Magic_and_Sorcery~生活魔法すら使えなかった俺が精霊に魔術を教わって真の勇者となるまで~

篠日記

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chapter.001《邂逅》

#019_家族

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「改めて訊くわ。貴方の、今後の目的はなに?」

 ティーはリースに問いかける。

「貴方がやりたいのは、魔術理学? それとも工学?」
「どっちも」

 即答だった。

「ご先祖様はどっちもやりたがってた。この世界の仕組みを解き明かすことも、異世界技術と魔術を融合させて新技術を確立することも、どっちの研究も残されてる。前者は寿命のせいで、後者は魔術能力不足で達成できなかったみたいだけど。……でも」

 とリースは続ける。

「ティーとミキヒトがいれば、それができる。ご先祖様の残した研究を、全部、最後まで達成できるはず。だからどっちも、

 ではなく、と。
 リースはそう言い切った。

 静かな青い眼で、じっとティーを見据えている。
 彼女の瞳に宿っているのが、ご先祖様の未練なのか、はたまた自身の欲求なのか、俺に知る由はない。

 けれど、あそこまで強く自分を突き動かす目的があるというのは、すこし羨ましく思う。

「いいわ。では、今後は残された研究をベースに、研究内容ごとの短期目標を設定しながら魔術講義をしていきましょう。それでいいわよね、ミキヒト?」
「……うん、いいよ。協力する」

 そう答えると、リースはふっと微笑んで、

「それじゃあ、改めて、よろしく」


 ***


「そういえば、今日はどこに泊まるか決まってるの? いや、そもそも要らない心配なのかもしれないけど」

 食事の片付けをティーが一瞬で終わらせたあと(というかすべてを跡形もなく消滅させたあと)、リースがそう訊いてきた。
 そういえばどうするのだろう。

 レイモンドさんは「家を建てるなら言ってくれ」みたいなこと言ってたけど、まさか本当にするわけないよな?

「決まっていないわ。このあたりに家でも建てようかと考えていたのだけれど」
「よかったら、うちに泊まっていく? 二階の部屋、余ってるよ」

 マジで家を建てるつもりだったらしいティーは、リースの提案を受け入れてくれた。

 リース宅の二階にはいくつか部屋があるが、リースの自室を除いたすべてが物置部屋となっていた。薬学の書物や製薬道具の予備、生活雑貨などが雑然と詰め込まれている。

 リースが案内してくれたのは、一番奥の二部屋だった。

「この部屋とこの部屋にはベッドがある。寝藁が必要なら、村からもらってくるけど……」
「必要ないわ。置いてあるものはどうすればいいかしら?」
「ほかの部屋に詰めといて」
「わかった」

 とティーが答え終わるころには、すでに部屋は片付いていた。

 荷物は消え、塵や埃も残っていない。簡素だった壁には白塗りの塗装が、家具は木の香りが漂うシンプルだが気品あるものに一新されていた。ベッドは三人寝ても余るほどのサイズになっており、敷かれているのも寝藁ではなくふかふかのマットレスと純白のシーツだ。

 なんなら窓の位置は変わっているし、ていうか部屋のサイズが大きくなってない?

「いやちょっと待って」と俺が言う。「ティーこれ部屋ぶち抜いたの……?」

 リースから割り振られた二部屋。当然、一部屋はティー、もう一部屋は俺に割り当てられたものだ。
 だがそんなことおかまいなしに、ティーは二つの部屋を仕切る壁を取っ払い、一つの大部屋にしてしまっている。

「べつにいいでしょう? どうせいままで通り、一緒に寝るのだし」
「えっ、ちょっ」

 一緒に寝る……? 寝るってのは睡眠って意味じゃなくて、アレの意味だよな?
 たしかに旧王城にいたときは毎日のように営んでいたからずっと同じ部屋・同じベットで寝ていた。

 でもここは旧王城じゃない。リースの家だ。他人の家だ。
 他人の家でそれはちょっと非常識というか。

 ていうかほらリースが眼になってるから……!

