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HO4.ほら吹き男爵(5話)
5.献身の理由
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「友藤さんの手術日程が決まったらしい。早期に発見できたから、結晶は極めて小さいが、読影の精度が上がってね。これまでの被害者の経過から知見も得られているようだ」
それから数週間後。哲夫がメールを見て上機嫌で二人に声を掛けた。杏は心の底から安堵する。
「良かったぁ……」
あの時、友藤陽助に熱く語ってしまって、後から恥ずかしくなったが、あれは杏にとって偽りのない懺悔だった。言葉にしたことで、同じ苦しみを持つ人と分かち合えたことで、少しだけ、杏も救われた気がする。
だから、陽助に会えたら伝えたい。あの時、あなたに会えたから僕は少し救われたんです、と。
「神林さんのお手柄でしたね」
テータが言った。
「やはり……地球の人には地球の言葉が響くのかもしれません」
「そんなこと。今回は偶然で」
「私は怖がらせてしまいました」
「それを言ったら僕だって」
「二人が居合わせたから無事だったんだろー?」
哲夫が苦笑する。
「良いんだ、結果オーライだったから。俺は間に合わなくてすまなかったな」
哲夫は長いこと、佐藤美貴子とトラブルになり掛かっていた保護者たちと話していたらしい。彼女の言うことは問題であるが、だからと言って過剰に仲間はずれにするようなことは避けて欲しいと。
「別に飲みに誘えって言ってんじゃないですよ。飲みには誘わなくて良い。彼女の目の前で飲み会の話はしない程度のことです」
思えば、一年生の保護者の中でそんないじめじみたことが起こるのは、子供の教育にも良くない、ということで、
「まあお節介だけど助かることもあるしね」
「むかつく事の方が多いけどね」
と言いつつ哲夫の言うことは受け入れた。その最中にテータが彼に連絡を入れ、現場に駆けつけた。友藤陽助と名乗った男性は、哲夫の求めに応じて連絡先をこちらに告げると、促されて帰宅した。
「天啓」を受けてから四日程度。まだ結晶が育って身体の組織が作り替えられるのには余裕があるだろう。哲夫はすぐに陽助の代わりに病院の予約を取り、あれよあれよという間に陽助の手術が決まった、と言うわけだ。
「明日から入院だって」
「久しぶりですね。こんなに早い段階で見つけられたのは」
テータが言う。
「私の想定、少し外れていたみたいです。今は結果待ちだと思っていましたが……どうやら、地球が思ったよりも混乱していないのを見て、追加で洗脳電波を送っているみたいですね」
「恐らく、地球の状況を送ってるのがイオタなんだろうな……」
「でしょうね。彼はどこに潜伏しているのか。でも、構いません」
テータはどこか剣呑な顔で呟く。
「『救済』などふざけた名目で他星を弄ぶなら、潰し続けるのみです。絶対に、許すものか」
ベッドに入った友藤陽助はぼんやりと天井を見ながら、明日の入院について考えていた。入院の説明も、書類の記入も、ほとんど妻がやってくれた。宇宙からの洗脳電波のせいで身体に腫瘍が、と聞いた妻はその場で泣き崩れれたが、既に先例がいくつもあり、陽助の場合は軽症なのだと知ると安心したようだった。
僕が「天啓」を受けたことは、そんなに駄目なことだったんだろうか。
この「救いたい気持ち」は、どうやら宇宙からの洗脳電波によるものであるらしい。
本当にそうなのだろうか?
あの時、目の前で人がとんでもないことになって、何もできなかったと悔しがった気持ちも、嘘なのだろうか。
(はい。僕も、目の前で人がああなるところを見ました。僕は何もできなかった)
自分を慰めてくれた青年の言葉が思い起こされる。悲しみと悔しさに満ちた声。
僕の声も、あんな風に聞こえただろうか。
いや、聞こえてなかったから「天啓」のせいにされているのかな。
そこで、唐突に哲夫は五百蔵イオタのことを思い出した。もう自分は「天啓を果たす会」に加入することは叶わない。「救済者」友藤陽助は消えてしまうから。
最後に挨拶だけでもしよう。スマートフォンで、イオタのメールアドレスにメールを送る。
どこの病院に入院するかは言わなかった。もしかしたら、会の皆が助けに来てくれるのかもしれないが……だが、もう陽助は「救済」への意欲を失ってしまった。「救済しなくてはならない」という強迫観念じみた思いはある。でも、もう心が折れた。
こうやって死んだ人が何人もいる。自分もあんな風になって死ぬかもしれない。これは宇宙からの洗脳電波である。神林杏と言う青年は上位の「天啓」を受けている。
自分が単純に「人を救いたい」と思っているだけで済む話ではなかった。
メールには、「上位の救済者」に遭遇したこと、「天使」も一緒にいたこと、自分はもう「救済」することはできないこと、イオタたちと一緒に仕事ができなくて残念だ、と言う事を書いて送信した。
(会に入ってたらどうなったんだろうなぁ)
そんなことを考えて、彼は眠りに落ちていった。
五百蔵イオタを名乗っている「地球」の「人間」、ι0500は、メールボックスに来た新着メールに目を通すと、にんまりと笑みを浮かべた。友藤陽助からのメールである。
θ7354、そして「滅びの天啓」を受けた358星の人間。彼らが結託してこちらの計画を挫こうとしているのは間違いない。実際、358星の人間はθ7354の情報提供があることを差し引いてもよくやっている。
しかし、それもここまでだ。
ι0500は実のところ、脳天気に離れていく陽助を見送ったあと、こっそり彼を尾行していた。そして、θ7354と「滅びの救済者」が現れ、陽助が「滅びの天啓」に狼狽えるところまで見届けて、車に戻って立ち去った。本当は顛末を見届けておきたいところだったが、長居するとθ7354に気付かれる恐れがあったし、あの国成哲夫とか言ういけ好かない358星人がどこから合流してくるかわからないので、早々に離れたと言うわけである。
『良いだろうシータ。こんな下等な星の人間に肩入れするというなら、彼らの愚かしさを君に教えてやろう』
ι0500は、ひとり、母星語で呟きながら、陽助への返信メールの文面を作り始めた。
それから数週間後。哲夫がメールを見て上機嫌で二人に声を掛けた。杏は心の底から安堵する。
「良かったぁ……」
あの時、友藤陽助に熱く語ってしまって、後から恥ずかしくなったが、あれは杏にとって偽りのない懺悔だった。言葉にしたことで、同じ苦しみを持つ人と分かち合えたことで、少しだけ、杏も救われた気がする。
だから、陽助に会えたら伝えたい。あの時、あなたに会えたから僕は少し救われたんです、と。
「神林さんのお手柄でしたね」
テータが言った。
「やはり……地球の人には地球の言葉が響くのかもしれません」
「そんなこと。今回は偶然で」
「私は怖がらせてしまいました」
「それを言ったら僕だって」
「二人が居合わせたから無事だったんだろー?」
哲夫が苦笑する。
「良いんだ、結果オーライだったから。俺は間に合わなくてすまなかったな」
哲夫は長いこと、佐藤美貴子とトラブルになり掛かっていた保護者たちと話していたらしい。彼女の言うことは問題であるが、だからと言って過剰に仲間はずれにするようなことは避けて欲しいと。
「別に飲みに誘えって言ってんじゃないですよ。飲みには誘わなくて良い。彼女の目の前で飲み会の話はしない程度のことです」
思えば、一年生の保護者の中でそんないじめじみたことが起こるのは、子供の教育にも良くない、ということで、
「まあお節介だけど助かることもあるしね」
「むかつく事の方が多いけどね」
と言いつつ哲夫の言うことは受け入れた。その最中にテータが彼に連絡を入れ、現場に駆けつけた。友藤陽助と名乗った男性は、哲夫の求めに応じて連絡先をこちらに告げると、促されて帰宅した。
