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HO9.滅亡使命の救済者(7話)
2.関係者たち
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羽田空港で、神林杏は警備員に話しかけていた。数人いて、一人はパソコンを叩きながらちらりとこちらを見ている。杏は一番手前に立っている男性に声を掛けた。
「あの……浪越テータさんの宇宙船ってここにあるんですよね?」
「あなたは?」
案の定、怪訝そうな視線を向けられる。
「僕は、文部科学省宇宙対策室多摩分室の神林と申します」
杏は内ポケットに入れていた名刺入れから、一枚取り出して相手に渡す。
「実は今、こちらで調べている異星の情報で、浪越さんの宇宙船に重要な情報があることがわかりまして。それで僕がお使いで取りに来たんです」
「そうでしたか。確認しますので少々お待ちください」
「確認?」
「ええ。神林さんがいらっしゃると、引き継ぎを受けていませんので、念のため」
「え? 名刺じゃだめなんですか?」
心から驚いて、杏はそう尋ねた。彼が「天啓」に囚われていなければ、国家機密に等しいテータの宇宙船に触るのに、事前の連絡をしていない筈はない。だが、彼はもうそんなことも考えられないほどに「天啓」の思い込みに支配されていた。
「ん? 連絡されてないんですか?」
「ええ、緊急だったので」
「んー、それはちょっと困るな……」
「ええと、僕も困ってるんです。早く持って帰らないと、人が死んでしまうかも……」
人死にが出る、と聞いて、警備員は一瞬怯んだようだった。
「少々お待ちください」
「あ、今電話してます」
パソコンを触っている警備員がこちらに声を掛けた。
「ああ、ありがとう」
「電話?」
杏は困惑する。
「どこに?」
「どこって、文部科学省ですけど」
電話している警備員は目をぱちくりさせた。
「あ、お世話になっております。警視庁警備部の八坂と申します」
警備員だと思っていたが、どうやら警察官だったらしい。
「今そちらの宇宙対策室の神林さんが……え? はい。神林杏さんです」
電話の向こうで、誰かが叫んだのが杏にも聞こえた。八坂は弾かれた様に顔を上げ、
「新島さん、確保!」
立っていた警備員、新島の顔つきが鋭くなった。杏は反射的に踵を返して、脱兎のごとく走り出す。今捕まるわけには行かない。
後ろから革靴の足音が追ってくる。杏は全速力で走った。鍛えている警察官から逃げ切るなんて、そんな無茶な。でも、逃げないと「使命」どころではない。
だが、杏は自分の周りの景色がぐんぐんと後ろに流れているのを感じた。足が速くなっている? 火事場の馬鹿力だろうか?
(いや、もしかしたら、僕も朝菜くんみたいに適応して力が強まっているのかも)
一般の旅行客が行き交うエリアに出て、人混みに紛れる。男子トイレの個室に飛び込むと、息を整えて時間が経つのを待った。
(文部科学省、僕を探してるんだ)
無断欠勤しているので不思議ではないが、やはりテータだろう。「救済」とうっかり口に出してしまったのが悔やまれるが、まだあの時は「使命」に対して自覚がなかった。こんなに重要なことに、どうして気付けなかったのかと自分の愚かさに腹が立つ。
テータの宇宙船は難しい……となると、後は……。
愚かなる「地球人」、五百蔵イオタの宇宙船を探し出すしかない。
◆◆◆
神林杏がいなくなった、と騒ぎになってから、彼が空港警備の警察官に声を掛けるまでの間には半日ほどの時間が経過している。
その間に、哲夫たちは何をしていたのかと言うと、まず一つは、彼の実家への連絡だ。杏は、自分が厚生労働省の非常勤になったこと自体は親に伝えていたようだが、その経緯、つまり、自分に謎の「天啓」と言う洗脳電波がもたらされたことは話していなかったらしい。
『杏がお世話になっております』
と、緊急連絡先に書かれていた番号の主である母親は、哲夫に挨拶した。どこまで話すべきか悩んだが、体調不良の様子で退勤した後、欠勤して連絡が付かない、ご実家に連絡は来ていないか、と言う趣旨の質問をすると、母親はひどく驚いていた。どうやら、実家には連絡していないようだ。
「もし杏さんから連絡があれば自分に一報頂けませんでしょうか。国成が心配していると」
『ご迷惑をおかけして申し訳ありません』
「いや、体調不良はご本人のせいではないので」