「浴室は下。好きに使って」

 それだけ言って退散しようとするリース。
 そんな彼女の手を、ティーが掴んだ。

「貴方もここで寝るのよ、リース」
「……え?」

 リースが怪訝な顔になった。俺たちがここを訪れたときよりさらに怪訝。

「私とミキヒトは、ある契約を交わしてるの」

 契約。
 初めてティーと会った日。彼女から魔術を教えてもらった夜、大浴場で交わした契約。
 一つ目は名前だった。だが、ここで言ってるのは二つ目のことだ。

「私が魔術を教える代わりに、ミキヒトは私の欲求に応える契約よ。今後も貴方が私を師事するつもりなら、それと同じ対価を支払ってもらうことになるわ」

 同じ対価ってことはつまり、

をリースに要求するのか……」
「当然。精霊わたしに教えを願うのなら、相応の対価が必要。例外はあるけれど、今回は認めない」

 傍若無人。

「いや、ちょっと待って」

 と言うリースを完全無視して部屋に連れ込むティー。容赦ないな。

「じゃあ、俺は別の部屋で寝ますね……」

 と退散しようとする俺の足が宙を掻く。なぜか俺の体は浮いていた。

「ミキヒト、貴方もこっち」

 俺は首元を咥えられた子猫のように、抵抗もできずに引っ張られる。
 リースはすでにベッドに寝転がされていた。
 そして俺も、リースの隣に寝転がされ、

「今夜は三人で、楽しみましょう?」

 めくるめく夜が始まった。


 ***


「んん……?」

 俺は物音で目を覚した。

 窓の外はまだ暗い。明かりのない部屋でじっと目を凝らすと、裸のティーがブランケットを握って眠っているのがわかった。

 だが、この広いベッドに寝転がっているのは俺と彼女だけだ。 
 ……リースは? さっきの物音はリースが部屋を出た音だろうか?

 ティーを起こさないように静かにベッドを抜け出し、床に脱ぎ散らかした衣類を拾って着る。汗まみれの体に着るのは抵抗があったが、裸でいるよりはマシだろう。

 部屋を出て一階に降りると、なにやら家の裏手からぽちゃぽちゃと水音がする。雨は降っていないし、近くに川もなかったと思うが。

 音の聴こえる方へと足を向ける。
 廊下の奥、地下のあった実験室を通り過ぎて廊下を曲がる。裏口があった。音はその向こうから聴こえている。

 木製の扉を押し開けると、見えたのは畑だった。
 そこそこ面積が広く、生えている植物は、少なくとも俺には雑草にしか見えない草花ばかりの畑。たぶん薬草だろう。

 その中央あたりに、月の光を受けながら、水の球を生成しているリースの姿があった。

「なにやってんの?」
「水やり」とリースが答える。
「まだ夜なのに?」
「朝日が昇る前に、水をやって植物を起こしておく必要がある」
「手伝おうか? 水なら魔法でも出せる」
「いや、大丈夫。魔法で出した水は効果が薄い」
「どういうこと?」
「基本的な水生成術式で作られる水って、純水だから。ほかの物質がいっさい含まれない、H2Oだけの水。たぶん魔法で作られる水もそうだと思う」
「……それってダメなの?」
「ダメとは言わないけど、できれば栄養素が含まれている水がいい、ミネラルとか。私がいま使ってるこの水は必要な栄養素を調整してるから、あげる量にも気を使わないといけない」
「たいへんそう……」
「薬草栽培ってそんなもん。まぁ、もう慣れた」

 そういう彼女の表情に変化はない。ずいぶんと慣れた様子で、畑に水を撒いていく。

 リースは、なんでも一人でやってしまう。
 陽が登るより早く起きて、畑に水やりをして。そうやって薬草を育て、収穫し、調合して薬を作り、それを倉庫で管理して、卸す。おまけに商人との交渉までこなすらしい。

 ……ここに来て、彼女に会ってから、ずっと疑問に思っていたことがあった。

 この家には、ほかの住人がいないのだろうか?

