セキュリティ・フッテージ

三枝七星

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第4話 消えた女

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 3日目。浅見が警備室に行くと、既に森澤は来ていた。浅見は日誌をめくる。N田セキュリティがここで請け負っていた警備においては、この日誌で申し送りなどをしていた。異常なし。昨晩泊まった担当の字で書き付けてある。日勤がないので、まるで交換日記の様だ。異常があった場合は、電話で申し送りをすることになっているが、何かが起こる筈もなかった。
「N田セキュリティさんの方では何かありました?」
 森澤に尋ねられて、浅見は首を横に振った。
「異常なしだって。そっちは?」
「こちらも特に何もなしです。今夜もよろしくお願いします」
「こちらこそ」
 静かな夜が始まった。

 初日より森澤も打ち解けていて、控え目な冗談も言うようになった。浅見は浅見で、森澤は案外話せる奴かもしれない、と思い始める程度には。
「この実験が上手く行ったら、森澤さんの給料って上がるの?」
「どうでしょうね。実験が上手く行っても、売り上げが良くないと難しいでしょうね。売り上げたら人件費よりも事業拡大に行きそうだし。給料上がったら、発泡酒じゃなくてビール飲みたいっすね」
「どこも世知辛いね」
 浅見は肩を竦めた。監視カメラには、昨日と同じく静まり返った店内と、移動するロボットだけが映っている。


 少ししてから、浅見も巡回に出掛けた。一昨日と同じように、4階はロボット任せなので通り過ぎて3階から5階へ。異常なし。申し送りに書く内容は決まったようなものだ。警備室に戻ると、
「そろそろ仮眠取る? 今日は森澤さん先行く?」
「あー、いや、大丈夫です。浅見さんお先どうぞ。何かあったら起こさせてください」
「それは勿論。じゃあ、お言葉に甘えて」
 浅見は遠慮無く先に眠ることにした。
「ん?」
 彼が仮眠室のドアノブに手を掛けると、森澤が怪訝そうな声を漏らす。それが何故だか妙に引っかかって、浅見は振り返った。
「どうしたの?」
「ちょっと、浅見さん、一緒に見てください」
 少し早口で、焦燥が見える。浅見はその声色にただならぬ気配を感じ取って、仮眠の事も忘れて歩み寄った。後ろから画面を覗き込む。そこには、ロボットの内蔵カメラらしい暗視モードの画面が映っていた。
「一体……」
 何があったんだよ、と言おうとして、浅見は絶句した。
「これ、人ですよね」
 森澤の言うとおりだった。ロボットの正面には、女性らしい人影が立っている。丈の短いスカートを穿いた、髪の長い女。
「マネキン?」
「一昨日はなかったし、髪の毛ありますよ。婦人服フロアでしょ、ここ……それに動いてますよ」
 彼の言うとおりだった。その人影はゆらゆらと左右に揺れるように歩いている。ロボットは人間だと見なしたのか、「本日の営業は終了しました」と言いながら近寄って行く。
「えっ、これって近寄って大丈夫なのか」
「いや、でもこれは……」
 女はロボットに気付いたのか、足を早めた。ロボットは変わらず追い掛ける。森澤は何も操作をしておらず、この追跡は自動らしい。なかなか高性能であるようだった。浅見が感心しながら画面を見つめていると、棚を左に曲がったところで、女の姿が消えていた。動く物がセンサーから消えたせいか、ロボットは停止する。森澤が目を瞬かせ、
「あ、見失った? 棚の影かな?」
 今度はタッチパッドを触り始めた。何やら手を動かすと、ロボットが再び動き始める。遠隔操作らしい。
「この辺なんかあります?」
「何もないはず」
 浅見は首を傾げた。念のため、フロア案内を開くが、その辺りは洋品店だけで、スタッフルームや手洗いもない。
「棚の間とか」
「見てみます」
 森澤は器用にロボットを操った。まるで、SF映画で突然活躍するオタクの様である。そんなことを思いながら、浅見は監視カメラの映像をチェックした。件の洋品店を画面に収めるカメラもある。しかし、画面の隅に動くロボットが見えるだけで、女の姿は見えなかった。
「ちょっと巻き戻すか。どの辺で見たっけ」
「多分、この辺ですね」
 森澤がフロアガイドを覗き込みながら、大体の位置を指差した。この周辺を写すカメラのデータを呼び出す。そこには確かに女の姿があったが、
「カメラの死角に入ってから消えた感じだな」
 フレームアウトしてから、行き先と思しきエリアのカメラも確認したが、映っていない。浅見は映像を前に、軽く握った親指と人差し指を顎に当てて考えていたが、やがて再生を止めた。
「よし」
 彼は肯いた。「ちょっと見てくるわ」
「自分も行きます」
「いや、俺になんかあったら通報して」
 森澤に無線機の使い方を教えると、いつもの懐中電灯と自分の無線を持って、彼は警備室を出た。さっきは飛ばした4階のフロアに足を踏み入れると、心なしかひんやりしているように……いや、気のせいだろう。自分にそう言い聞かせて、浅見はフロアを照らした。
(ロボットくんどこ行ったかな)
 あの場所から動いていないのだろうか。
「森澤さん、ロボットくんどこにいるの?」
『えーっと、ちょっと待ってくださいよ……婦人服の「ライチブランチ」のあたりにいませんか。通路側です』
「ライチブランチ……あっちか」
 なんとなく覚えがある。浅見は足早にそちらへ向かった。ライトの光を、通路に置かれた何かが反射する。一瞬身構えるが、それがロボットだとすぐにわかって、彼は息を吐いた。
「いたいた。おい、大丈夫か」
 森澤に報告しながら、ロボットに話しかける。声に反応したのか、相手は振り返った。暗闇の中、ライトの光の中に浮かび上がったそれは、怖い物知らずの浅見でも不気味に思えた。
『周りに誰かいます?』
 その問いを受けて、懐中電灯でさっと周囲を照らす。しかし、生死を問わず人間らしき影はなかった。
「いや、誰もいない」
『そうですか……ちょっと、一旦ロボット引き上げます。今から行くんで、待っててもらって良いですか?』
「良いよ」
 少しすると、エスカレーターの方から音が聞こえた。本当は階段を使うべきなのだが、皆横着して止まったエスカレーターを使っている。森澤もその内の一人の様だった。「ライチブランチ」の場所を、地図で見て確かめてきたのか、彼は迷った様子も見せずにこちらにやってくる。
「すみません、お待たせして」
「いや、平気だけど」
「一応、会社に連絡したんですよ」
「うん」
「そうしたら、通報した方が良いかもしれないって言われて……」
 それはそうである。もしあれが人間なら、不法侵入だ。ロボットのカメラにも女がはっきりと映っているし、それは浅見と森澤、2人で人間の女性だと判じているのである。1人なら見間違いを疑うところではあるが……。
 森澤はロボットの画面を操作すると、電源を落とした。床の上はキャスターを転がして、エスカレーターは担いで降りる。
「持とうか?」
「あ、大丈夫です。浅見さんは念のため警戒お願いします」
「うん」
 確かに、階段を降りているときに襲われたらひとたまりもない。浅見は暗いフロアに注意を配った。
 けれど、常識から外れた行いをする女も、化け物も、何も出てこなかった。暗闇の中には静寂しじまが降りるのみ。それを蹴散らしているのは、浅見と森澤がエスカレーターを降りながら立てる足音だけだった。
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