「天啓」を受けてから四日程度。まだ結晶が育って身体の組織が作り替えられるのには余裕があるだろう。哲夫はすぐに陽助の代わりに病院の予約を取り、あれよあれよという間に陽助の手術が決まった、と言うわけだ。
「明日から入院だって」
「久しぶりですね。こんなに早い段階で見つけられたのは」
テータが言う。
「私の想定、少し外れていたみたいです。今は結果待ちだと思っていましたが……どうやら、地球が思ったよりも混乱していないのを見て、追加で洗脳電波を送っているみたいですね」
「恐らく、地球の状況を送ってるのがイオタなんだろうな……」
「でしょうね。彼はどこに潜伏しているのか。でも、構いません」
テータはどこか剣呑な顔で呟く。
「『救済』などふざけた名目で他星を弄ぶなら、潰し続けるのみです。絶対に、許すものか」
ベッドに入った友藤陽助はぼんやりと天井を見ながら、明日の入院について考えていた。入院の説明も、書類の記入も、ほとんど妻がやってくれた。宇宙からの洗脳電波のせいで身体に腫瘍が、と聞いた妻はその場で泣き崩れれたが、既に先例がいくつもあり、陽助の場合は軽症なのだと知ると安心したようだった。
僕が「天啓」を受けたことは、そんなに駄目なことだったんだろうか。
この「救いたい気持ち」は、どうやら宇宙からの洗脳電波によるものであるらしい。
本当にそうなのだろうか?
あの時、目の前で人がとんでもないことになって、何もできなかったと悔しがった気持ちも、嘘なのだろうか。
(はい。僕も、目の前で人がああなるところを見ました。僕は何もできなかった)
自分を慰めてくれた青年の言葉が思い起こされる。悲しみと悔しさに満ちた声。
僕の声も、あんな風に聞こえただろうか。
いや、聞こえてなかったから「天啓」のせいにされているのかな。
そこで、唐突に哲夫は五百蔵イオタのことを思い出した。もう自分は「天啓を果たす会」に加入することは叶わない。「救済者」友藤陽助は消えてしまうから。
最後に挨拶だけでもしよう。スマートフォンで、イオタのメールアドレスにメールを送る。
どこの病院に入院するかは言わなかった。もしかしたら、会の皆が助けに来てくれるのかもしれないが……だが、もう陽助は「救済」への意欲を失ってしまった。「救済しなくてはならない」という強迫観念じみた思いはある。でも、もう心が折れた。
こうやって死んだ人が何人もいる。自分もあんな風になって死ぬかもしれない。これは宇宙からの洗脳電波である。神林杏と言う青年は上位の「天啓」を受けている。
自分が単純に「人を救いたい」と思っているだけで済む話ではなかった。
メールには、「上位の救済者」に遭遇したこと、「天使」も一緒にいたこと、自分はもう「救済」することはできないこと、イオタたちと一緒に仕事ができなくて残念だ、と言う事を書いて送信した。
(会に入ってたらどうなったんだろうなぁ)
そんなことを考えて、彼は眠りに落ちていった。
五百蔵イオタを名乗っている「地球」の「人間」、ι0500は、メールボックスに来た新着メールに目を通すと、にんまりと笑みを浮かべた。友藤陽助からのメールである。
θ7354、そして「滅びの天啓」を受けた358星の人間。彼らが結託してこちらの計画を挫こうとしているのは間違いない。実際、358星の人間はθ7354の情報提供があることを差し引いてもよくやっている。
しかし、それもここまでだ。
ι0500は実のところ、脳天気に離れていく陽助を見送ったあと、こっそり彼を尾行していた。そして、θ7354と「滅びの救済者」が現れ、陽助が「滅びの天啓」に狼狽えるところまで見届けて、車に戻って立ち去った。本当は顛末を見届けておきたいところだったが、長居するとθ7354に気付かれる恐れがあったし、あの国成哲夫とか言ういけ好かない358星人がどこから合流してくるかわからないので、早々に離れたと言うわけである。
『良いだろうシータ。こんな下等な星の人間に肩入れするというなら、彼らの愚かしさを君に教えてやろう』
ι0500は、ひとり、母星語で呟きながら、陽助への返信メールの文面を作り始めた。
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