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6.挑戦
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あれから22年後(西暦2046年)。
時宗は知世の家の前に立っていた。
知世が生きていれば48歳になる。しかし、時宗は決意していた。知世が望むなら添い遂げようと。たとえ数ヶ月であっても、彼女のために生きようと。
少し模様替えされた門の前には、妙な音の出る箱がまだ付いている。ピンポンと妙な音をさせて、時宗は箱に話しかけた。
「御免! どなたかいらっしゃるでござるか?」
しばらく待ったが返答がない。門の鍵は掛かっていなかったので、中に入り庭の方へ回ってみた。すると仲良く並んで、老夫婦が縁側でウトウトとしている。
「もし、お休みのところを済まぬでござるが」
時宗が声をかけると、おばあさんの方が目を覚まして、ぼうっとした顔で時宗を見ている。しばらく見てから、ふとその顔が驚きの表情に変わる。
「あ、あなた、時宗さんなの?」
「いかにも、時宗でござる。 ご息災でござったか」
「あなた、起きなさい! 時宗さんが帰ってきましたよ!」
おばあさんはそう言いながら、寝ているおじいさんをバンバンと叩く。
「なにするんじゃあ!」
「あなた、時宗さんですよ! 本当に帰ってきましたよ!」
「と、時宗じゃと?」
そう言って、おじいさんは寝ぼけ眼をこすりながら、時宗をじっと見る。
「お久しぶりでござる」
「ほ、ほ、本物じゃああ!」
心臓が止まったかと怪しまれるほど目を剥いて、知世の父は驚きの声を上げた。
そんな知世の両親に向かって、時宗は再びゆっくりと頭を下げる。
「ところで、さっそくでござるが、知世殿はこちらにいらっしゃるでござるか?」
時宗が問いかけると、知世の母親は父親と顔を見合わせてから答える。
「いるにはいますが……。 地面の下で眠りについておりまして」
「まさか、知世殿はもうこの世には……」
「いえいえ生きてますよ。 ちょっと中でお待ち頂けますか? 起こしてきます」
母親の答えにほっととして、時宗は招かれるまま家の中に入った。
家の中は少し古ぼけた雰囲気になっていたが、間取りや家具は昔のままだ。
すぐに、母親が居間に戻ってきた。準備に1時間ほどかかるらしい。
きっと念入りに化粧でもするのだろう。老けてしまった自分の姿をそのまま見せたくないに違いない。
時宗は一人で得心して知世を待った。
それから一時間後、知世は地下から一階へと上がってきた。
そして居間へ向かう途中で、台所に立つ母親とばったり出会った。
知世は、雷に打たれたようにその場に立ちすくむ。
長い間があってから、知世はやっとのことで声を絞り出す。
「おかあさん……」
「おかえり、知世」
優しくうなずく老いた母親を見て、ショックで固まっていた知世は、ゆっくりとうなずき返す。そして、大きく深呼吸をすると、決意のまなざしで居間へと向かった。
知世は白いローブを羽織っただけの姿で時宗の前に現れた。
長い髪はそのままで、風呂上がりのように見えるのに、別れたときの26歳の姿のままで知世は微笑んでいる。
「知世殿、お久しぶりでござる」
「時宗、お帰りなさい!」
知世はそう言うと、時宗に抱きついてきた。
時宗も知世の背中に手を回してしっかりと知世を抱く。
「しかし、近くで見ても本当に変わらぬでござるなぁ」
「ふふ~ん、そうでしょ」
「いや、本当にすごい化粧でござるなぁ」
「はぁ?!」
知世はカチンときた顔で時宗から身体を離す。
「今はすっぴんなのっ」
「では、整形とかいう手術をしたでござるか?」
「してないっつーのっ!」
知世は、化粧が濃いだの、整形だの言っている時宗にいらついていたが、すぐにやれやれと言った顔に戻る。
「そりゃまあ、わけがわからないわよね。 説明するから一緒に来て」
「まさか妖術ではござらぬな?」
まだあれこれ言っている時宗を引っ張って、知世は自宅の地下に繋がるエレベータに乗り込んだ。
「前はこのようなものはなかったでござるが」
「地下室はあとから作ったからね。 ものすごくお金が掛かったんだから」
