神様の忘れ物

mizuno sei

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71 魔王ザメロスの策略

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《第三者視点》

 新魔王になったオーガ・エンペラー、ザメロスは、ようやく魔物の各種族の中でうごめいていた反乱の芽をすべて摘み取り終えて、次の人間界への侵攻、そして世界征服への準備段階に入っていた。

 元来、彼は頭で考えるタイプではない。圧倒的な力で、他を従えながらここまで伸(の)し上ってきた。
 だから、側近には頭を使うタイプの者たちをそろえ、いろいろな段階での作戦を奏上させてきたのだ。これまではそれが功を奏して、順調に進んできた。
 ところが、ここにきて、側近たちの意見の対立が目立ってきた。いや、もともと彼らはあまり仲が良くなかった。魔王のためという共通認識によって、何とか協力し合ってきたのである。
 中でも、対立の中心になっているのは二人の魔族のリーダーだった。一人は、アンデッドの軍団を率いるネクロマンシーのべリシアで、彼女にはゴブリン軍団の長ブコが側近として付いていた。もう一人は、リザードマンの族長ガルスで、盟友はオーク軍を率いるラグロだった。

 この日も、デッドエンドの魔王の城である巨大な洞窟の中の一室で、魔王軍の幹部が集まり、今後の計画について話し合いが行われていた。

 武闘派のガルスは、すぐにでも、長年の宿敵であるガーランド王国に攻め込み、これを滅ぼしてから一気にオルドア大陸全土に侵攻するべきであると主張した。

「……もはや、我々に逆らえる人間の国などありません。魔法様、今こそご決断を」

 ガルスのいつもの威勢のいい主張に、賛同する幹部たちが気勢を上げた。

「お待ちください。これまで何度も申しておりますが、勢いに任せた無謀な突進は、必ずや小賢(こざか)しい人間どもが掘った落とし穴に足元をすくわれます。まずは、人間どもを弱体化させ、抵抗する力をそぐことが急務。魔王様、どうか賢明なるご決断を」
 策謀派のべリシアが声を上げ、少数派ながら、ゴブリン、コボルトなどの代表が甲高い賛成の声を上げた。

 魔王ザメロスとしては、心情的には武闘派の意見に賛同していた。虫けらのような人間たちなど、力と恐怖で蹂躙すれば、ひとたまりもないだろうと高をくくっていた。だが、これまで、魔王になる過程で、べリシアの策略には何度も助けられてきた。だから、彼女の意見をむげに退けるわけにもいかなかったのである。

「それに、昨日、私の手下が気になる情報を掴んでまいりました……」

「ほお、どんな情報だ?」

「はい…プロリア公国に、〝勇者〟がうまれたという神託が下ったそうでございます」
 べリシアの言葉に、部屋の中は騒然となった。

「何っ、勇者だと? それは確かな情報だろうな?」
 片肘を突いて半分眠りかけていたザメロスは、体を起こしてべリシアに問うた。

「はい。ガーランドの国中にその旨が公布されていたそうでございます」

「魔王様、ご心配には及びません……」
 ガルスが、べリシアを憎々し気に睨みながら言った。
「勇者と言えど、たかが人間一匹。おびき出してもらえれば、我らリザード族が必ずや討ち果たして御覧に入れましょう」

「愚かな……」
 べリシアが小さな声で吐き捨てるようにつぶやいた。

「ふうむ……では、こうしようではないか。その勇者とやらがどれほどの者か、一度、ガルスの言う通りにおびき出して、戦わせてみよう。それ次第で、次の作戦を考える。それでどうだ?」

「ヒヒヒヒ……御意にございます」

「は……承知いたしました」

 ガルスは自分の意見を採用されて上機嫌で、対照的にべリシアは失望したようにうなだれながら了承した。


♢♢♢

「べリシア様、いかがなさいます?」
 会議が終わって、それぞれの居城へ帰る道すがら、ゴブリン族の長老ブコがべリシアに問いかけた。

「ふん…脳筋のバカは放っておいても、いずれ自滅するだろうさ……ただね、心配なのは魔王様の方さ……」

「ザメロス様が? それは、なぜでございますか?」

 ベルシアはため息を吐いて口ごもっていたが、やがて低い声でこう言った。
「ブコ……これは口が裂けても漏らすんじゃないよ。あたしらは、次の魔王候補を見つけておくべきだと思うよ」

 それを聞いて、ブコは驚いて立ち止まり、辺りを見回しながら声を潜めた。
「め、めったなことを言わないで下され……ふう、心臓が止まるかと思いましたわい。しかし、ベルシア様の予想は、これまで外れたことがありませんからな……ふむ、新しい魔王候補か……それこそ、ベルシア様がふさわしいのでは?」

