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17 街を活性化するぞ 1
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「ジャミールさん、ユウキです」
翌日、朝食後、僕はジャミールさんの部屋を訪ねた。
「ああ、どうぞ、入りたまえ」
疲れたような返事が帰ってきた。
僕はドアを開いて部屋の中に入った。相変わらず簡素で、書類だけが目立つ部屋だ。机を前に座ったジャミールさんは、ぼさぼさの頭を掻きながら僕の方を見た。
「ああ、そこの椅子の上の書類はそこら辺に置いといてくれればいいよ。どうぞ、座ってくれ。で、今日はどんな用だね?」
「はい、まずは、これをどうぞ」
僕は上着のポケットからポーションを二本取り出して、彼に差し出した。
「おお、ありがたい、助かるよ」
ジャミールさんは飛びつくようにそれを受け取ると、さっそく一本開けて飲み始めた。
「はああ……生き返る…体中の組織が活性化するようだ……ふう……」
ジャミールさんはすっきりした顔で立ち上がった。そして、窓を開け、新鮮な空気を思いきり吸い込んで深呼吸をした。
「よし、さあ、言ってくれ、少々面倒なことでも相談に乗るよ」
「あはは……そんな身構えないでください。少しお聞きしたいことがあったんです」
「うん、どんなことかね?」
僕は昨夜、一生懸命、中学の授業を思い出しながら考えたことを話し始めた。
「えっと、この僕の服やジャミールさんの服もそうですが、たいてい綿の布でできていますよね。ということは、どこかで綿花が栽培され、それを糸にする人、色を染める人、布を織る人がいるんですよね?」
「ふむ、まあ、そうだな」
ジャミールさんは、何を当然のことを聞くのか、と言った顔で頷いた。
「それをこの街で、できませんか?」
「ああ、なるほど…そういうことか……」
ジャミールさんは一度上を向いてから、小さく頷いてこう続けた。
「君は、繊維業によってこの街を豊かにできないか、と考えたわけだね?」
「はい」
僕は強く頷いた。僕の頭には、社会科で習った明治時代の日本の近代化のことがあった。確か、まず富岡に製糸工場を作ったんだよな。
「ふむ、とても良い考えだ。だが、大きな問題が二つある……」
ジャミールさんは、先生のように左手を腰の後ろに当て、右手の人さし指を立てながら続けた。
「まず一つ目の問題は、すべての工程を準備するには莫大な資金が必要だということだ。だから、どこの国でも、繊維業は国の直営になっている。二つ目は、一つ目の問題と関係しているが、国の直営ということは、他の領地で勝手に綿花を栽培することができないんだ……」
「シルクも同じですか?」
「シルク?」
ジャミールさんは不意を突かれたような表情で、あごに手をやった。
「いや、あれは国営というわけではないが、なにしろ危険な魔物の巣から探索者が命がけで採ってくるものしかないからね。大商人の専売品と言ってもいいくらいだ」
「では、勝手に製品化しても罪にはならないんですね?」
「あ、ああ、罪にはならないが……まさか、ユウキ、君は……」
「ああ、いいえ、まだ何も具体的な計画を持っているわけじゃありません。いろいろと可能性を探っているんです。ありがとうございました。また、分からないことがあったら聞きに来ます」
僕は立ち上がって、頭を下げながらそう言った。
「あ、ああ、いつでも歓迎するよ。お菓子は出せないけどね」
ジャミールさんはそう言って笑いながら、僕の肩に手を置いた。
「この街のこと、そしてクレア様のことを考えてくれるのはとてもうれしい。だが、くれぐれも無茶はしないようにな」
「はい、分かりました」
僕はもう一度頭を下げると、部屋を出ていった。
僕のことを心配してくれる人がいることに慣れていなかったので、思わず泣きそうになっていた。
♢♢♢
いったん部屋に戻った僕は、出かける準備をしてから部屋を出た。
「アイラさん、ちょっと出かけてきます。街に何か用事はありますか?」
階段の掃除をしていたアイラさんに声を掛ける。
「はい、分かりました。街には…特に用事はありません」
「そうですか…じゃあ、何かおいしそうな果物でも買ってきますね」
僕はそう言って小さく頭を下げてから、屋敷の外へ駆け出していった。
明日は、クレアさんの護衛任務があるので、今日の内にできることはやっておかねば……。
街に出た僕は、まず洋服屋に向かった。護衛任務の時、どこにどんな店があるのかは確認済みだ。洋服屋といっても、この街にあるのは、古着屋が一店と補正兼仕立て屋が一店あるだけだ。僕が向かったのは、もちろん古着屋だ。
探索者協会に出入りするのに、やはり兵士の服はどうも居心地が悪い。だから、探索用の普段着を買うつもりだ。
「いらっしゃい、どんなものをお求めです?」
