悪役令嬢が最弱(モブ)勇者を育ててみたらレベル99の最強に育った

タチバナ

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#34 起きてください

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 いったい、何が起きたのだろう。
 眠りから覚めるときの茫洋とした頭でわたしは考える。
 ――手に入れたぞ
 まるで別人のような花村祥子のおそろしい声が頭の中によみがえって、わたしは両肩を抱き寄せるようにした。化身たちが魔物になって、それから。

「そうだ、……宝玉」

 ヴェルニさまの宝玉を、とられちゃったんだ。いそいで起き上がり、わたしは周囲へと目を走らせる。どれくらいの間気絶してたのか、まっくらでよく見えない。まさぐった手のひらに土と草のような感触があった。どこからか遠雷のような声が聞こえる。
「アレクくん? ラアルさま?」
 ユグノくんの魔法陣? に入ったのは覚えてる。こうして別の場所に移動してきたってことは転移魔法なんだろうけど……。
 足首をひねってしまったらしく、うまく立つことができない。それでも這いずるようにして進むうち、少しずつ目が闇に慣れてきた。
 闇といっても完全なそれではなく、暗室のような赤味のある闇だ。光源は月。仰ぐと、血を吸ったように赤いそれがあった。心なしか生臭いようなにおいと湿度を含んだ生暖かいような空気は、お化け屋敷を思い出させる。

「痛っ」

 何か硬いものにつまずくようにして転んでしまった。もう、こんなところで寝転がってるのは誰。ぷりぷりしながら見、わたしはすっとんきょうな声を上げる。
「アレクくん!?」
 わあ、めっちゃ膝蹴りしちゃったよ。内心で謝りながら、うつぶせに倒れている彼を仰向けにする。呼吸はあるようだ。少なくとも出血を伴うような大きなけがもないし、気を失っているだけだろう。
(重かった……)
 ジアンナが非力なのもあるけど、ともかくも一人で放り出されたわけではないらしいことに、わたしは安堵する。

(もしかして、このあたりにほかのみんなも散らばってるのかな?)

 直前には全員が揃っていたはずだ。動ける範囲で探してみた感じでは、けれど、どうやらわたしたちだけのようだった。
(沼地の近く、とはいっても、沼地なんてどこの国にもあるよね)
 わたし一人じゃ同じ国内なのか、それとも別のどこかなのかすら判断することができない。まあそこはアレクくんに判断をゆだねるとして、わたしは状況を整理する。まず、花村祥子だ。

 花村祥子、なんでパンディオのこと知ってんの? 宝玉を奪ったときだって、あの言い方はまるで花村祥子自身が静暁の魔女本人であるかのようだった。
 それらを踏まえたわたしの仮説はこうだ。

(静暁の魔女が花村祥子を介して化身たちを使い宝玉を集めていた説)
 いったい何があってそうなったのかはわからないけど、花村祥子と静暁の魔女に接点があったとすれば、プロローグ時点、つまりゲームスタート時であるにもかかわらず化身さまたちが花村祥子に魅了されていたことにも、花村祥子がわたしを“悪役令嬢”と呼んだことにも説明がつく。いったい何がどうなってそうなったのかはわからないけど、そのへんはわたしだって一緒だ。そしておそらくはそこに、アレクくんの世界と「ジアンナ・ゲイル」の世界が交差した理由もありそうな感じがする。

「う、……」
「アレクくんっ」

 気づいた? 大丈夫? 痛いところはない?
 言いながら、彼の顔をのぞきこもうとしたときだった。アレクくんの、誠実な彼の人柄を表すようなやさしい色の目がひらいてわたしを映した。と思ったら、へにゃってアレクくんがうれしそうに笑って、それからなんかぎゅってされた。
「!?」
「無事でよかった」

 もしかして、ねぼけていらっしゃる?
 背中と腰を抱かれてすりすりされてくんくんされたあたりで気づいた。会いたかったって、まるで長らく逢瀬のなかった恋人に言うみたいな情感たっぷりな声でそれも耳元でささやかれると、さすがにわたしも恥ずかしくなってしまう。
(それだけ心配してくれてたってことなんだろうけど)
 化身たちとコセムくんの戦いの場に来てくれたってことは、そういうことだ。目が覚めたらきちんとお礼を言おう。
 うん、言おうと思うんだけどもね。

「ア、アレクくん、……ッ」
「怪我をさせてしまってごめん。すぐに治してあげられなくて、ごめん。ジアンナさん、……俺、」
「うひゃあっ!?」

 吐息が首をかすめていって、びっくりしたのと相まっておかしな声が出た。
 わかってる。彼はねぼけているだけだ。きっと同じことを夢の中のわたしにしてるんだろう。たぶんめっちゃ謝られてる。
 それはわかる。

(わかる、けど……)
 アレクくんの鼓動の音が聞こえるんだよね。すごく近くに、すごく間近に。
 広くて大きくてあたたかい胸だ。そこにわたしは閉じ込められていて、すがるように抱きしめられている。存在を確認するように何度も首筋に鼻づらを押しあてられて、まるで泣いているみたいに。

「……心配かけて、ごめんね」

 身を任せるようにすこしだけ、アレクくんの鼓動に聞き入る。宝玉をとられたときとは違う胸の痛みに、わたしは自嘲した。
 勘違いをしそうになっている自分に対してだ。おかしな錯覚を抱きかけている自分を、わたしはわらった。

 鼻の奥がツンとする。だってアレクくんがこんなふうにわたしのこと想ってくれるのってさ、選択肢でせっせと好感度上げてきたからじゃんね。痴女まがいの真似をしたり。
 アレクくんが自発的に持った気持ちじゃ、ない。
(しっかりしろ、ジアンナ!)
 わたしは丹田に力を入れた。顔をあげたそこにここしばらくご無沙汰だったフレームを見つけ、睨む。

 ▽アレクくんに頭突きをする
 ▽アレクくんにビンタをする

 よし、わかった。
「アレクくん、起きて!」
 わたしは選択した。


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