「あはは…よしとくれ……あたしは上に立つより、裏で魔王を操る方が好きなのさ。それが、長生きのコツというものなのさ」

「フヒヒヒ……確かに、その通りでございますな」

「まあ、とりあえずは、こっちはこっちで動くしかないね」

「了解しました」

 魔王軍の中の唯一の知能派の二人は、夕暮れの赤い光の中を、暗い森を目指してゆっくりと歩いていった。


 そんな二人が、ヒューイット公国に姿を見せたのは、それから三日後のことだった。彼らはヒューイット伯爵の城を訪れ、伯爵と面会した。

「今日はやけに早かったな」
 伯爵は窓を閉じ、ランプの穏やかな光に照らされた応接室で、不快さを隠そうともせずにそう言った。
「ふふ……前回の轍(てつ)は踏みませんわ。それなのに、伯爵様は相変わらずご機嫌がよろしくないようですわね」

「……いや、特に機嫌が悪いわけではない。私は普段からこうした顔でな。その証拠に、ちゃんとそれなりのワインを出しただろう? それで、用件は何だ?」

「ほらほら、そんなところですよ。ふふ……せっかく仲間になったのですから、もっと和やかにまいりましょうよ」

 伯爵は〝仲間になったつもりはない〟と怒鳴りたくて、喉まで出かかったが、ぐっと飲みこんで言った。
「これでも和やかに話しているつもりだが? 忙しい身でな、この後も予定があるのだ」

「それは失礼しました。では、今日お伺いした理由をお話ししましょう。伯爵様は、わが主ザメロス様がオーガ・エンペラー、つまり魔王になられたことはご存じですわよね?」

「ああ、風の噂で聞いた……」
 伯爵はうそをついた。本当は、使い魔を使って入念に情報を調べさせており、魔王の誕生もかなり前から知っていたのだ。

 ベルシアは微笑みは浮かべたまま、真剣な目になり背筋を伸ばした。
「では、盟約通り、魔王様のために協力していただけますわね?」

「中身次第だな。協力はするが、全面的な服従は、魔王が世界を征服した後、と言ったはずだ。リスクが大きすぎる協力はできかねる」

「はい、承知しております。なに、簡単な仕事ですわ。ふふ……」
 ベルシアはそう言うと、伯爵への依頼を説明した。
「……近々、魔王軍の幹部の一人、リザード族のガルスがガーランド王国に攻め込みます。これには、他の魔王軍もかなりの数助成するはずです。狙いは、プロリアに生まれたという勇者をおびき出すこと……」

 ヒューイット伯爵は内心動揺した。それは、魔王軍が早くも勇者の誕生を聞きつけていたことと、勇者をおびき出してどんな策を用いるのか、不安を覚えたからである。

 ベルシアは、伯爵の心の動揺を見透かすように、少し口元に笑みを浮かべながら続けた。
「……ガルスは、おびき出した勇者と戦って勝つつもりですけど、そう簡単にはいかないと私は見ております。そこで、伯爵様には、その場に行っていただき、遠くからその戦いを見守っていただきたいのです……」

「ほお、それだけでいいのか?」

「はい。そして、勇者の弱点を報告していただきたいのです。ふふ……もちろんチャンスがあれば、背後から勇者を暗殺していただけるなら、なおさら結構ですわ。そうなれば、あなたは一躍、魔王軍の最高幹部に昇進されるでしょう」

 伯爵は唾を吐きたくなったが、ぐっとこらえてゆっくりと頷いた。
「分かった。やってみよう。その時が来たら連絡してくれ」

 ベルシアとブコは満足の笑みを浮かべて立ち上がった。
「お忙しい時にお邪魔して、申し訳ございませんでした。でも、とても有意義な時間でしたわ。では、ごきげんよう」

 二人は、伯爵との約束を取り付けると、そそくさと帰路に就いた。

 伯爵は、窓から二人が去っていくのを見つめながら、ギリッと牙を噛みしめた。いよいよ、自分もこの国を、そして世界を守るために何かする時が来たという思いが沸き上がってきた。それは、これまで永らえてきた命が尽きる可能性も考えねばならないことだった。
「ふ……私は何を恐れているのだ……神に背いた日から、よくぞ今日まで生かしてもらった……もう十分だ。せめて、最後は神のためにこの命を使おうではないか」
 真祖吸血鬼の男は、かつての愛する家族の姿をおぼろげな記憶の中に追い求めながら、赤い瞳を空へ向けた。
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