 突然、アポもなしに訪ねてきた俺たちへの対応を慣れた様子でこなしたり。
 だれの手助けもなしに製薬や薬の管理をやっていたり。

 ほかに地下室のことを知る人はと言ったり。
 ベッドがある部屋をと言ったり。

 まるで、この家に住んでるのが彼女一人であるかのような、そんな言動ばかりだ。

「ミキヒト?」

 考え込んでいる俺を不思議に思ったのか、リースが声をかけてくる。

「眠いなら寝てたら? 朝食できたら起こすよ」
「あ、いや、そうじゃなくて」
「? だったら?」
「……あー」

 デリケートでプライベートな話だ。訊いていいのか?
 いや、むしろ訊いておくべきかもしれない。これから先、この家でお世話になるのなら。

「リースは……その、なに?」

 どもる俺に、リースは首を傾げる。

「えっと……この家に、一人で住んでるの?」
「ああ、そういう。うん、そうだよ。この家には、私一人」

 察したように頷いたリースは、なんでもないことのように語る。

「父は生まれる前に、母は六年前にね」

 六年。
 六年も、独りで、この家で。

「……ごめん。なんか、デリケートなこと訊いて」
「別にいいよ。六年も経てばもう割り切れてる。それに、こうなることは、ずっと昔からわかってたから」
「ずっと昔……?」
「うん。母は、体の弱い人だったから」

 ふわりふわりと漂う水玉が、弾けて、雨のように畑に注がれる。

「だから母は、まだ幼かった私に、薬草の育て方を教え込んだ。薬の作り方も、管理の仕方も、商人との交渉も、必要なことは全部ね。遠くない将来、私を残して死ぬことを、確信してたから」

 水球が、まるで月を包んだように、淡い光を放っている。
 そこからまた一つ、小さな水玉が分かれて離れた。

「母の死期が近いことは、私も子供ながら気づいてた。だから、独りでも生きていくためのすべを、積極的に学んだ。そのおかげで、私はいままで、独りでもやっていけてた」
「……そっか」
「そういうミキヒトはどうなの?」
「俺?」
「ミキヒトは、異世界から来たんでしょ? 家族は、一緒じゃないんだよね?」
「あー、俺は、まぁ……」

 彼女にだけ語らせておいて、自分が言わないのは卑怯か。

「……家族仲が、あんまりよくなかったから」
「……ひどい親だった?」
「ああいや、そういうわけじゃなくて。仕事が忙しい人たちでさ、顔を合わせることがなかったんだ」

 父も母も仕事熱心だった。出張だったり職場に泊まったり、たまの休日は寝通しだったり。
 だからお金で困ることはなかったけど、家族の交流というものを、俺は知らないまま育った。

「だから、そこまでさみしくはないんだ。たいした思い出もなかったしね」
「じゃあ、あっちの世界に、心残りはない?」
「まぁ……そうかな」

 俺があっちの世界に残してきたものは、あまりないのだと思う。
 好きな漫画の最終回とか、まだクリアできてなかったゲームとか、せいぜいその程度。

 だから、心残りと言われて思い浮かべることもないし、それに……、

「……正直、こっちの世界に来てから、ティーに出会ってからのほうが、ずっと楽しいかな」
「それは、私も。昨日は、すごく充実した日だった」

 ティーとはまだ会って数日。リースとは一日も経ってない。

 けど、なのに、もう意気投合している。
 家族仲がよくなかった、友達も多くなかった俺にとって、これは初めての経験だ。

 ……お互い家族のいない者同士、似たような孤独感を抱えていたのだろうか。
 そうなのだとしたら、ティーは?

 俺は、ふと思ったことを、そのまま口に出してしまう。

「……ティーにも、家族とかいるのかな」
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