悪役令嬢が最弱(モブ)勇者を育ててみたらレベル99の最強に育った

タチバナ

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#48 第二番聖都の青い空

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 ジアンナさんのことを考えると気持ちがうきうきしてあたたかくなって、顔が自然とわらいだしてしまう。世界ってきれいなんだなあなんて思って、彼女のためならなんでもできそうな気がする。力がわいてくる。
 んだけど、不思議なことがあって、どうしてかジアンナさんは俺が彼女を好きになることを望んでいないように見える。俺のことが生理的に気持ち悪いとか嫌いだから好意を抱かれるのがおぞましいというわけじゃなくて、なんだろう、恐れてる? だからあんなふうに言って俺を怒らせようとしたんだろうけれど、どうしてなんだろう。嫌われたくない、離れたくないってあんなに全身でうったえてるのにね。

(かわいいよなあ)
 いじらしくてうっかり何かをしてしまいそうになる。大丈夫だよってあたたかいもので包んで安心させてあげたい。どうしたら、どう伝えたら俺の言葉を信じてもらえるだろうか。ジアンナさんが自分を責めたり悪く思うことなんか何もないんだって。
 彼女の言うように、たとえ仮に俺のこの気持ちが植えつけられたものだったとしても、だって俺は今こんなにしあわせで満ち足りているんだから、何も悪いことなんかないと思うんだけどなあ。むしろ俺の方が彼女に与えてもらうばかりで、何も返せてない。

(これとか)

 俺は襟元のフィブラに指をそわせる。第二番聖都に着いたら俺も何か彼女に贈る物を探してみようかと思った。女の子に贈り物なんかしたことないからいったい何を贈ればいいのか皆目見当がつかないけど。
 ジアンナさんてもとが綺麗だからなのか宝石とか服とか、自分を着飾ることに関心がないみたいなんだよね。服装も持ち物も実用性第一だしとりつく島がないというか、こと俺のような田舎者の初心者には、何だったら彼女が喜ぶのかまったくわからない。否、そもそも「よろこんでほしい」と望むこと自体がおこがましいのかもしれないけど。
 俺はちらりとコセムを盗み見た。コセムなら、ジアンナさんが喜びそうなものがわかるかなあ。

「何だ、じろじろと」
 視線に気づいたコセムが睨んでくる。俺はあわてて首を横に振った。ジアンナさんが俺たちの気を引くように大仰な所作で前方を指さす。港駅町を降りて歩くこと約一日。石壁に囲まれたそこに聖堂の屋根が見える。

「あ、あれが第二番聖都かな!?」

 気を遣わせてしまった。
 こんなふうに、彼女が間に入ってくれるから、俺は今こうやってコセムと旅ができているんだろうなって思う。能のなかった俺がコセムの足をひっぱらずに一緒に戦ってるなんて、村の大人たちが聞いたらどんなにびっくりするだろう。
 もらったものが多すぎて大きすぎて、どうしたら返すことができるのかわからない。死んで返せっていうなら喜んでするけど、このフィブラに込められた意味から思うにそれは彼女の望むところじゃないだろう。

(どうしてそんなふうに、俺なんかにくれるんだろう)

 出会ったときから役立たずで、コセムみたいに華やかじゃないし、どんくさくて全然いいところなんかないのに。ジアンナさんみたいな綺麗で魅力的な女の子が、どうして。
 俺の視線に気づいたらしい、ジアンナさんがちらりとこちらを見た。うれしくて、俺がへにゃって笑うと真っ赤になって、あわてて前を向いてしまう。

 おもしろい。かわいい。
 一人でかみしめる俺をコセムがげんなりと見るのには気づかないふりをした。襲ってきた魔物の群を退けて汗をぬぐうと、風に乗って鐘の音が聞こえてくる。
 ゆるやかな丘陵にある第二番聖都の周囲は、以前は一面葡萄畑だったそうだ。黒く焦げた足もとへ視線を転じ、それから俺は草ひとつ生えていない裸の丘を見渡す。幸運にも第二番聖都もまた魔物の急襲を逃れたようで、門の向こう側には平穏な日常生活があった。

「はあ? 魔物?」

 冒険者をつかまえて話を聞くと、彼らはいちように首をかしげる。驚いたことに第二番聖都には一匹の魔物も現れなかったらしい。それどころか彼らは皆、静暁の魔女が復活したことすら知らないのだった。
「俺たちはここに来るまでにうんざりするほど魔物を葬ってきたが、まさか一人も外からやってきた者がないわけではあるまい」
「そうだよ、空だってあんなふうに」
 コセムに続いて空を指さそうとして、俺はぽかんと口を開けた。たしかに第二番聖都に入るまではまがまがしい空色だったのに、青い空があったからだ。世界がこうなる前、誰もが当たり前に見慣れていた青。