一見自分の意思で動いているように見える「天啓」だが、実質洗脳なので杏に非はないのも事実だ。
次に、テータの提案で、今まで杏が関わってきた「天啓」の被害者たちを当たることになった。しかし、杏が個人的に彼ら、彼女らと連絡を取ったと言う話は聞いていない。だが、自分たちの知らないところで連絡先の交換をしている可能性はあるので、念のため全員に当たる。
まずは江藤和也だ。杏が職員として初めて関わった被害者で、事情聴取がてら見舞いにも行っている。その時に、杏と友好的に話をしていたので、何か知っているかもしれない。
『いや、俺の所には何も』
しかし、結果は空振りだった。
『神林さん、いなくなっちゃったんですか? もしかして、地球を滅ぼすために?』
「その可能性があるとして、今全力で捜索しているところです」
『俺に手伝えることはありますか』
「もし彼から連絡があったら、教えてください」
『わかりました。すぐに連絡します。念のため、国成さんの職場の連絡先も』
しっかりしてるな、と哲夫は舌を巻きながら、本部の番号も伝える。
次、椎木香菜美。コミッションサイトで贔屓にしているクリエイターと意思疎通が取れずに暴走した人物だ。
「電話に出ないな……」
あんなことがあったので、通信機器との付き合い方について見直しているのかもしれない。
三人目、友藤陽助。何を隠そう彼が五百蔵イオタと接触することで、杏の誘拐事件が発生したのだが、彼自身は杏が寄り添うことでだいぶ精神的に楽になった様子が見えた。何か知らないだろうか。
『神林くんが?』
陽助はかなり驚いた様子だった。
「ええ。友藤さんにご連絡は行ってませんか」
『いえ、何も。そりゃ頼ってくれたら嬉しいけど……でも僕ももう「天啓」なんてないしなぁ。彼、全然そんな様子じゃなかったけど』
「自分たちもそう思っていたんですが……」
『何かあったらすぐ連絡しますよ』
『お願いします』
この四人目に、哲夫は少し期待していた。満岡飛鳥。彼女も、杏の寄り添う姿勢に救われ、実際に感謝さえしていた。杏も飛鳥にはかなり踏み込んだことを言っていたので、もしかしたら、と思ったが……やはり彼女のところにも連絡は行っていないようだった。
『そんな。神林さんも「天啓」が?』
飛鳥はかなり狼狽えた様だった。あんな風に自分に声を掛けてくれた人が、「天啓」に振り回されることになるなんて……とかなりショックを受けている。
「彼はあなたにかなり肩入れしていました。連絡を取るならあなたではないかと」
『そうだったら嬉しいですけど……』
「天啓」がなくても頼られると嬉しくなるのが人間だなぁ……と哲夫は先ほどの陽助の反応を思い返して考えた。とはいえ、杏は二人に寄り添った対応を見せた訳だし、お返しに助けたい、と思うのも不思議ではない。
「もし彼から連絡があれば、こちらにご一報いただければ」
『もちろんです。神林さんも説得してみます』
「『天啓』に支配されて通じるかどうか」
『通じますよ。だって、私も神林さんに説得されたし』
「そうでしたね」
飛鳥の前向きさに少し救われながら、哲夫は通話を終えた。
吉益奈津子、木戸豊。五百蔵イオタに集められた「天啓を果たす会」のメンバー。杏の内に眠る「天啓」を起動させるために、彼を誘拐する目的で結成された。イオタに逃げられて、全員が治療と捜査の対象となっている。
吉益は手術を終えていたが、木戸の方は手術日程が決まったばかりだ。
『まあ、神林さんが? 大変……もしかして、私たちがイオタに協力したせいなんじゃ……』
そうかも、とも言えないので、哲夫ははぐらかし、
「あなたは神林さんと結構関わってたと思うんですが、彼から連絡は?」
『私の連絡先なんか知らないんじゃないかしらねぇ』
「うちで控えてますよ」
『それをわざわざ見るかしら? ううん、でも「天啓」がある間は割となんでもやってたから、見るかもね』
「もし連絡があれば、お電話ください」
『わかりました。すみませんね、お力になれずに』
「とんでもない。そちらに連絡がないと言うのも情報なので」
木戸に伝えたら、また暴れてしまうのではないか……と思って哲夫は少し、彼への連絡を躊躇った。しかし、背に腹は代えられない。思い切って電話してみる。
『神林くんが? あの恐ろしい「使命」を果たす? それは良くないな。「救って」あげなくては』
