジアンナ・ゲイル」に割り振られた役割だ。そして彼女は主人公である。
けれど、なぜそれを花村祥子が知っているのか。
(まさか、花村祥子もわたしと同じように転生を?)
前世の自分に目覚めて、この世界が乙女ゲームであることに気づいた?
「『うふふ、どうかしらね?』」
わたしの表情を読んだように花村祥子が小首をかしげて見せる。清楚な印象があった分、百戦錬磨の毒婦を思わせる笑い方に、すこしどきりとしてしまった。会ったときと同じ制服姿なのに、まるで別人のようだ。
「……おろして」
そんなに距離を走ったわけじゃないのに、秒ごとに地形を変形させている化身たちの攻撃は、ここまで届かない。届かないというよりは、わたしたちの立っている場所自体がそこから切り離されているかのようだった。
ユグノくんにおろしてもらい、わたしは自分の足で立つ。どうしてここにという質問は、化身たちが彼女を守りにやってこない時点で棄却した。
「近づいちゃあいかん、ジアンナさん! こいつは――」
大刀をかまえたユグノくんが叫ぶのへ、花村祥子が不快そうに眉を寄せた。
「『女の子同士のおしゃべりに口を挟むなんて、無粋な男ね』」
「ユグノくん!?」
なんと花村祥子が指をさした途端、ユグノくんとコセムくんの姿が消えてしまった。いったい二人はどこへ行ってしまったのか。警戒するわたしに、花村祥子がくすくすと笑いながら片手を振る。
「『そんなに警戒しなくたってすぐに帰るわよ。わたしの用事は、これだけ』」
「!?」
まるでそばの収納から物をとるような所作で、花村祥子が腕を伸ばした。黒く妖しげなな燐光をまとったその手がそのまま、水中にしずむようにわたしの胸元へと消える。
瞬間、まるで心臓を直接つかまれたような激痛がわたしを襲った。
「っあああああああ!」
「『手に入れたぞ』」
わたしから手を引き抜いた花村祥子が歓喜に満ちた声で言う。
「『手に入れた……! ようやく、手に入れてやったぞ、パンディオめ!』」
刹那、ざあああ、と空が真っ暗になった。赤く光が爆発したかと思うと、アンディ、それからディエゴの人間としての体の輪郭が大幅に奇形して、それから何倍もの大きさに変わる。
「『さあ、勇者どもよ!』」
花村祥子が指揮者のように両腕を広げるといっせいに闇が空を覆いはじめた。それと一緒に細かな光のようなものが散っていくのをわたしは見る。
花村祥子がわたしを指さして言った。
「『聖人たちを殺し、世の破滅をもたらす “静暁の魔女”はここにいるぞ! 勇者たちよ、いまこそ静暁の魔女を討ち取り、世界を救ってみせよ!』」
「!?」
はじめは花村祥子が何を言っているのか意味がよくわからなかった。だけどこちらへやってくるアレクくんたちの姿が見えて、わたしはようやく事態を理解する。叫ぶ。
「違う、わたしは“静暁の魔女”なんかじゃ――」
「ジアンナさん!」
ハッとした。
アレクくんは『勇者』だ。
ずっと怯えていた。アレクくんに成敗されてしまうんじゃないかって。いやだ。怖い。わたしはその瞬間をこばむようにかぶりを振ったけれど、アレクくんはわたしの知っているアレクくんの眼をしていた。
「逃げるよ!」
ユグノくんがコセムくんとラアルさまを抱え、アレクくんがわたしに向かって手を伸ばす。この場からいったいどうやって、どこに逃げるというのか。おぼれている人のような気持ちで考えたけれど、気づけばしっかりとその手をとっていた。アレクくんと目が合う。
アレクくんがうなずいて、ユグノくんが何かの呪文を詠唱した。そしてわたしたちは、その場から離脱したのだった。
0
あなたにおすすめの小説
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい
斯波@ジゼルの錬金飴③発売中
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。
※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。
※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。
乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)
ラララキヲ
ファンタジー
乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。
……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。
でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。
ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」
『見えない何か』に襲われるヒロインは────
※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※
※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※
◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げてます。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる