ハンドアウト・メサイア 滅亡使命の救済者

三枝七星

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HO5.黄金林檎を投げ込んで(6話)

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 北畑成美きたばたなるみはアプリのメッセージに返信を入力していた。相手は最近交際を始めた男性であり、日夜親密さを証明するようなメッセージを送り合っている。

 そのトーク画面を遡ると、その男性には少し前まで、成美ではない女性の恋人がいたこと、その恋人がいたにも関わらず、成美のモーションに応じたこと、同時に二人の女性と交際するいわゆる「二股」だったことがわかるだろう。

 成美はこれを目的として、彼にコンタクトを取った。

 いつからかはわからない。多分、中学か高校くらいから。成美は「自分以外の女と交際している男性」にしか魅力を感じない。他人と付き合ってるから好きになっちゃう。そういうことを、ずっと繰り返していた。昔は交際がわかってからすぐ、でも、最近は、時間が経ってから、「別れてもおかしくない」時を狙うようになっていた。だって、恨まれてしまうから。

 そして、いざ手に入って、向こうの女性と彼の関係が解消されると、今度は成美の方が彼に興味がなくなってしまう。今はまだ、彼とのメッセージ交換を楽しく感じているが……これもその内面倒で、苦痛になるのだろう。

 でも、良いか、今は楽しいし。

 ……まだ。




 文部科学省宇宙対策室・東京多摩分室にて。

 友藤陽助ともふじようすけの事件から数日後のことだった。室長の国成哲夫くになりてつお、非常勤の異星人である浪越なみこしテータ、そして非常勤の地球人として務めている神林杏かんばやしきょうは、額をくっつけて一つのパソコンの画面を見ていた。動画配信サイトのライブ配信の画面だ。タイトルは、「厚生労働省記者会見」である。サムネイルには、「心身に影響を及ぼす寄生生物について」と書いてある。

 どこまで語られるかはわからないが、この三人は今、地球で何が起こっているかを知っている。

 この星は今、他の星に住む知的生命体から侵略を受けている。とはいえ突然武力による攻撃を受けた、とかそういうわけではない。異星人が、地球人に対して洗脳データを送りつけて来ており、それによって混乱がもたらされようとしている。そこに介入して支配をしようとしているらしく、今はその準備段階と言うわけだ。

 この洗脳データを受け取ってしまった地球人は「他者を救済しなくてはならない」と言う強い使命感に駆られ、相手の迷惑も顧みず過激な手段に走ってしまう。他から与えられたひらめきという意味で、これを「天啓」と呼称している。

 元々、迷惑行為の地球人を増やして混乱させようと言う魂胆だったようだが、この洗脳データ「天啓」には一つ、おそらくは黒幕も知らなかったであろう副作用があった。

 そのデータは人間の体内で結晶のような腫瘍を作り出す。そこから身体の組織……主に筋肉を、イソギンチャクの触手にも似た筒状の生体組織に作り替えてしまう。それはまるで意思を持つかのように、やがて宿主の身体を食い破ってしまう。大体は体表から出てくるが、悪くすると体内から出てくることもあり、これで失血死するパターンもある。

 画像診断で発見できれば、外科手術で摘出も可能だ。しかし、結晶ができていることは外見からはわからない。「そうかもしれない」とあたりを付けるには、やはり「救済にこだわるかどうか」しかきっかけがなく、国は各地に対策室分室を置いて情報提供を受け、職員が直接面会して受診にこぎ着ける、と言う様なことをしている。

 浪越テータはその星から来た宇宙人である。彼女は黒幕と折り合いが悪く、その計画を妨害するために単身、地球に乗り込み、地球人に協力している、と言うわけだ。

 どういう理屈かはわからないが、彼女は地球人の「外に向かう思考」つまり「常識」を読み取ることができるようで、そういう物を収集、整理して地球の「常識」に則っている。母星でもそうなのだろう。「常識は人によって違いますから」と言って、「間取ってこの辺」と言う様な調整もしており、今のところ仕事で困った行動を見せたことはない。

