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第3話 巡回と仮眠
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それから数10分後、浅見は懐中電灯を持って4階以外の巡回に出掛けた。備品の懐中電灯はいくつかあるが、彼は比較的小ぶりなものを選んで使っている。
商品のない、がらんどうの店舗ばかりが並んでいる。懐中電灯の光がいつもより多く反射される気がするのは、陳列するものがない、剥き出しの商品棚のせいだろう。
(馬鹿には見えない商品でも並んでいたりして……)
何てことを想像して、浅見は1人で笑った。森澤を連れてきたら、「まだ商品が残っているんですか?」と言ったりして。
4階は素通りした。ロボットの駆動音がかすかに聞こえる、ような気がした。順調らしい。彼は動かないエスカレーターを登って5階へ向かった。5階から上も、代わり映えしない。閉店してからそう経っていない筈だが、浅見は既に何の店があったか思い出せなくなっている。
不気味なほど静まり返っていた。うっかり光源を落としたら、あちこちに反響して、自分以外の存在を感じてしまうかもしれない。そんな静けさ。恐がりの人間なら、こんな巡回とっとと終わらせたいと思うだろうし、そんな人が何か落っことした日には大騒ぎだ。それを想像して、浅見はくつくつと笑う。小さな笑い声は、障害物に当たる前に何もない空間へ消えていった。
一通り巡回を終えて戻ってくると、森澤は相変わらずパソコンで何やら熱心に見ていた。アダルトサイトでも見ているのではないかと思って、こっそり通りすがりに覗くが、何やらグラフの様な心電図の様なものと、ロボットのカメラ映像らしき画面が小さく表示されているだけだった。こう言うのに興奮する性分だったら面白いな、と思いつつ、
「戻りました」
「あ、お帰りなさい。どうでした?」
「異常なし」
「良かったです」
森澤は頷いた。
「何かいた方が良かったんじゃないの?」
「いえ、実際に人が歩いた店舗をスムーズに歩けるか、という所も検証したいことのひとつなので、異常はなくても全然良いです。ていうかもし泥棒が来ること前提なら、もっと警備会社さんから人呼ばないと。人感センサーの実験はまた別でやったりするんで。いつ出るかわかんない泥棒に頼れませんし」
「そりゃそうだ」
浅見は頷いた。
その後も、他愛のない話をしながら、交代で仮眠を取った。先に仮眠を譲られた浅見は、時間になってから起き出すと、
「次どうぞ。何かあった?」
最後に見た時と同じポーズで、ノートパソコンに向かっている森澤の背中に声を掛ける。相手は振り返った。特に眠たげな表情は見えない。徹夜慣れしている人間の顔だ。
「いえ、特には。では自分も仮眠頂きます。パソコンで特にやって頂くことはないので、そのままでどうぞ。もし倒れたりしたらパソコンからも警報が鳴りますので、呼んでいただけますか」
「それは良いけど、パソコン隠して行ったりしなくて良いの?」
「このパソコンの画面も、普通に守秘義務に入ると思いますよ」
森澤はしれっとそれだけ言って、仮眠室に引っ込んだ。かちんと来た浅見は画面を覗き込むが、守秘義務以前に、表示されているものの意味がさっぱりわからないのですぐに画面の前を離れた。英語ばっかりだ。読めているんだろうか。自分の定位置に座って、足を組みながら監視画面を見る。
監視カメラにはロボット以外に動く物のない、屋内の様子だけが写っていた。
森澤は仮眠から起き出してくると、開口一番、
「どうでした?」
「異常なし。ロボットくんはちゃんと歩き回ってるよ」
「それは良かった。休憩ありがとうございます」
「これを7営業日やるの? こんなの1日で良くない?」
「1日じゃ流石にデータ取れないですね。科学って、再現性がないと駄目なんですよ」
さっき言っていたことだ。
「同じ条件で同じ結果が得られるかって言うのはその内のひとつです。なので、7日間やって、7日ともトラブルがなければいけるんじゃないかって感じです」
「そう言うもんか」
「まあ、多分どっかでトラブルになると思いますけど。床の凹凸とかタイルに引っかかってコケたり」
「そんなこと言って良いのか?」
「そこから改良していくんで。何かいない方が良いですけど、何かあるのは良いんですよ。実戦投入してから発覚するよりは全然」
「自分でコケたら警報って鳴るの?」
「設定次第です。今は鳴らないようにしています。一応、外部から衝撃を受けて倒れたら一律鳴るようにはしてるんで。人感センサーとか、顔認証で見つけたら、近づいて行くようにしていますから、それで短気な人は倒すでしょうね」
浅見の脳裏には、今までに宥めた短気な客の顔がいくつも浮かんだ。ああいう連中、相手がロボットなら倒すかもしれない。
「それに、脅せば反応する人間と違って、反応が変わらないロボットがずっと同じ事言って追い掛けて来たらかなり怖いと思いませんか?」
「それは確かにな」
脅かそうとした奴が逆に脅かされる……浅見には少し愉快だった。
時間になると、Wエレクトロニクスの車が森澤を迎えに来た。昨日の上司とは違う人間だ。森澤と同じ作業着を着ている。何やら専門用語で話しているのをぼんやりと眺める。ロボットを回収して、彼らがいなくなってから、浅見が戸締まりをして警報器をセットし、退散するというわけだ。
「それじゃ、浅見さん。また明後日の夜もよろしくお願いします」
