6 / 16
アンカーを抱く【新塩】
しおりを挟む
塩原渚は嫉妬深い。本人にもその自覚はある。今までの恋愛でもそうだった。あの人誰? 何で一緒だったの? つい尋ねてしまい、それが後まで尾を引くこともあった。
それは新川修治と付き合う様になってからも変わらなかった。彼に離婚歴があることは、知り合って比較的早めに聞いている。最初は、「そうなんだ」くらいにしか思っていなかったが、彼に惹かれるようになってからは、前の妻に嫉妬心を抱くことが日に日に増えて行った。付き合う様になる前も、なった後も、その嫉妬心を吐露することは幾度かあって、その度に新川を困らせていた、と思う。年上の彼は困った様子など決して見せなかったけれど。ただ塩原を抱きしめてくれて、今一番なのは君だよと囁いてくれた。
(今、なんだ)
それがちょっと不服でもある。欲望には天井がない。逞しくて強いけれど、優しい腕に抱かれて、こうやってこの人の体温を感じられるのが、この先ずっと自分だけなら良いのにと思っている。これ以前も自分しかいなければ良かったのにと、今更言っても詮無いことを思ったりもしている。
欲望には天井がない。ね、人に見せない肌を、僕だけに見せて。新川のシャツの前を開けて、鎖骨に軽く噛み付いた。
肉体関係を持ったのは、付き合ってからそれなりに日が経ってからだった。その日、初めて新川の寝室に入った。前の妻と使っていたのであろうダブルベッドには、青い小花模様のシーツが掛かっているのが見えた。緊張と欲望の間に、その花が無造作にねじ込まれような気がする。直感的に、新川の好みではないことを塩原は見抜いた。
(こんなところに、まだ残ってた……)
離婚してから、妻のいない生活にすっかり馴染み、塩原という新しい恋人を得るほどの時間が経ったとしても、新川の傍らにはまだ彼女の痕跡が残っている。その事実に激しく嫉妬すると同時に、心拍数が上がった。悔しくて、でも新川が愛おしく、逞しい胴にかじりついてベッドに倒したのを覚えている。そうすればまるで花が散って、シーツに残る彼女の存在がなくなるとでも言わんばかりに。新川は塩原が乗り気なのだと思って嬉しそうに笑った。
「離さないよ」
囁きながら抱き返して、こちらを下敷きにする。愛おしさの溢れる口付けを頬に受けている間に、塩原の視界には天井と恋人の顔が満たした。
「重たい?」
苦しげに息を吐くと、新川が気遣わしげに尋ねる。それはそうだ。体格差も体重差もある。
「うん」
でも、彼の体重を受け止めるとどきどきする。心地良い胸の高鳴りを覚える。自分を離さないと言う。船を留めるアンカーみたいな重さ。
「ぺっちゃんこにして」
離さないと言うなら、このままずっとあなたの下に置いていて欲しい。
彼女が選んだシーツを使い続けていたこと。そのシーツの上で自分を抱いたこと。その事が塩原の中でずっとくすぶっていた。青い小花模様、品の良いデザイン。心の中で、それを嫉妬の刃で裂いた。
何だか過去の人と同じように扱われている気がして嫌だった。今の恋人は自分なのだから。自分用の機嫌の取り方をして欲しかった。
そんなことを、声を大にして言ってしまうには、塩原は大人だった。だからその場では口に出さなかったけれど、同居が決まって家具などの買い足しや整理について話し合った際、内心でくすぶっていたことが新川に見抜かれた。彼は塩原の嫉妬を汲み取り、快く買い換えを承諾した。
新しいシーツは、まるでまだすれ違うこともある自分たちの関係を示唆するようにごわごわしていた。これから慣れるよ、と恋人は笑って言う。
「渚くん」
「はい?」
「僕のこと好き?」
「好き」
何でそんなこと聞くんだろう。あなたにまつわるものにこんなに心を乱しているのに。
「どれくらい好き?」
「これくらい」
子供じみた仕草、両手を目一杯広げて慕情を示す。その胸を、彼は嬉しそうに抱きしめた。
(ああ、修治さんも同じなんだ)
今の恋人にどれくらい愛されているか知りたいのは自分だけではなく。一緒にベッドに倒れ込んだ。
「重たい?」
あの時と同じ事を聞かれる。
「うん」
離さないと言うなら離れないで欲しい。
「ぺっちゃんこして」
その背中を強く抱きしめて、塩原は囁いた。