古着屋に入ると、中年の太ったおかみさんが出てきて、愛想よく尋ねた。
「ええっと、丈夫なシャツとズボン、下着も何枚か欲しいです」
「はいはい、そうねえ、あなたのサイズだとこの辺りかしら……」
おかみさんはそう言って、棚から数枚のシャツとズボンを取り出して見せてくれた。
僕はその中から、ベージュの木綿のシャツと濃い茶色の木綿のズボン、そして替え用の下着を二着買った。合わせて二千二百グランだった。
「あの、ここで着替えてもいいですか?」
「ああ、いいよ。そこのカーテンの向こうを使っておくれ」
僕は礼を言って、荷物を手にカーテンの奥に入った。そこには、木箱や古着などが雑然と積まれていた。
買ったシャツとズボンに着替えて、兵士の制服はたたんでリュックに入れる。シャツの上から、支給品のレザーアーマーを着け、革のベルトをズボンに通す。もう少しお金を稼いだら、ブーツもサイズがぴったりのやつを買うつもりだ。
「ありがとうございました」
「あいよ、またのお越しを」
僕は店を出ると、その足で探索者協会へ向かった。
協会のロビーは賑わっていた。街に活気はないが、辺境のこの辺りは、探索者にとっては、探索し甲斐がある地域なのだろう。二つある受付はどちらも列ができている。が、買い取り専用のところには誰も並んでいない。まあ、そりゃそうか。ここが忙しくなるのは夕方だからな。
僕は、その買い取り専用の受付に向かった。
「おはようございます。ちょっと聞きたいことがあるんですが、いいですか?」
「あら、あなたは昨日の……ええっと、本当は買い取り以外は向こうの受付の仕事なんだけど、いいわ、何?」
昨日魔石を買い取ってくれた受付の女性が、普段遣いの言葉で尋ねた。
「ええっと、芋虫、キャタピラーだったかな、つまり魔物の蛾の幼虫が出る場所ってありますか?」
「キャタピラー? ええ、あるわよ。たいてい、どこの森の奥にも生息しているけど、特に多いのは、Aランクの西の大森林の奥ね。でも、一人で行くのは無理よ。必ず三人以上のパーティじゃなければ危険だわ」
「分かりました、ありがとう。どこかのパーティに頼んでみます」
「それがいいわ。気をつけてね」
僕は小さく頭を下げて、ロビーの奥の地図が張ってある場所へ向かった。何人もの探索者がやはり地図を見ていた。
(ええっと、西の森、西の森は……あ、あった。ああ、この前少し探索した森か)
僕は、西の大森林の位置を確認すると、さっそく協会を後にしてそこへ向かったのだった。
翌日、朝食後、僕はジャミールさんの部屋を訪ねた。
「ああ、どうぞ、入りたまえ」
疲れたような返事が帰ってきた。
僕はドアを開いて部屋の中に入った。相変わらず簡素で、書類だけが目立つ部屋だ。机を前に座ったジャミールさんは、ぼさぼさの頭を掻きながら僕の方を見た。
「ああ、そこの椅子の上の書類はそこら辺に置いといてくれればいいよ。どうぞ、座ってくれ。で、今日はどんな用だね?」
「はい、まずは、これをどうぞ」
僕は上着のポケットからポーションを二本取り出して、彼に差し出した。
「おお、ありがたい、助かるよ」
ジャミールさんは飛びつくようにそれを受け取ると、さっそく一本開けて飲み始めた。
「はああ……生き返る…体中の組織が活性化するようだ……ふう……」
ジャミールさんはすっきりした顔で立ち上がった。そして、窓を開け、新鮮な空気を思いきり吸い込んで深呼吸をした。
「よし、さあ、言ってくれ、少々面倒なことでも相談に乗るよ」
「あはは……そんな身構えないでください。少しお聞きしたいことがあったんです」
「うん、どんなことかね?」
僕は昨夜、一生懸命、中学の授業を思い出しながら考えたことを話し始めた。
「えっと、この僕の服やジャミールさんの服もそうですが、たいてい綿の布でできていますよね。ということは、どこかで綿花が栽培され、それを糸にする人、色を染める人、布を織る人がいるんですよね?」
「ふむ、まあ、そうだな」
ジャミールさんは、何を当然のことを聞くのか、と言った顔で頷いた。
「それをこの街で、できませんか?」
「ああ、なるほど…そういうことか……」
ジャミールさんは一度上を向いてから、小さく頷いてこう続けた。
「君は、繊維業によってこの街を豊かにできないか、と考えたわけだね?」
「はい」
僕は強く頷いた。僕の頭には、社会科で習った明治時代の日本の近代化のことがあった。確か、まず富岡に製糸工場を作ったんだよな。
「ふむ、とても良い考えだ。だが、大きな問題が二つある……」
ジャミールさんは、先生のように左手を腰の後ろに当て、右手の人さし指を立てながら続けた。
「まず一つ目の問題は、すべての工程を準備するには莫大な資金が必要だということだ。だから、どこの国でも、繊維業は国の直営になっている。二つ目は、一つ目の問題と関係しているが、国の直営ということは、他の領地で勝手に綿花を栽培することができないんだ……」
