ハンドアウト・メサイア 滅亡使命の救済者

三枝七星

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HO9.滅亡使命の救済者(7話)

1.羽田空港

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 羽田空港に、浪越テータの宇宙船は収容されていた。

 明らかに地球のデザインではない、小型の機体は、地球には存在しない素材も用いられている。面白いことに、一部の組成は地球のそれと似通っており、宇宙の不思議さを地球人たちに味わわせていた。

 さて、テータ本人はともかく、この宇宙船の存在は国家機密に相当する秘密だ。そうであるから、羽田空港のこのセクションには厳重な警備が敷かれている。

 神林杏かんばやしきょうが、一日中羽田空港を歩き回ってようやくそこに辿り着いた時、彼は自分の迂闊さを呪った。

(そりゃいるよな、警備員。『国のご厚意』だもんな)

 杏はテータの話を思い出す。自分がここで「宇宙船を見たい」と言っても、入れてはもらえないだろう。

 いや、テータの知り合いだと言えばどうだろうか。

 やってみよう。

 僕には「使命」があるのだから。

◆◆◆

 小西朝菜こにしあさなが受診した病院をあとにして、文部科学省宇宙対策室の国成哲夫くになりてつお浪越なみこしテータと別れてから、杏は羽田空港に向かった。

 「使命」が彼の中で急速に育っていた。それと同時に、彼の中で、今朝見た夢が蘇る。

 夢の中では、研究者らしき人物が、自分の研究を理解しないこの星の連中は愚かだと嘆いていた。彼はその星を「地球」と呼んでいたが、この星のことではないようだ。同じ名前の星らしい。

 そして、彼は杏に使命を与えた。
 「『地球』の人類を滅ぼせ」と。
 自分の生きている星じゃないなら。
 良いか、滅ぼしても。
 杏はその指令を呑んだ。

 起きた直後は忘れていたが、彼の中でずっと眠っていたそれは、杏と一緒に目を覚ましてから、急激に成長した。彼に知らず、「救済」と口走らせ、浪越テータを驚かせた。

 そこから先は、杏も自分の「使命」を思い出した。滅ぼさなきゃ。あの星を。そのためには、テータから聞いた宇宙船に乗って星間移動をしなくてはいけない。

 地球人の身体にそんな移動が耐えられるのか、適した装備があるのか、そういうことは一切考えず、杏はただ己の「使命」の為に行動した。

 今まで杏が、宇宙対策室多摩分室の職員として遭遇した、「使命」を帯びた救済者たち。彼らが、常識も何も顧みずに行動を起こした結果、不審に思われて「使命」が知られたのを、杏は目の当たりにしていた。だから、杏はうっかり「救済」とこぼしてしまってから、注意深く振る舞った。テータはそれに気付かず、宇宙船が羽田空港にあることまで喋ってくれた。

 ありがとう浪越さん。
 愚かな星を滅ぼして、楽にしてあげる。
 星が滅んでも、地球にいたら良いよ。僕たちと一緒にいよう。国成さんと一緒にいたいでしょ?
 叶えてあげるよ。

◆◆◆

 霞ヶ関の中央合同庁舎の中に、文部科学省はあった。国成哲夫くになりてつお浪越なみこしテータは宇宙対策室本部でそれぞれ大変なショックを受けた表情をしていた。哲夫は親が死んだ時よりも悲嘆に暮れているように見えたし、テータは一切の表情を作れなくなっていた。

 神林杏かんばやしきょうが突然消えてしまった。それも、直前に「救済」と言うワードを口走って。

 テータは無表情になっているのは、ショックで表情筋がこわばったわけではない。この、簡易なシスター服に似た格好の女性は、遠く離れた他の惑星に住む知的生命体、早い話宇宙人である。地球人と変わらないように見えるがこの姿は擬態で、末端に見える部分は全て作り物なのだ。本体は胴体の中にある。

 現在、文部科学省、総務省などの関連省庁が合同で立ち上げている「宇宙対策室」は、半年ほど前から地球にもたらされている謎の電波の影響による対応のために動いていた。

 その電波を受けてしまうと、「他者を救済しないといけない!」と言う強い確信に囚われてしまう。目を付けた相手の迷惑も顧みず、「救済」を果たすために暴力も辞さないと言う状態になってしまうのだ。
 そして、この電波は人体に結晶状の腫瘍を作り出し、侵食する。筋肉を異星人のそれに作り替えてしまい、場合によっては身体を突き破って宿主を殺してしまうのだ。

 一部例外はあり、完全にこの肉体改造に適応してしまう人間も最近確認されたが、それでもこの電波を受容してしまったら、早急に腫瘍を摘出する必要があるという判断は変わっていない。
 宇宙そらからもたらされた使命。そう言う意味で、当局はこの電波を「天啓」と呼称していた。

