会えない時間の二人(BL習作集)

三枝七星

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アンカーを抱く【新塩】

 塩原渚しおばらなぎさは嫉妬深い。本人にもその自覚はある。今までの恋愛でもそうだった。あの人誰? 何で一緒だったの? つい尋ねてしまい、それが後まで尾を引くこともあった。
 それは新川修治しんかわしゅうじと付き合う様になってからも変わらなかった。彼に離婚歴があることは、知り合って比較的早めに聞いている。最初は、「そうなんだ」くらいにしか思っていなかったが、彼に惹かれるようになってからは、前の妻に嫉妬心を抱くことが日に日に増えて行った。付き合う様になる前も、なった後も、その嫉妬心を吐露することは幾度かあって、その度に新川を困らせていた、と思う。年上の彼は困った様子など決して見せなかったけれど。ただ塩原を抱きしめてくれて、今一番なのは君だよと囁いてくれた。
(今、なんだ)
 それがちょっと不服でもある。欲望には天井がない。逞しくて強いけれど、優しい腕に抱かれて、こうやってこの人の体温を感じられるのが、この先ずっと自分だけなら良いのにと思っている。これ以前も自分しかいなければ良かったのにと、今更言っても詮無いことを思ったりもしている。
 欲望には天井がない。ね、人に見せない肌を、僕だけに見せて。新川のシャツの前を開けて、鎖骨に軽く噛み付いた。


 肉体関係を持ったのは、付き合ってからそれなりに日が経ってからだった。その日、初めて新川の寝室に入った。前の妻と使っていたのであろうダブルベッドには、青い小花模様のシーツが掛かっているのが見えた。緊張と欲望の間に、その花が無造作にねじ込まれような気がする。直感的に、新川の好みではないことを塩原は見抜いた。

(こんなところに、まだ残ってた……)

 離婚してから、妻のいない生活にすっかり馴染み、塩原という新しい恋人を得るほどの時間が経ったとしても、新川の傍らにはまだ彼女の痕跡が残っている。その事実に激しく嫉妬すると同時に、心拍数が上がった。悔しくて、でも新川が愛おしく、逞しい胴にかじりついてベッドに倒したのを覚えている。そうすればまるで花が散って、シーツに残る彼女の存在がなくなるとでも言わんばかりに。新川は塩原が乗り気なのだと思って嬉しそうに笑った。
「離さないよ」
 囁きながら抱き返して、こちらを下敷きにする。愛おしさの溢れる口付けを頬に受けている間に、塩原の視界には天井と恋人の顔が満たした。
「重たい?」
 苦しげに息を吐くと、新川が気遣わしげに尋ねる。それはそうだ。体格差も体重差もある。
「うん」
 でも、彼の体重を受け止めるとどきどきする。心地良い胸の高鳴りを覚える。自分を離さないと言う。船を留めるアンカーみたいな重さ。
「ぺっちゃんこにして」
 離さないと言うなら、このままずっとあなたの下に置いていて欲しい。

 彼女が選んだシーツを使い続けていたこと。そのシーツの上で自分を抱いたこと。その事が塩原の中でずっとくすぶっていた。青い小花模様、品の良いデザイン。心の中で、それを嫉妬の刃で裂いた。
 何だか過去の人と同じように扱われている気がして嫌だった。今の恋人は自分なのだから。自分用の機嫌の取り方をして欲しかった。
 そんなことを、声を大にして言ってしまうには、塩原は大人だった。だからその場では口に出さなかったけれど、同居が決まって家具などの買い足しや整理について話し合った際、内心でくすぶっていたことが新川に見抜かれた。彼は塩原の嫉妬を汲み取り、快く買い換えを承諾した。
 新しいシーツは、まるでまだすれ違うこともある自分たちの関係を示唆するようにごわごわしていた。これから慣れるよ、と恋人は笑って言う。
「渚くん」
「はい?」
「僕のこと好き?」
「好き」
 何でそんなこと聞くんだろう。あなたにまつわるものにこんなに心を乱しているのに。
「どれくらい好き?」
「これくらい」
 子供じみた仕草、両手を目一杯広げて慕情を示す。その胸を、彼は嬉しそうに抱きしめた。
(ああ、修治さんも同じなんだ)
 今の恋人にどれくらい愛されているか知りたいのは自分だけではなく。一緒にベッドに倒れ込んだ。
「重たい?」
 あの時と同じ事を聞かれる。
「うん」
 離さないと言うなら離れないで欲しい。
「ぺっちゃんこして」
 その背中を強く抱きしめて、塩原は囁いた。
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