「救ってあげるためにお願いです。あなたに連絡したことは誰にも言っていない。自分を救おうとしてくれたあなたのところに、神林さんが助けを求めるかも。そうしたら、こちらに連絡してくれませんか?」
『それが彼を「救う」ことになる?』
「あんな恐ろしいこと、させたらいけない。そう思いませんか?」
『うん。間違いないね。連絡します』
言いくるめに成功した。
最後の一人。それは前日にあったばかりの小西朝菜。正確に言えばその母親の夕花だ。
『えっ……?』
話を聞いて、夕花は電話の向こうで絶句していた。
『そんな、あの時は普通……いえ、『救済』と言っていたような? もしかして、あの時神林さんにも症状が出ていたんですか?』
「その可能性はあります。お宅にお邪魔していたりは」
『いいえ……今日は朝菜も学校を休ませて、私も主人も仕事を休んでるんですけど、誰も来てないはずです』
『ママー? 杏くんどうしたの?』
向こうから朝菜の声が聞こえる。
『何でもないよ。寝てなさい』
『だって元気なんだもーん』
朝菜は相変わらずのようだ。
『とにかく、神林さんから連絡があったら、国成さんに報せれば良いですか?』
「話が早い。お願いできますか。朝菜さんの方に連絡が行く可能性もある」
『わかりました。朝菜のスマホも気をつけておきます』
杏が関わった人々への連絡を終えると、哲夫は途方に暮れた。
「神林さん……どこにいるんだ……」
◆◆◆
小西朝菜は、神林杏が失踪したことに気付いていた。
杏に症状が出ていた、今日は全員家にいるけど誰も来てない。母はそう言っていた。
これはきっと、杏くんがグレートコスモスとしての使命に目覚めてテータたちの前から姿を消したんだ!
少ない根拠から見出した、完全に牽強附会の確信だったが、そもそも起こっている事態が魔法少女アニメ並に現実離れしているので、その思い込みの推測が当たってしまっているのである。
グレートコスモス。敵側の、強力な存在であるが、魔法少女が救済するべき相手でもある。
(杏くん、私が絶対に助けるから!)
朝菜は、誕生日に買って貰った魔法少女のコスチューム一式を取り出した。
パパは部屋でお仕事。ママがトイレに行った時が抜け出すチャンスだ。
少女は衣装を抱え込んでベッドに潜り込んだ。
「あの……浪越テータさんの宇宙船ってここにあるんですよね?」
「あなたは?」
案の定、怪訝そうな視線を向けられる。
「僕は、文部科学省宇宙対策室多摩分室の神林と申します」
杏は内ポケットに入れていた名刺入れから、一枚取り出して相手に渡す。
「実は今、こちらで調べている異星の情報で、浪越さんの宇宙船に重要な情報があることがわかりまして。それで僕がお使いで取りに来たんです」
「そうでしたか。確認しますので少々お待ちください」
「確認?」
「ええ。神林さんがいらっしゃると、引き継ぎを受けていませんので、念のため」
「え? 名刺じゃだめなんですか?」
心から驚いて、杏はそう尋ねた。彼が「天啓」に囚われていなければ、国家機密に等しいテータの宇宙船に触るのに、事前の連絡をしていない筈はない。だが、彼はもうそんなことも考えられないほどに「天啓」の思い込みに支配されていた。
「ん? 連絡されてないんですか?」
「ええ、緊急だったので」
「んー、それはちょっと困るな……」
「ええと、僕も困ってるんです。早く持って帰らないと、人が死んでしまうかも……」
人死にが出る、と聞いて、警備員は一瞬怯んだようだった。
「少々お待ちください」
「あ、今電話してます」
パソコンを触っている警備員がこちらに声を掛けた。
「ああ、ありがとう」
「電話?」
杏は困惑する。
「どこに?」
「どこって、文部科学省ですけど」
電話している警備員は目をぱちくりさせた。
「あ、お世話になっております。警視庁警備部の八坂と申します」
警備員だと思っていたが、どうやら警察官だったらしい。
「今そちらの宇宙対策室の神林さんが……え? はい。神林杏さんです」
電話の向こうで、誰かが叫んだのが杏にも聞こえた。八坂は弾かれた様に顔を上げ、
「新島さん、確保!」
立っていた警備員、新島の顔つきが鋭くなった。杏は反射的に踵を返して、脱兎のごとく走り出す。今捕まるわけには行かない。
後ろから革靴の足音が追ってくる。杏は全速力で走った。鍛えている警察官から逃げ切るなんて、そんな無茶な。でも、逃げないと「使命」どころではない。
だが、杏は自分の周りの景色がぐんぐんと後ろに流れているのを感じた。足が速くなっている? 火事場の馬鹿力だろうか?