女に言われたら色っぽいかもしれない言葉も、眼鏡のもじゃもじゃ頭に言われると無味乾燥だ。森澤がビジネスライクだから、余計に。社交辞令を言って、浅見は鍵を手に取った。
商品のない、がらんどうの店舗ばかりが並んでいる。懐中電灯の光がいつもより多く反射される気がするのは、陳列するものがない、剥き出しの商品棚のせいだろう。
(馬鹿には見えない商品でも並んでいたりして……)
何てことを想像して、浅見は1人で笑った。森澤を連れてきたら、「まだ商品が残っているんですか?」と言ったりして。
4階は素通りした。ロボットの駆動音がかすかに聞こえる、ような気がした。順調らしい。彼は動かないエスカレーターを登って5階へ向かった。5階から上も、代わり映えしない。閉店してからそう経っていない筈だが、浅見は既に何の店があったか思い出せなくなっている。
不気味なほど静まり返っていた。うっかり光源を落としたら、あちこちに反響して、自分以外の存在を感じてしまうかもしれない。そんな静けさ。恐がりの人間なら、こんな巡回とっとと終わらせたいと思うだろうし、そんな人が何か落っことした日には大騒ぎだ。それを想像して、浅見はくつくつと笑う。小さな笑い声は、障害物に当たる前に何もない空間へ消えていった。
一通り巡回を終えて戻ってくると、森澤は相変わらずパソコンで何やら熱心に見ていた。アダルトサイトでも見ているのではないかと思って、こっそり通りすがりに覗くが、何やらグラフの様な心電図の様なものと、ロボットのカメラ映像らしき画面が小さく表示されているだけだった。こう言うのに興奮する性分だったら面白いな、と思いつつ、
「戻りました」
「あ、お帰りなさい。どうでした?」
「異常なし」
「良かったです」
森澤は頷いた。
「何かいた方が良かったんじゃないの?」
「いえ、実際に人が歩いた店舗をスムーズに歩けるか、という所も検証したいことのひとつなので、異常はなくても全然良いです。ていうかもし泥棒が来ること前提なら、もっと警備会社さんから人呼ばないと。人感センサーの実験はまた別でやったりするんで。いつ出るかわかんない泥棒に頼れませんし」
「そりゃそうだ」
浅見は頷いた。
その後も、他愛のない話をしながら、交代で仮眠を取った。先に仮眠を譲られた浅見は、時間になってから起き出すと、
「次どうぞ。何かあった?」
最後に見た時と同じポーズで、ノートパソコンに向かっている森澤の背中に声を掛ける。相手は振り返った。特に眠たげな表情は見えない。徹夜慣れしている人間の顔だ。
「いえ、特には。では自分も仮眠頂きます。パソコンで特にやって頂くことはないので、そのままでどうぞ。もし倒れたりしたらパソコンからも警報が鳴りますので、呼んでいただけますか」
「それは良いけど、パソコン隠して行ったりしなくて良いの?」
「このパソコンの画面も、普通に守秘義務に入ると思いますよ」
森澤はしれっとそれだけ言って、仮眠室に引っ込んだ。かちんと来た浅見は画面を覗き込むが、守秘義務以前に、表示されているものの意味がさっぱりわからないのですぐに画面の前を離れた。英語ばっかりだ。読めているんだろうか。自分の定位置に座って、足を組みながら監視画面を見る。
監視カメラにはロボット以外に動く物のない、屋内の様子だけが写っていた。
森澤は仮眠から起き出してくると、開口一番、
「どうでした?」
「異常なし。ロボットくんはちゃんと歩き回ってるよ」
「それは良かった。休憩ありがとうございます」
「これを7営業日やるの? こんなの1日で良くない?」
「1日じゃ流石にデータ取れないですね。科学って、再現性がないと駄目なんですよ」
さっき言っていたことだ。
「同じ条件で同じ結果が得られるかって言うのはその内のひとつです。なので、7日間やって、7日ともトラブルがなければいけるんじゃないかって感じです」
「そう言うもんか」
「まあ、多分どっかでトラブルになると思いますけど。床の凹凸とかタイルに引っかかってコケたり」
「そんなこと言って良いのか?」
「そこから改良していくんで。何かいない方が良いですけど、何かあるのは良いんですよ。実戦投入してから発覚するよりは全然」
「自分でコケたら警報って鳴るの?」
「設定次第です。今は鳴らないようにしています。一応、外部から衝撃を受けて倒れたら一律鳴るようにはしてるんで。人感センサーとか、顔認証で見つけたら、近づいて行くようにしていますから、それで短気な人は倒すでしょうね」
浅見の脳裏には、今までに宥めた短気な客の顔がいくつも浮かんだ。ああいう連中、相手がロボットなら倒すかもしれない。
「それに、脅せば反応する人間と違って、反応が変わらないロボットがずっと同じ事言って追い掛けて来たらかなり怖いと思いませんか?」
「それは確かにな」
脅かそうとした奴が逆に脅かされる……浅見には少し愉快だった。
時間になると、Wエレクトロニクスの車が森澤を迎えに来た。昨日の上司とは違う人間だ。森澤と同じ作業着を着ている。何やら専門用語で話しているのをぼんやりと眺める。ロボットを回収して、彼らがいなくなってから、浅見が戸締まりをして警報器をセットし、退散するというわけだ。
「それじゃ、浅見さん。また明後日の夜もよろしくお願いします」
女に言われたら色っぽいかもしれない言葉も、眼鏡のもじゃもじゃ頭に言われると無味乾燥だ。森澤がビジネスライクだから、余計に。社交辞令を言って、浅見は鍵を手に取った。
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