 冒険者たちが気の毒そうに俺たちを見た。
「大変な思いをしたんだな。だが、もう安心していいぞ。第二番聖都にはリルケ様がいらっしゃるからな」
「たとえ静暁の魔女が魔物の群を引き連れてやってこようとも、リルケ様がきっと守ってくださる」
「ありがたいことだ……」
「待て」
 コセムが一人の肩をつかんだ。

「リルケ様は生きておられるのか!?」
「何を言ってるんだあ、おまえ」
「当たり前だろ。めったなことを言うもんじゃねえ」

 『第二聖人リルケが生きているらしい』。途中噂程度に聞いた話だったけれど、どうやら本当だったようだ。絶句しているコセムにかわってジアンナさんが冒険者たちに問う。
「じゃあ、聖堂に行ったら、会える?」
「ああ。行くなら、リルケ様は甘いものと美人に目がねえから、菓子でも持っていくといいぜ。嬢ちゃんみたいな美人なら、あと100年は寿命が延びるだろうさ」
 明るく笑いながら去っていく彼らを見送って、俺たちは休憩をとることにした。曰く、アップルパイで有名な店なのだそうだけども、それ以外にもパイ生地を使った料理や肉料理などを食べることができるそうだ。

 店のなかはにぎわって、店員がいそがしそうに給仕している。コセムはあれきり黙って何かを考えているようだった。俺はやや高い位置に設置された窓を仰ぐ。 
(本当に、リルケさまが……?)
 ふと俺は女の子のふるまいがとても上手な聖騎士の少年のことを思った。



       *



 先に話題に出したのはジアンナさんだ。
「そういえば、ラアルさまとユグノくんて、まだここにいるのかな?」
 それもそのはずで、二人が第二番聖都に向かったという情報を俺たちが得たのは十日以上前のことになる。その情報を頼りに俺たちはここまできたわけだけども、もしもリルケさまから何らかの導きを得ているとしたら、すでに二人はここを発っている可能性もあるわけだ。

(五大聖人の一人であるリルケさまが存命であることは、俺たちにとってもよろこばしいことだけれど――)
 ジャンくんのお父さんは第五聖人のヴェルニさまである。第四聖人ジルさまも化身によって殺されてしまった。たまたまリルケさまの宝玉を奪った化身が不要な殺生を嫌うやつだったのかもしれないけれど、ジャンくんの心うちを思うとやりきれない気持ちになってしまう。もちろんジャンくんはそんなことを考えないだろうけれど。

(もしかしてほかにもリルケさまみたいに生きている方がいるんだろうか?)
 俺たちが今ここで考えてもしかたのないことだ。俺はそれも含めてリルケさまに聞いてみたらいいんじゃないかと提案する。全員くたくただったので、今日は休んで明日聖堂に行こうという話になった。

 共同浴場で汗を流して宿屋に入る。ベッドに腰かけたジアンナさんはすでにこくりこくりと舟をこいでいて、俺は彼女の体を横たえてベッドに寝かせた。そのときジアンナさんからふわりといい香りがして、俺はどきどきしてしまう。女性の方にはしばしば香がたかれたり湯に香りがついているそうだから、きっとそのにおいだろう。

「それ以上彼女に顔を近づけてみろ。氷漬けにしてやる」
「!」

 あ、……っぶなかったあ。二重の意味で危機だった。そろりそろりと彼女のベッドから距離をとって、俺は宿で借りた衝立を置く。
 本に視線を落としたままコセムが舌打ちした。その指先には俺に放つつもりだったらしい氷の粒子がシュウシュウと音を立てながら冷気を発している。
「アレク。おまえが彼女に好意を抱くのは自由だが、彼女がもとは俺たちとは別の世界の存在なのだと俺に説明したのはおまえだぞ」
「……わかってるよ」
「その時つらい思いをするのは、アレク、おまえじゃない、彼女だ。少しは自重を覚えろ」
「わかってるけど……」

 コセムに言われるまでもない。そんなだからジアンナさんに「勘違い」とまで言わせてしまったわけで、だけど、彼女を好きな気持ちをどうしたら抑えられるのか、そのすべが俺にもわからないでいる。ただ、出会わなければよかったとは思わないんだ。できればジアンナさんにもそんなふうに思ってほしくないけれど……。

(明日になったら、全部わかるのかな)
 思えば彼女と旅をはじめたのは聖人さまに会うためだった。長いようで短い旅だったなあと俺は思う。その旅も、明日で終わってしまうんだろうか。俺はジアンナさんのご両親のことを考えてみる。大切なかわいい娘が二か月以上も行方不明にしてるんだもの、心痛はいかほどだろう。
 そんなことを考えながら、俺は眠りにつく。翌朝、そして俺たちはジャンくんと再会を果たした。





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