(いや、もしかしたら、僕も朝菜くんみたいに適応して力が強まっているのかも)
一般の旅行客が行き交うエリアに出て、人混みに紛れる。男子トイレの個室に飛び込むと、息を整えて時間が経つのを待った。
(文部科学省、僕を探してるんだ)
無断欠勤しているので不思議ではないが、やはりテータだろう。「救済」とうっかり口に出してしまったのが悔やまれるが、まだあの時は「使命」に対して自覚がなかった。こんなに重要なことに、どうして気付けなかったのかと自分の愚かさに腹が立つ。
テータの宇宙船は難しい……となると、後は……。
愚かなる「地球人」、五百蔵イオタの宇宙船を探し出すしかない。
◆◆◆
神林杏がいなくなった、と騒ぎになってから、彼が空港警備の警察官に声を掛けるまでの間には半日ほどの時間が経過している。
その間に、哲夫たちは何をしていたのかと言うと、まず一つは、彼の実家への連絡だ。杏は、自分が厚生労働省の非常勤になったこと自体は親に伝えていたようだが、その経緯、つまり、自分に謎の「天啓」と言う洗脳電波がもたらされたことは話していなかったらしい。
『杏がお世話になっております』
と、緊急連絡先に書かれていた番号の主である母親は、哲夫に挨拶した。どこまで話すべきか悩んだが、体調不良の様子で退勤した後、欠勤して連絡が付かない、ご実家に連絡は来ていないか、と言う趣旨の質問をすると、母親はひどく驚いていた。どうやら、実家には連絡していないようだ。
「もし杏さんから連絡があれば自分に一報頂けませんでしょうか。国成が心配していると」
『ご迷惑をおかけして申し訳ありません』
「いや、体調不良はご本人のせいではないので」
一見自分の意思で動いているように見える「天啓」だが、実質洗脳なので杏に非はないのも事実だ。
次に、テータの提案で、今まで杏が関わってきた「天啓」の被害者たちを当たることになった。しかし、杏が個人的に彼ら、彼女らと連絡を取ったと言う話は聞いていない。だが、自分たちの知らないところで連絡先の交換をしている可能性はあるので、念のため全員に当たる。
まずは江藤和也だ。杏が職員として初めて関わった被害者で、事情聴取がてら見舞いにも行っている。その時に、杏と友好的に話をしていたので、何か知っているかもしれない。
『いや、俺の所には何も』
しかし、結果は空振りだった。
『神林さん、いなくなっちゃったんですか? もしかして、地球を滅ぼすために?』
「その可能性があるとして、今全力で捜索しているところです」
『俺に手伝えることはありますか』
「もし彼から連絡があったら、教えてください」
『わかりました。すぐに連絡します。念のため、国成さんの職場の連絡先も』
しっかりしてるな、と哲夫は舌を巻きながら、本部の番号も伝える。
次、椎木香菜美。コミッションサイトで贔屓にしているクリエイターと意思疎通が取れずに暴走した人物だ。
「電話に出ないな……」
あんなことがあったので、通信機器との付き合い方について見直しているのかもしれない。
三人目、友藤陽助。何を隠そう彼が五百蔵イオタと接触することで、杏の誘拐事件が発生したのだが、彼自身は杏が寄り添うことでだいぶ精神的に楽になった様子が見えた。何か知らないだろうか。
『神林くんが?』
陽助はかなり驚いた様子だった。
「ええ。友藤さんにご連絡は行ってませんか」
『いえ、何も。そりゃ頼ってくれたら嬉しいけど……でも僕ももう「天啓」なんてないしなぁ。彼、全然そんな様子じゃなかったけど』
「自分たちもそう思っていたんですが……」
『何かあったらすぐ連絡しますよ』
『お願いします』
この四人目に、哲夫は少し期待していた。満岡飛鳥。彼女も、杏の寄り添う姿勢に救われ、実際に感謝さえしていた。杏も飛鳥にはかなり踏み込んだことを言っていたので、もしかしたら、と思ったが……やはり彼女のところにも連絡は行っていないようだった。
『そんな。神林さんも「天啓」が?』
飛鳥はかなり狼狽えた様だった。あんな風に自分に声を掛けてくれた人が、「天啓」に振り回されることになるなんて……とかなりショックを受けている。
