Magic_and_Sorcery~生活魔法すら使えなかった俺が精霊に魔術を教わって真の勇者となるまで~

篠日記

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chapter.001《邂逅》

#024_ライフワーク

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 昼下がり。
 お互いにやることを終え、俺とリースは帰宅していた。

「ただいま。……? ティー?」

 呼びかけるが、返事はない。

「ん? いない?」
「……みたいだね」

 この家に住んでいるのは、家主であるリースと、居候である俺とティーだけ。

 そしてティーはいつもこの時間帯には家にいる。
 なぜなら魔術講義の時間だからだ。
 術式開発、魔術具作成、ジェイク・メイヴィスの研究書読解。あとは紅茶とお菓子。

 もはやライフワークとも言える午後のひとときだが、これにはティーの存在が不可欠だ。
 質問すれば助言を、成果物には添削を、話が脱線したら軌道修正までしてくれる、俺たちの教師役。

 そんな彼女が、いまにみたいに講義をすっぽかすことが、この半年で何度かあった。

 そのときは決まって数日、最長で一ヶ月ほどは姿を見せなくなる。
 どこに行ってるのかは知らないし、訊いても教えてくれない。まぁ、知ったところでどうしようもないんだろうけど。

 とにかく、彼女が姿をくらませること自体は珍しいことじゃない。もちろん彼女にはその自由があるだろうし、俺たちには彼女を引き止める権利もない。のだが……、

「困ったね。今朝はいたのに」
「正直、魔術鎧装ソーサリックアーマーはティーがいないときつい。実装したい新機能がたくさんあるから」
「となると、今日の魔術講義は……」
「アレをやろう。ミキヒトは紅茶とお菓子の準備を、術式は私が持ってく」
「了解」

 リースに言われた通り、俺は紅茶とお菓子とティーセット、あとは白い丸テーブルと椅子二脚を、庭の裏手の広場へと持っていった。今朝、俺が日課をこなしてた場所だ。

 一足先に来ていたリースが、巨大な布の巻物を地面に広げている。
 レジャーシート、などではない。巨大なスクロールだ。二メートル四方はあろうかというその面積に、辺から辺、角から角までびっしりと術式素が綴られている。

 ただ、それは正方形の術式というわけではない。術式素のいくつかがスクロールの端で見切れていることからわかる通り、これはの一部だ。同じような面積を持つスクロールが、まだ何枚も倉庫に眠っている。

「さて、じゃあ始めようか」

 リースはブレスレットに刻まれた発光術式を起動する。

 放たれた光線を操り、彼女は宙に術式を投影した。これまでに俺たちが解析したスクロールの結果である。

 空に広げた光線と、地に広げたスクロール。
 それらの正体は、勇者召喚術式だ。

 魔術連合時代より以前から存在する遺物であり、異世界への接続アクセスを可能とする人智を超えた代物。
 そして、俺をこっちの世界へと喚び出した術式。

 この半年間、術式開発やジェイク・メイヴィスの研究書読解の傍ら、俺たちはこの召喚術式の開発を進めている。

「今日はスクロール四枚分が目標」
「了解。で、だれがどれ」
「ミキヒトの担当はこれ、昨日の続きになってる。私はこっちからやる」

 ティータイムを始める前に、術式解析から開始する。
 お互いに、黙々と。いまはそれぞれで解析する時間だ。

 術式素を流し読み、術式単位としての意味を把握する。わからない文言や記述法があってもひとまず無視。あとでリースに訊くか、魔術書で調べればいい。

 漠然とした術式効果の概要だけを理解しながら快速で進めていく。

 ……そんな読み方をしていても、進捗はあまり芳しくない。
 この召喚術式の難易度は、魔術鎧装ソーサリックアーマーなんかとは比べ物にならないくらいの高難度だ。

 にもかかわらず、この解析をティーがいないときの題材として選んだのにはわけがある。
 それは、この術式の中身の難しさ以前に、物量がやばいからだ。

 いくら休み休みやっているとは言えど、半年という時間をかけてもまだ術式の全容すら掴めていないほどの記述量。解析以前に、術式の端から端まで目を通すことすら叶ってない。

 ティーに訊く訊かない以前の段階なのだ。問題文をすべて読み通せていないため、まだ教師に質問するには早すぎる、というわけである。

 俺も宙に光線を走らせ、メモを取りながら解析を進める。
 ここの術式素はこれを表し、だからこの術式単位の意味合いはこうであり、それをここから呼び出して……とやっているうちに、かなりの時間が過ぎていた。

「進捗はどう?」

 術式でお湯を沸かし、紅茶を淹れてくれるリース。

「死にそう……。わからん記号が多すぎる」

 テーブルにつきながら、光線でメモしていた術式をリースに見せるが、

「これは私も知らない」
「詰んだ……」
「じゃあ、わかったところから議論を始めよう。まずはこれ」

 リースは自身の記述した光線メモを俺に差し向ける。
 その内容は、魔術式だ。

 魔術において、記述した術式にはタグをつけることができる。そしてそのタグを参照すれば、紐づく術式を呼び出せるのだ。何度も使用する術式にタグをつけておくことで、あとはタグ参照するだけでその術式を簡単に何度でも参照することができる。同じ術式を何度も記述する必要がなくなるという便利な記法だ。

 ちなみに、リースがよく使う音声入力もこの応用である。術式素は物理的に記述せずとも発声でも入力可能であるため、タグつき魔術式だけを物理的に記述しておき、そのタグ参照を発声で行なっている、というのが音声入力の仕組みだそう。これは魔術師にとっては一般的な技術であるらしい。