地下に到着して鉄の扉が開くと、その向こう側は巨大な装置がうなりを上げていた。
沢山の大きな筒が林立し、幾重にも絡まった巨大な管が行き交う中央には、半透明のガラスで出来た棺桶のような箱が置かれている。
「なんと面妖な…… これは何なのでござるか?」
「人工冬眠装置よ」
「冬眠、でござるか?」
目を白黒させている時宗に、知世はできるだけわかってもらえるようにゆっくりと説明を始めた。
「クマとかリスとかが冬眠するのは知ってる?」
「ああ獣の冬ごもりぐらい知っているでござる」
「あれはHP、冬眠特異的タンパク質という人には存在しない……って、それはいいか」
「淡泊な気質でござるか?」
首を横に振りながら、知世は辛抱強く話を続ける。
「とにかく、人にも冬眠する機能が元々備わっているのよ」
「拙者は冬眠する人間など見たこともござらぬが」
「そう、世界で私が最初なのよ。 ヒトHP複合体様作用物質で代謝速度を1/200以下に落とし……って、まあいいわ」
「さっぱりわからぬが、知世殿はとにかく冬眠して待っていた、というのでござるな」
「そう、そうなのよ」
「つまり、これは人工の冬で眠るカラクリ、というわけでござるな」
「うん、まあ冷やすので間違ってない、かな」
知世は人工冬眠の鍵となる物質を発見しただけでなく、冬眠のシステム全体をエピジェネティクス的に制御するためのいくつかの条件を次々と発見した。そして、周囲の制止も聞かず、自らの身体で実験を繰り返し、ついに完全自動制御の人工冬眠装置を完成させたのだった。
「では、このからくりがあれば、拙者が飛んだ先の未来までずっと眠って待つことができる、ということなのでござるか?!」
「そう、なんだけど、たぶん回数に限界があると思うの」
「……身体に無理が掛かるのでござるな」
時宗は、嬉しそうな顔から一転して暗い顔になる。知世もどこまで身体が耐えられるのかはわからないようだ。
知世は、時宗にまっすぐ向き直って、自分の気持ちを伝える。
「それでもあなたが未来へ旅立ったら、私は時を超えて追いかけていきます。 限界まで何度でも、いつまでも」
時宗は無言で知世を抱き寄せる。
知世は抱かれた腕の中から時宗を見上げ、熱く揺れる瞳をそっと閉じた。
時宗は知世の家の前に立っていた。
知世が生きていれば48歳になる。しかし、時宗は決意していた。知世が望むなら添い遂げようと。たとえ数ヶ月であっても、彼女のために生きようと。
少し模様替えされた門の前には、妙な音の出る箱がまだ付いている。ピンポンと妙な音をさせて、時宗は箱に話しかけた。
「御免! どなたかいらっしゃるでござるか?」
しばらく待ったが返答がない。門の鍵は掛かっていなかったので、中に入り庭の方へ回ってみた。すると仲良く並んで、老夫婦が縁側でウトウトとしている。
「もし、お休みのところを済まぬでござるが」
時宗が声をかけると、おばあさんの方が目を覚まして、ぼうっとした顔で時宗を見ている。しばらく見てから、ふとその顔が驚きの表情に変わる。
「あ、あなた、時宗さんなの?」
「いかにも、時宗でござる。 ご息災でござったか」
「あなた、起きなさい! 時宗さんが帰ってきましたよ!」
おばあさんはそう言いながら、寝ているおじいさんをバンバンと叩く。
「なにするんじゃあ!」
「あなた、時宗さんですよ! 本当に帰ってきましたよ!」
「と、時宗じゃと?」
そう言って、おじいさんは寝ぼけ眼をこすりながら、時宗をじっと見る。
「お久しぶりでござる」
「ほ、ほ、本物じゃああ!」
心臓が止まったかと怪しまれるほど目を剥いて、知世の父は驚きの声を上げた。
そんな知世の両親に向かって、時宗は再びゆっくりと頭を下げる。
「ところで、さっそくでござるが、知世殿はこちらにいらっしゃるでござるか?」
時宗が問いかけると、知世の母親は父親と顔を見合わせてから答える。
「いるにはいますが……。 地面の下で眠りについておりまして」
「まさか、知世殿はもうこの世には……」
「いえいえ生きてますよ。 ちょっと中でお待ち頂けますか? 起こしてきます」
母親の答えにほっととして、時宗は招かれるまま家の中に入った。