「彼はあなたにかなり肩入れしていました。連絡を取るならあなたではないかと」
『そうだったら嬉しいですけど……』
「天啓」がなくても頼られると嬉しくなるのが人間だなぁ……と哲夫は先ほどの陽助の反応を思い返して考えた。とはいえ、杏は二人に寄り添った対応を見せた訳だし、お返しに助けたい、と思うのも不思議ではない。
「もし彼から連絡があれば、こちらにご一報いただければ」
『もちろんです。神林さんも説得してみます』
「『天啓』に支配されて通じるかどうか」
『通じますよ。だって、私も神林さんに説得されたし』
「そうでしたね」
飛鳥の前向きさに少し救われながら、哲夫は通話を終えた。
吉益奈津子、木戸豊。五百蔵イオタに集められた「天啓を果たす会」のメンバー。杏の内に眠る「天啓」を起動させるために、彼を誘拐する目的で結成された。イオタに逃げられて、全員が治療と捜査の対象となっている。
吉益は手術を終えていたが、木戸の方は手術日程が決まったばかりだ。
『まあ、神林さんが? 大変……もしかして、私たちがイオタに協力したせいなんじゃ……』
そうかも、とも言えないので、哲夫ははぐらかし、
「あなたは神林さんと結構関わってたと思うんですが、彼から連絡は?」
『私の連絡先なんか知らないんじゃないかしらねぇ』
「うちで控えてますよ」
『それをわざわざ見るかしら? ううん、でも「天啓」がある間は割となんでもやってたから、見るかもね』
「もし連絡があれば、お電話ください」
『わかりました。すみませんね、お力になれずに』
「とんでもない。そちらに連絡がないと言うのも情報なので」
木戸に伝えたら、また暴れてしまうのではないか……と思って哲夫は少し、彼への連絡を躊躇った。しかし、背に腹は代えられない。思い切って電話してみる。
『神林くんが? あの恐ろしい「使命」を果たす? それは良くないな。「救って」あげなくては』
「救ってあげるためにお願いです。あなたに連絡したことは誰にも言っていない。自分を救おうとしてくれたあなたのところに、神林さんが助けを求めるかも。そうしたら、こちらに連絡してくれませんか?」
『それが彼を「救う」ことになる?』
「あんな恐ろしいこと、させたらいけない。そう思いませんか?」
『うん。間違いないね。連絡します』
言いくるめに成功した。
最後の一人。それは前日にあったばかりの小西朝菜。正確に言えばその母親の夕花だ。
『えっ……?』
話を聞いて、夕花は電話の向こうで絶句していた。
『そんな、あの時は普通……いえ、『救済』と言っていたような? もしかして、あの時神林さんにも症状が出ていたんですか?』
「その可能性はあります。お宅にお邪魔していたりは」
『いいえ……今日は朝菜も学校を休ませて、私も主人も仕事を休んでるんですけど、誰も来てないはずです』
『ママー? 杏くんどうしたの?』
向こうから朝菜の声が聞こえる。
『何でもないよ。寝てなさい』
『だって元気なんだもーん』
朝菜は相変わらずのようだ。
『とにかく、神林さんから連絡があったら、国成さんに報せれば良いですか?』
「話が早い。お願いできますか。朝菜さんの方に連絡が行く可能性もある」
『わかりました。朝菜のスマホも気をつけておきます』
杏が関わった人々への連絡を終えると、哲夫は途方に暮れた。
「神林さん……どこにいるんだ……」
◆◆◆
小西朝菜は、神林杏が失踪したことに気付いていた。
杏に症状が出ていた、今日は全員家にいるけど誰も来てない。母はそう言っていた。
これはきっと、杏くんがグレートコスモスとしての使命に目覚めてテータたちの前から姿を消したんだ!
少ない根拠から見出した、完全に牽強附会の確信だったが、そもそも起こっている事態が魔法少女アニメ並に現実離れしているので、その思い込みの推測が当たってしまっているのである。
グレートコスモス。敵側の、強力な存在であるが、魔法少女が救済するべき相手でもある。
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