辺境の灯(ともしび)

mizuno sei

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28 活気づく街 2

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 僕が緊張してソファに座ると、クレアさんが机の上の本を引き寄せてこう言った。
「ねえ、ユウキ、あなたがいた世界でこういう本は見たことあった?」

 僕はそう言われて、改めて目の前の本に注目した。それは、きれいな色を使って描かれたファッションのデザイン画だった。
 前の世界の僕には、おしゃれなんて全く縁のない世界で、ファッション雑誌を手に取って見たことなんてなかった。もちろんそういう雑誌が巷に大量に溢れていたこと、中学生でも、そういうものに興味がある、特に女子なんかが流行について話しているのを、遠くから耳にしたことはあった。

「僕は見たことはありませんが、そういう本がたくさん売られていたことは知っています」

「そうか……じゃあ、これを見てどう思う? あなたのいた世界の服装と比べて、どんな違いがある?」

「そうですね……ここにある服は、前の世界ならほとんど、パーティとか何かのお祝いの式に出席するときにしか着ないような服ですね……」

「ふむふむ…つまり日常的ではない、と……他には?」

「ええっと…デザイン的には、ほとんど違いはありません。ただ、前の世界には、たくさんの国があって、その国や地域、あるいは宗教などによって、服装に大きな違いがありました。ここにあるのは、主に前の世界で先進的と言われていた国々で着られていた服装ですね」

「なるほど……ねえ、ユウキが一番好きだった服って、どんな服?」

 そう聞かれて、僕はとっさに、ジーンズとTシャツと答えようとしたが、思いとどまった。おそらく、クレアさんは、何か新しいファッションを考案して売り出そうとしているのだと気づいたからだ。それなら、この世界に今までなかったような新しいデザインを答えないといけないだろう。だが、おしゃれと無縁だった僕には、難易度が高すぎる問いだった。

「えっと、少し考えさせてください。その、たくさんあり過ぎて選べなくて……」
 僕は適当なことを言って、時間を稼ぎながら必死に考えを巡らせた。その時、ふと、中学に入ってすぐの頃に、印象に強く残った服があったことを思い出した。
 それは、国語の時間に使う資料集で、一番初めの方に、きれいなカラーのイラストや写真で紹介されていた日本の古典的な服装だった。古墳時代から江戸時代頃までの男女の服装が並んでいたが、僕が特に魅かれたのは、やはり平安時代の華麗な衣装だった。
 ただ、十二単のような女性の服装も素晴らしいと思ったが、興味を持ったのは、むしろ男性の服だった。中でも、貴族の男性の平常服である〝狩(かり)衣(ぎぬ)〟と庶民の〝水干服〟が、何だかかっこいいと感じたのである。
(うん…シルクの生産が始まったら、和服の方が素材に合うかもしれないな。よし、うろ覚えだが、絵に描いてみるか)

「……あの、紙と炭筆を貸していただけませんか?」

「アイラ」
 クレアさんは、目を輝かせながらアイラさんにメモ帳と炭筆を持って来させた。

「どうぞ」

「ありがとうございます」
 僕は、アイラさんからクレアさんのメモ帳と炭筆を受け取ると、白紙のページに少しずつイラストと説明を書き込み始めた。

「これは、僕の国の古い時代に流行っていた服装なんです。でも、僕はとても好きで……シルクが素材としてぴったりだと思います」

 僕は、水干服の上着と〝指貫(さしぬき)〟と呼ばれた裾が膨らんで足首のところで絞ったズボンのイラストを描いて、「スイカン」、「サシヌキ」という名前を書き入れた。

「へえ…面白いわね。これって、女性も着れるの?」

「あ、はい。むしろ、女性が着ると凛々しくてかっこいいと思います」

「ふふ……じゃあ、材料がそろったら、例のスキルで、これ、私用に一着作ってくれない?」

「はい、分かりました」
 僕も、なんだかワクワクしてきて快く引き受けたのだった。


♢♢♢

 次の日の朝、僕は〈西の大森林〉へ向かった。騎士団の広場には、今日も長蛇の列ができていた。さらに、通りに出ると、さっそく材木や石材を取りに行く荷馬車が城門に並んでいた。街は公共事業のおかげで活気づき、人々の顔にも笑顔が溢れていた。

 僕は、そんな人々の後ろに並んで、街の外へ出ていった。
〈西の大森林〉の入り口から少し入った場所に、キャタピラーの飼育場を建てる許可をクレアさんにもらっていた。すでに頑丈な土壁の巨大な建物は完成していて、三匹のイモムシがその中で飼育されている。
 その場所は、僕が〈真眼〉で見つけた〝魔素が地面から溢れ出している〟場所だ。数本の木ごと建物で囲み、森の奥から、イモムシを闇属性魔法の〈麻痺〉で動けなくして、運び込んだのである。
 建物の屋根は、厚いガラスの板で覆われている。ガラスの材料は、まず、街の外を流れるアル・シエラ川の河原に行って、ケイ素を含んだ岩石を分解して二酸化ケイ素(珪石)を取り出した。さらには、探索者協会の解体場で毎日出る多量の動物の骨をもらい受け、地面に穴を掘って、その中で骨を炎属性の魔法で焼いて炭酸カルシウムを手に入れた。
 この二つの材料を混ぜて、土のレンガで作った炉に入れて高温で溶かしてから、マインド・クラフトで板状に成形したのだ。あまり透明度は高くない、粗雑なガラスだったが、屋根を覆う材料としては十分だった。
 おかげで、建物の中に入ると、柔らかな日差しに溢れ、温室のように暖かだった。

「おお、いよいよ繭を作り始めたんだな、お前たち……頑張れよ」
 僕は、建物の内部をキラキラと輝かせているシルクのレースのカーテンを、感動を持って眺めた。この防御幕ができると、その奥にイモムシたちは繭を作り始めるのだ。

 僕は、繭からどうやって糸を取るのか、また、その糸をどうやって紡いだり、布に織ったりするのかについては、まったく知識がなかった。それで、ジャミールさんに頼んで、紡績や機織りに詳しい人を探してもらった。残念ながら、このアル・マトスの街にはいなかったが、ジャミールさんの知り合いの貴族から、経験豊富な引退した職人を派遣してもらうことができた。当然、その貴族には、シルク生産が軌道に乗ったあかつきには、それ相応の利益分配をするという取り引きが行われていた。

 こうして、冬が間近に迫って寒い日が続くアル・マトスだったが、街の中は、心地よい熱気に包まれて、何か春に向けて明るい希望が人々の中に芽生え始めていたのだった。
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