「シルクも同じですか?」
「シルク?」
ジャミールさんは不意を突かれたような表情で、あごに手をやった。
「いや、あれは国営というわけではないが、なにしろ危険な魔物の巣から探索者が命がけで採ってくるものしかないからね。大商人の専売品と言ってもいいくらいだ」
「では、勝手に製品化しても罪にはならないんですね?」
「あ、ああ、罪にはならないが……まさか、ユウキ、君は……」
「ああ、いいえ、まだ何も具体的な計画を持っているわけじゃありません。いろいろと可能性を探っているんです。ありがとうございました。また、分からないことがあったら聞きに来ます」
僕は立ち上がって、頭を下げながらそう言った。
「あ、ああ、いつでも歓迎するよ。お菓子は出せないけどね」
ジャミールさんはそう言って笑いながら、僕の肩に手を置いた。
「この街のこと、そしてクレア様のことを考えてくれるのはとてもうれしい。だが、くれぐれも無茶はしないようにな」
「はい、分かりました」
僕はもう一度頭を下げると、部屋を出ていった。
僕のことを心配してくれる人がいることに慣れていなかったので、思わず泣きそうになっていた。
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いったん部屋に戻った僕は、出かける準備をしてから部屋を出た。
「アイラさん、ちょっと出かけてきます。街に何か用事はありますか?」
階段の掃除をしていたアイラさんに声を掛ける。
「はい、分かりました。街には…特に用事はありません」
「そうですか…じゃあ、何かおいしそうな果物でも買ってきますね」
僕はそう言って小さく頭を下げてから、屋敷の外へ駆け出していった。
明日は、クレアさんの護衛任務があるので、今日の内にできることはやっておかねば……。
街に出た僕は、まず洋服屋に向かった。護衛任務の時、どこにどんな店があるのかは確認済みだ。洋服屋といっても、この街にあるのは、古着屋が一店と補正兼仕立て屋が一店あるだけだ。僕が向かったのは、もちろん古着屋だ。
探索者協会に出入りするのに、やはり兵士の服はどうも居心地が悪い。だから、探索用の普段着を買うつもりだ。
「いらっしゃい、どんなものをお求めです?」
古着屋に入ると、中年の太ったおかみさんが出てきて、愛想よく尋ねた。
「ええっと、丈夫なシャツとズボン、下着も何枚か欲しいです」
「はいはい、そうねえ、あなたのサイズだとこの辺りかしら……」
おかみさんはそう言って、棚から数枚のシャツとズボンを取り出して見せてくれた。
僕はその中から、ベージュの木綿のシャツと濃い茶色の木綿のズボン、そして替え用の下着を二着買った。合わせて二千二百グランだった。
「あの、ここで着替えてもいいですか?」
「ああ、いいよ。そこのカーテンの向こうを使っておくれ」
僕は礼を言って、荷物を手にカーテンの奥に入った。そこには、木箱や古着などが雑然と積まれていた。
買ったシャツとズボンに着替えて、兵士の制服はたたんでリュックに入れる。シャツの上から、支給品のレザーアーマーを着け、革のベルトをズボンに通す。もう少しお金を稼いだら、ブーツもサイズがぴったりのやつを買うつもりだ。
「ありがとうございました」
「あいよ、またのお越しを」
僕は店を出ると、その足で探索者協会へ向かった。
協会のロビーは賑わっていた。街に活気はないが、辺境のこの辺りは、探索者にとっては、探索し甲斐がある地域なのだろう。二つある受付はどちらも列ができている。が、買い取り専用のところには誰も並んでいない。まあ、そりゃそうか。ここが忙しくなるのは夕方だからな。
僕は、その買い取り専用の受付に向かった。
「おはようございます。ちょっと聞きたいことがあるんですが、いいですか?」
「あら、あなたは昨日の……ええっと、本当は買い取り以外は向こうの受付の仕事なんだけど、いいわ、何?」
昨日魔石を買い取ってくれた受付の女性が、普段遣いの言葉で尋ねた。
「ええっと、芋虫、キャタピラーだったかな、つまり魔物の蛾の幼虫が出る場所ってありますか?」
「キャタピラー? ええ、あるわよ。たいてい、どこの森の奥にも生息しているけど、特に多いのは、Aランクの西の大森林の奥ね。でも、一人で行くのは無理よ。必ず三人以上のパーティじゃなければ危険だわ」
「分かりました、ありがとう。どこかのパーティに頼んでみます」
「それがいいわ。気をつけてね」
僕は小さく頭を下げて、ロビーの奥の地図が張ってある場所へ向かった。何人もの探索者がやはり地図を見ていた。
(ええっと、西の森、西の森は……あ、あった。ああ、この前少し探索した森か)
僕は、西の大森林の位置を確認すると、さっそく協会を後にしてそこへ向かったのだった。
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