 神林杏は、唯一その「天啓」を受けても、行動に異変が見られなかった被害者の一人、の筈だった。
 彼は「地球人を滅ぼせ」と言う、他の被害者に比べて具体的かつ物騒な「使命」を、夢の中で拒否したのである。けれど、「天啓」の電波で送られた洗脳データ自体は彼の中に眠っているようで、他の被害者はそれを感じ取れたようだった。

 彼らは杏を見ると、口を揃えて言う。

「あなたは何の『使命』を受けているのですか」

 それもあって、杏はいわば「天啓発見器」として宇宙対策室多摩分室に雇われていたのである。経過観察と言う名の、監視の意味合いもあった。

 先日はその「天啓」を起動させようとする黒幕側からの働きかけもあった。

 それは失敗に終わった……筈だったのだが、先日、被害者の一人を病院に連れて行き、テータと共に関係者と話している中、杏は「救済」と言う言葉を口走ったのである。

 僕にも救済しないといけないものがある、と。

 後にテータが問い質したところ、「自分でもよくわからない」と彼は困惑している様子だった。他の被害者の様に、今すぐ行動を起こさないといけない、と言う強迫観念の様なものもない、と話していた。

 あの後に、「天啓」が本格的に起動してしまったのだろうか。

 テータが責任感に苛まれているのを、哲夫は感じていた。

 浪越テータは宇宙人である。それも、この「天啓」をもたらした黒幕の部下だったのだという。それを邪魔するために、単身地球に乗り込んできた。「天啓」に端を発した数多の事件解決に協力した。時に自分の身を危険に晒して。

 黒幕を慕う、同じ星の宇宙人、五百蔵いおろいイオタが杏をさらった時も、彼女は怒りに震えて敵陣に乗り込んでいったのだ。

 彼女は個人的にも、同じ分室で働く哲夫と杏に親しみを感じているようにも見えた。哲夫も同じだった。自分たちは同じ分室の仲間たちだった。くだらない話にも花を咲かせて、同じ事件を追って、頭を悩ませて。

 ここで、改めて、「当局の人間」「協力する異星人」そして、「監視対象でもある『天啓』持ち」と言う立場が浮き彫りになってしまったのだ。

「私が、あの時もっと上手く聞き出しておけば……」

 テータは呻くように言う。今まで大丈夫だったから、大丈夫だろう。そんなすぐには、と思ってしまった。大丈夫じゃなくなることを見越して杏を分室に入れていたのに。

 この聡明なテータにも、正常性バイアスが掛かってしまったことを、哲夫は責められない。何より、杏がこちらを欺くなんて二人には考えられなかった。

 杏は自分たちに「天啓」が目覚めたことを黙っていた、と哲夫は考えている。

 病院からの帰り、その最寄り駅で別れた時、杏は哲夫の「また明日」と言う別れの挨拶をはぐらかした。

 明日、もう会わない、会う気はなかったから。

 そこで嘘を吐かなかったから、欺いたとも言いがたいかもしれないが、少なくとも「天啓」が起動してしまったこと自体は黙っていたのだから。恐らく、あの時はもう「天啓」に支配されていて、自分の意思で姿をくらました、と見て間違いないだろう。

 でも、彼を責めることはできない。「天啓」による使命感を帯びた人間に、常識的な行動など期待できないのだから。哲夫は我ながら冷たいとも思ったが、杏への意識を「ターゲット」に切り替えた。テータと自分では立場が違う。

「行き先に心当たりは?」
「わかりません」

 本部長の平塚ひらつかに問われて、二人は首を横に振る。哲夫は少し考え、

「しかし、『地球を滅ぼす』と言う使命です。すぐに思いつくのは軍事施設。自衛隊基地や米軍基地……あとは原発」

 いずれも、簡単に入れる場所ではない。支離滅裂なことを言う一般人がやってきたら、すぐに捕まってしまう筈だ。

「防衛省に連絡を」
「はい」

 平塚は近くにいた部下に指示を出すと、二人に向き直った。

「君たちは、今まで彼が接触した『天啓』を受けた被害者たちに連絡を取れ。神林から連絡が行ってないか聞いてみるんだ」
「わかりました」
「浪越」
「はい」

 呼ばれて、テータは顔を上げた。

「失礼を承知で聞くんだが、君の上司である黒幕は、地球人はどうやって自分の星を滅ぼすと思っているか見当は付くか?」
「わかりません」

 テータも少し困惑しているようだった。

「彼が何を思って、滅びの天啓なんてものを地球に送ったのか……最初はとんでもないことを、と思っていたんですけど、言われてみれば、私たちだって地球に来て最初の頃はどんな設備があるかもよくわかりませんでした」

 だから、テータの母星で地球滅亡計画なんて立てられる筈がないのだ。

「何か思いついたらすぐに知らせてくれ」
「わかりました」

 テータは唇を引き結んで、頷いた。
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