家の中は少し古ぼけた雰囲気になっていたが、間取りや家具は昔のままだ。
すぐに、母親が居間に戻ってきた。準備に1時間ほどかかるらしい。
きっと念入りに化粧でもするのだろう。老けてしまった自分の姿をそのまま見せたくないに違いない。
時宗は一人で得心して知世を待った。
それから一時間後、知世は地下から一階へと上がってきた。
そして居間へ向かう途中で、台所に立つ母親とばったり出会った。
知世は、雷に打たれたようにその場に立ちすくむ。
長い間があってから、知世はやっとのことで声を絞り出す。
「おかあさん……」
「おかえり、知世」
優しくうなずく老いた母親を見て、ショックで固まっていた知世は、ゆっくりとうなずき返す。そして、大きく深呼吸をすると、決意のまなざしで居間へと向かった。
知世は白いローブを羽織っただけの姿で時宗の前に現れた。
長い髪はそのままで、風呂上がりのように見えるのに、別れたときの26歳の姿のままで知世は微笑んでいる。
「知世殿、お久しぶりでござる」
「時宗、お帰りなさい!」
知世はそう言うと、時宗に抱きついてきた。
時宗も知世の背中に手を回してしっかりと知世を抱く。
「しかし、近くで見ても本当に変わらぬでござるなぁ」
「ふふ~ん、そうでしょ」
「いや、本当にすごい化粧でござるなぁ」
「はぁ?!」
知世はカチンときた顔で時宗から身体を離す。
「今はすっぴんなのっ」
「では、整形とかいう手術をしたでござるか?」
「してないっつーのっ!」
知世は、化粧が濃いだの、整形だの言っている時宗にいらついていたが、すぐにやれやれと言った顔に戻る。
「そりゃまあ、わけがわからないわよね。 説明するから一緒に来て」
「まさか妖術ではござらぬな?」
まだあれこれ言っている時宗を引っ張って、知世は自宅の地下に繋がるエレベータに乗り込んだ。
「前はこのようなものはなかったでござるが」
「地下室はあとから作ったからね。 ものすごくお金が掛かったんだから」
地下に到着して鉄の扉が開くと、その向こう側は巨大な装置がうなりを上げていた。
沢山の大きな筒が林立し、幾重にも絡まった巨大な管が行き交う中央には、半透明のガラスで出来た棺桶のような箱が置かれている。
「なんと面妖な…… これは何なのでござるか?」
「人工冬眠装置よ」
「冬眠、でござるか?」
目を白黒させている時宗に、知世はできるだけわかってもらえるようにゆっくりと説明を始めた。
「クマとかリスとかが冬眠するのは知ってる?」
「ああ獣の冬ごもりぐらい知っているでござる」
「あれはHP、冬眠特異的タンパク質という人には存在しない……って、それはいいか」
「淡泊な気質でござるか?」
首を横に振りながら、知世は辛抱強く話を続ける。
「とにかく、人にも冬眠する機能が元々備わっているのよ」
「拙者は冬眠する人間など見たこともござらぬが」
「そう、世界で私が最初なのよ。 ヒトHP複合体様作用物質で代謝速度を1/200以下に落とし……って、まあいいわ」
「さっぱりわからぬが、知世殿はとにかく冬眠して待っていた、というのでござるな」
「そう、そうなのよ」
「つまり、これは人工の冬で眠るカラクリ、というわけでござるな」
「うん、まあ冷やすので間違ってない、かな」
知世は人工冬眠の鍵となる物質を発見しただけでなく、冬眠のシステム全体をエピジェネティクス的に制御するためのいくつかの条件を次々と発見した。そして、周囲の制止も聞かず、自らの身体で実験を繰り返し、ついに完全自動制御の人工冬眠装置を完成させたのだった。
「では、このからくりがあれば、拙者が飛んだ先の未来までずっと眠って待つことができる、ということなのでござるか?!」
「そう、なんだけど、たぶん回数に限界があると思うの」
「……身体に無理が掛かるのでござるな」
時宗は、嬉しそうな顔から一転して暗い顔になる。知世もどこまで身体が耐えられるのかはわからないようだ。
知世は、時宗にまっすぐ向き直って、自分の気持ちを伝える。
「それでもあなたが未来へ旅立ったら、私は時を超えて追いかけていきます。 限界まで何度でも、いつまでも」
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