それは新川修治と付き合う様になってからも変わらなかった。彼に離婚歴があることは、知り合って比較的早めに聞いている。最初は、「そうなんだ」くらいにしか思っていなかったが、彼に惹かれるようになってからは、前の妻に嫉妬心を抱くことが日に日に増えて行った。付き合う様になる前も、なった後も、その嫉妬心を吐露することは幾度かあって、その度に新川を困らせていた、と思う。年上の彼は困った様子など決して見せなかったけれど。ただ塩原を抱きしめてくれて、今一番なのは君だよと囁いてくれた。
(今、なんだ)
それがちょっと不服でもある。欲望には天井がない。逞しくて強いけれど、優しい腕に抱かれて、こうやってこの人の体温を感じられるのが、この先ずっと自分だけなら良いのにと思っている。これ以前も自分しかいなければ良かったのにと、今更言っても詮無いことを思ったりもしている。
欲望には天井がない。ね、人に見せない肌を、僕だけに見せて。新川のシャツの前を開けて、鎖骨に軽く噛み付いた。
肉体関係を持ったのは、付き合ってからそれなりに日が経ってからだった。その日、初めて新川の寝室に入った。前の妻と使っていたのであろうダブルベッドには、青い小花模様のシーツが掛かっているのが見えた。緊張と欲望の間に、その花が無造作にねじ込まれような気がする。直感的に、新川の好みではないことを塩原は見抜いた。
(こんなところに、まだ残ってた……)
離婚してから、妻のいない生活にすっかり馴染み、塩原という新しい恋人を得るほどの時間が経ったとしても、新川の傍らにはまだ彼女の痕跡が残っている。その事実に激しく嫉妬すると同時に、心拍数が上がった。悔しくて、でも新川が愛おしく、逞しい胴にかじりついてベッドに倒したのを覚えている。そうすればまるで花が散って、シーツに残る彼女の存在がなくなるとでも言わんばかりに。新川は塩原が乗り気なのだと思って嬉しそうに笑った。
「離さないよ」
囁きながら抱き返して、こちらを下敷きにする。愛おしさの溢れる口付けを頬に受けている間に、塩原の視界には天井と恋人の顔が満たした。
「重たい?」
苦しげに息を吐くと、新川が気遣わしげに尋ねる。それはそうだ。体格差も体重差もある。
「うん」
でも、彼の体重を受け止めるとどきどきする。心地良い胸の高鳴りを覚える。自分を離さないと言う。船を留めるアンカーみたいな重さ。
「ぺっちゃんこにして」
離さないと言うなら、このままずっとあなたの下に置いていて欲しい。
彼女が選んだシーツを使い続けていたこと。そのシーツの上で自分を抱いたこと。その事が塩原の中でずっとくすぶっていた。青い小花模様、品の良いデザイン。心の中で、それを嫉妬の刃で裂いた。
何だか過去の人と同じように扱われている気がして嫌だった。今の恋人は自分なのだから。自分用の機嫌の取り方をして欲しかった。
そんなことを、声を大にして言ってしまうには、塩原は大人だった。だからその場では口に出さなかったけれど、同居が決まって家具などの買い足しや整理について話し合った際、内心でくすぶっていたことが新川に見抜かれた。彼は塩原の嫉妬を汲み取り、快く買い換えを承諾した。
新しいシーツは、まるでまだすれ違うこともある自分たちの関係を示唆するようにごわごわしていた。これから慣れるよ、と恋人は笑って言う。
「渚くん」
「はい?」
「僕のこと好き?」
「好き」
何でそんなこと聞くんだろう。あなたにまつわるものにこんなに心を乱しているのに。
「どれくらい好き?」
「これくらい」
子供じみた仕草、両手を目一杯広げて慕情を示す。その胸を、彼は嬉しそうに抱きしめた。
(ああ、修治さんも同じなんだ)
今の恋人にどれくらい愛されているか知りたいのは自分だけではなく。一緒にベッドに倒れ込んだ。
「重たい?」
あの時と同じ事を聞かれる。
「うん」
離さないと言うなら離れないで欲しい。
「ぺっちゃんこして」
その背中を強く抱きしめて、塩原は囁いた。
0
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新するかもです。
BLoveさまのコンテストに応募するお話に、視点を追加して、倍くらいの字数増量(笑)でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる