セキュリティ・フッテージ

三枝七星

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第2話 4階の噂

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 監視カメラに、ロボットの機体がぼうっと白く浮かび上がっている。歩く度に身体が多少上下に動く人間と違って、キャスターで床に水平方向へ動くロボットの動きは、浅見には何だか不思議に見えた。森澤は持ち込んだノートパソコンで何やらロボットの動きをチェックしているらしい。
「そう言えば、4階に配置することについて、何か心当たりでもあるんですか?」
 2人きりになってしばらくすると、森澤が固い調子で尋ねた。浅見は両手を頭の後ろで組み、背もたれをしならせるほど体重を掛けながら、笑いかける。
「ため口で良いよ。俺、そういうのあんまり得意じゃないから」
「そう言うわけには……仕事ですし」
「じゃあ、まあ、おいおい。4階ね。ちょっと曰く付きで。そう言うことは聞いてない?」
「何も」
「何だ、じゃあ知らないのか?」
 浅見はにやにやしながら言った。「ここが潰れた理由も」
「ええ、存じません。何なんです? 売り上げ不振の他に理由が?」
 警備員は、キャスター付きの椅子を転がして、森澤の耳に唇を近づける。極めて小さな囁き声で言った。
「出るんだよ」
「出る? 何がですか?」
「幽霊」
 浅見は胸の前で手をぶら下げるポーズを取った。ただし、その顔は「うらめしや」にはほど遠い。
「何ですって?」
 森澤は怪訝そうに浅見を見た。彼はにやにや笑いを保ったまま、
「ま、信じる信じないはあんた次第だ」
「浅見さんは信じていらっしゃるんですか?」
「そうだったら面白いな、くらいだよ。ただな、そう言う噂で店が潰れるんだから、本当に怖いのは人間様の方だね」
 別に、幽霊が出るから何だと言うのだ。そんなことよりも、店員の対応が悪いから火を付ける、などと脅すクレーマーの方が厄介に決まっている。幽霊が放火できるわけがない。
「そう言う噂が、4階に集中している、と言うことなんですね」
 理系らしいものの言い方だと思った。浅見は頷いて、
「まあ、そう言うこった。そんなもんが、昼夜問わずに出るもんだから、客足が遠のいて潰れたってところだよ。よくもった方だとは思う」
 東京都と言うと、何でもあると思われがちだが、特別区の外、多摩地区では西に行けば行くほど、大型の商業施設の密度は落ちる。そう言う需要の元、この施設も長いこともっていたのだが……より駅に近い方に、また別の大型商業施設が建設されてしまい、そこに客を取られる形で閉店した。一気に客足が遠のいた直接のきっかけはライバルの出現だが、徐々に減りつつあった来店者数の理由には、四階の幽霊騒ぎもあるようだ、という事を浅見は聞いている。
 夜間警備の職員は、何人か「見回り中に見た」と証言する者もいる。浅見も見たことはなかったが、四階を通る時に少し気温が低いような気はしている。気のせいだと思ってはいるが。

「理系は幽霊とか信じてないか」
「そう言うのは信仰なので、文理はあまり関係ないと思いますが、自分は信じてないですね」
「あったら良いな、とも?」
「再現性のないものは実験に影響すると厄介なんですよ。起こらないでくれといつも思ってます」
 渋面を作る。その様子がおかしくて、浅見は吹き出した。幽霊に対する負の部分が実験への影響か! 理系らしくて面白い。森澤は慣れているのか、
「夢がないとよく言われます」
 肩を竦めた。浅見は手を顔の前で振り、
「いや、そうは言わないけど、怖いもの知らずだな」
「浅見さんは怖いのですか?」
「あんまり」
 さっきも言ったように、生きている人間の方がよほど怖いと言うのが彼の理屈だ。だから、いたら面白いな、くらいには思っているが、なんで面白いのかと言うと、「多くの人間にとっては怖い物」だからである。

 それは、浅見自身が持つ恐怖の裏返しでもあるのだが、本人はそれに無自覚だ。無自覚だからこそ、最初から信じていない森澤に「怖い物知らずだ」と感心しているのである。けれど、「男はあまり恐怖を表出していはいけない」と言う、内面化されたジェンダーバイアスがその自覚を妨げている。森澤が女性であれば、怯えないことに浅見は苛立ったかもしれない。

 とは言え、そう言う自分の内面について一切内省のない浅見だったので、森澤が怖がらないことによって白けてしまった。とは言え、上司からあまり失礼のないように、と言われているので、それ以上は言わず、監視カメラに視線を戻した。突然黙った浅見を不審に思ったのか、森澤はちらりとこちらを見たが、彼が熱心に仕事をしているとでも思ったのか、声は掛けてこなかった。

 監視カメラも暗視モードで、緑と黒で構成された画面の中に、白っぽくロボットが映っている。つるつるした頭部を、時折左右に振りながら移動していく。どことなく愛敬があって、思わず浅見の口元も緩んだ。誰もいないフロアを、一生懸命見て回っている。段々可愛く思えて来た。
「これって、警備会社に売るのか?」
「あー、どうなんでしょ。契約関連はあんま詳しくないんですけど、警察に通報するだけなら、直接法人さんと契約すると思いますよ。間に警備会社さん入れるんだったら、多分警備会社さんと契約して、警備会社さんがご自分の契約内容にロボットを入れてうちはメンテって感じなのかな」
「ふーん。何か、段々可愛く見えてきたから、一緒に仕事するのもアリかなって思えてきたよ」
「それは良かったです」
 森澤はあっさりと肯いた。「警備会社さんに商売敵って思われるんじゃないかってひやひやしてましたから」
 ここに来る前に思っていたことを読まれた様な気がして、浅見は黙り込んだ。なんとなく、こいつとは気が合わないかもしれないとも感じる。会話の主導権を握れないのが腹立たしい。この7日間だけ一緒すれば良いだけの関係で本当に良かったと思う。
「まあ、機械と人間じゃできることが違うから」
「おっしゃる通りです。最後には人の目がいることもあるし、人の目で見逃したものを機械が見つけることもありますので、適材適所じゃないですかね。どっちかに一本化するって、合理的のようでそうではないと自分は思います」
 おっしゃる通り、と言われて、浅見の機嫌は少し上向いた。
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