 神林杏は地球人ではあるが、単純に非常勤の求人に応募しました、と言う理由でここにいるわけではない。

 彼はその洗脳データ「天啓」を受けた一人だ。

 それも、単純に「他者を救済せよ」と言うふんわりしたものではなくて、「人類を滅ぼすことで救済せよ」と言う、具体的かつ殺伐とした内容の。

 杏は夢の中で天啓を受け、それを拒んだ。しかし、データ自体は杏の体内にあり、他の「天啓」を受けた被害者たちはこれを感じ取ることができるようだ。理屈はわからない。ただ、異星人であるテータには感じられないようで、まだ謎が多い。

 もし、杏の体内にも結晶が作られるのだとしたら、その経過を記録に残すことによって今後に活かせるかも知れない、と言うことで、彼は定期的に検査を受けているが、今のところ結晶生成の兆候は見られない。最初は、自分もいつあんな風に体内から食い殺されてしまうのだろうか、と怯えていた杏だったが、あまりにも何もないものだから、最近ではすっかり油断している。

「そういえば定期検診もうすぐだな」
「あ、そうでした忘れてました」

 と、哲夫から言われて思い出す始末だ。哲夫の方は杏に責任があるので覚えているのだろう。

 さて、今までそうやって内側から食い破られていた被害者たちはごく少数だった上に、たまたまさほど人目に付かないところで発症していたので、インターネット上でまことしやかに陰謀論と結びつけられて囁かれているだけだったのだが、先日、昼日中の商業施設で発症、救急車を呼ぶ大騒ぎに発展した。

 そのことで、国も秘密裏にすることができなくなり、今回一般に対して会見の形で説明をすることになったのである。もちろん、いつまでも秘密にできるとは誰も思っておらず、会見の準備自体はすぐに整った。

「やっぱりキャリアは違ぇや」

 とは、哲夫の弁である。

「国成さんはキャリアじゃないんですか?」

 テータが首を傾げた。

「俺が? 冗談じゃないよ。俺はそんな頭良くないって」
「そうですか? 私は国成さんとお仕事しやすくてとても仕事のできる人だと思っているのですが」
「浪越さん……!」

 大袈裟に感激ポーズを取る哲夫。

「僕も思ってますからね。国成さん。僕を忘れないでください」
「神林さんも……!」

 冗談めかしてはいるが、哲夫もまんざらではなさそうだ。

「おっと、始まるみたいだ」

 壇上に厚生労働大臣が上がる。
 会見が始まった。

 会見の内容自体は、当たり障りのないものであった。詳細は不明だが、人体に寄生しているらしいこと、症状が進行すると判断力が低下することなど。今までしないような行動があったらまずは医療機関を受診してほしい、過剰に心配する必要はないことなど。

「お定まりの文句だな」

 哲夫は面白くもなさそうに言うが、杏は、あの天啓と有機体がこんな風に説明されるんだ……と興味深く聞いていた。テータの方は、

「ちょっと苦しいごまかしではないでしょうか」

 などと言っている。感じることは三者三様らしい。

「そりゃ浪越さんは一番の当事者だからな。でも何も知らない地球人からしたら『そんなもんか』だよ。俺も伝聞だから『まあ言われてみればそういうもんか』って感じだ」

 哲夫が肩を竦める。それから真顔になり、

「さて、これからが大変だぞ。ここから潮目が変わってくる。通報は爆発的に増えるし、医療機関への受診の問い合わせも増えるだろう。忙しくなる」
「はい」

 杏は頷いた。医療機関には会見の前に既に対応については周知しているようだが、それでも不安になった人間に理屈が通じることの方が少ないので、しばらく対応には苦慮することだろう。

「幸い、ここの電話番号は公表されていないが、それでも宇宙対策室なんて看板を出してたら……」

 哲夫がそこまで言った時だった。
 インターフォンのチャイムが、事務所内に鳴り響いたのは。
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