 で、リースが見せてきたタグつき魔術式。このタグには見覚えがある。

「このタグ、いろんなとこに使われてるやつだよね」
「そう。いままではなんのタグかわからなかったからスルーしてたけど、ようやく解析できた」
「それで、内容は……電磁気系?」
「いろんなことやってるけど、結局の効果は電磁波の減衰かな」
「減衰……なんのため? いらない電磁波を消してるってことは、たとえば観測したい電磁波からノイズを除去してるみたいな?」
「いや、そこまで複雑なことはやってない。これは、指定した電磁波のみを減衰させてるわけじゃなくて、すべての電磁波を減衰させてるみたいなんだよね」
「すべてって、可視光も? じゃあ観測はまったくしてないってこと?」
「そこまではわからない。電磁波での観測をしてないだけで、ほかの方法で観測してるのかもしれない。たとえば、エネルギーの流れを把握して可視化する観測術式とかが、どこかに記述されてるのかも。……まぁ、これはいま考えても仕方ないよ。まずは電磁波減衰術式の考察からしよう」
「それもそうね。で、すべての電磁波を減衰させてる理由だけど、いまぱっと思いついたのは、あれ。身を守るため」
「というと?」
「電磁波っていうか、放射線って言ったほうが直感的かな。どの工程かはわからないけど、人体に悪影響のあるレベルの放射線が出てしまう術式単位があって、その放射線から身を守るために電磁波を減衰させてるんじゃないかってこと」
「ああ、なるほど。術者を保護するための術式ってことか。ありえそう」
「そうそう。あっちの世界では、放射線とかを使う仕事をする人は、防護服とか着たり、厚い壁越しに作業したりすることがあったみたいなんだよね。でも俺が召喚されたときは、術者とのあいだに壁とかはなかったし、なにか防護服っぽい服を着てる感じでもなかった。ローブ着てる人が多かったけど、あれが防護服の役目をしてる可能性ってある?」
「あると思うよ」
「え、あるんだ……」
「魔術師がローブを着るのは、ローブは一枚の布を裁断せずに使えるからっていう理由がある。それは、ローブに術式を記述するうえではそっちのほうが都合がいいから」
「……というと?」
「魔術式ってデリケートなんだよね。誤字一つで起動しなくなるし、すこし記述がずれただけでも起動しないときがある」

 リースが光線で、宙に言葉を記述する。
『赤き 光を放つ』

 すると、その術式が光を放った……赤ではなく、白色光をだ。

「『赤き』と『光を放つ』のあいだには隙間がある。一文字分くらいの空白がね。でも、この隙間が空いてるせいで『赤き』と『光を放つ』は別々の術式単位であると判定されて、『赤き』は術式単位として不十分だから起動せず、『光を放つ』だけが起動して、いろんな波長を持った白色光を発する術式として起動している」

 リースが光線を動かし、空白文字をなくして『赤き光を放つ』とした。
 すると、白色光は赤色光へと変化する。

「ほんのすこしのだけで、術式は起動できなくなる。だから、術式はなるべく分割せずに書くほうがいい」
「……ああ、わかった。たとえば、ばらばらの布にそれぞれ術式単位を書いておいて、あとで服として繋げれば一つの術式にすることはできる。けど、繋げたときにほんの少しでもずれたりしてたら、術式が正しく起動できなくなるかもってことか」
「その通り。だから魔術師はローブを使うの。ローブは一枚の大きな布から作ることができるから、術式のずれから生じる動作不全の可能性を限りなくゼロにできる。……で、話を戻すけど、召喚術式の術者たちが来てたローブに放射線から身を守る術式が記述されてた可能性は、十分ある」
「じゃあ、タグつき術式の目的が放射線除去っていう線はなし?」
「いや、そうとは限らない。ただ単純に、ローブの術式だけじゃ防げないレベルの放射線が放出されてた可能性はある。あるいは、ローブにはなにかほかの術式が記述されてた可能性もね。だから、タグつき術式が放射線除去目的っていう推測は、可能性の一つとしては考えてもいいと思うよ」
「じゃあ放射線除去が正しいのだとすれば……」
「……放射線を発する術式単位が、どこかに記述されてることになる」
「そういう術式、見つかってたっけ?」
「いや、まだ。そもそも放射線の発生って言っても、異世界アクセスに放射線が必要だからわざと発生させてるのか、それともなにかの現象の副次的な効果で意図せず放射線が出てしまうのかで、術式の記述の仕方はまったく変わってくる」
「ああ、前者はともかく、後者は放射線を発生させるための術式素がまったく記述されてない可能性すらあるのか。それだとわかりにくいかも……」
「どのみち、術式効果はすべて解析しなきゃいけないんだし、そこまで深く悩む必要はないと思う。いまは放射線発生っていう可能性を見つけられただけよしとしよう」

 ひとまずそれを結論として、勇者召喚術式の解析を進めていく。
 今日はティーはいないけど、だいたいいつもこんな感じだ。

 あれじゃないこれじゃないとリースと言い合い、それをティーは静かに聞いていて、ときどき口を挟んできたり、行き詰まったら俺たちから助言を求めたり、疲れたら紅茶を飲んで休憩。

 いまやってるやってる内容は、俺がこっちの世界に来た原因となった術式の解析だけど、俺にはもうそういう意識がほとんどない。

 だって、俺はもう勇者とは関係ないから。魔王と戦う必要もなければ、もう二度とクラスメイトに会うことも、ましてやあっちの世界に帰ることもないだろう。

 ただただ、夢中になれることに没頭する。
 リースと、ティーと。
 こんな和やかな日々がずっと続けばいいと、俺は思った。
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