野良ドールのモーニング

森園ことり

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 数日後の慰労会にはトキコさんも来た。
 バイト代で買ったというきれいな若草色のコートを羽織って。

「仕事しないかって誘われた時は冗談でしょって驚いたけど、やってみるもんね。ファミレス終わってなけりゃ、続けてたと思うわ」

 トキコさんはワインとホタテのアヒージョを交互に口に運びながら上機嫌だ。頬が赤い。

「私ももっとトキコさんと一緒に働きたかったです」

 そう言って微笑む柳子の頬もお酒のせいで赤くなっている。青いベルベットのワンピースが素敵だ。

「ファミレスはなくなっちゃったし、私のモーニングライフもここで終わりね」

 トキコさんは笑い、小さく吐息を漏らした。
 あの、と僕は口を開いた。

「もしよかったら、『旋律』という喫茶店のモーニングを食べに行ってみてください。おいしいピザトーストとコーヒーが自慢のお店なんです」

 アンさんとマークさんには、行き場を失ったファミレスの常連さんたちを受け入れてはもらえないだろうか、とお願いをしておいた。忙しいのが嫌いな彼らだから、断られるかもしれないと不安だったが、意外にもあっさりOKしてくれた。

「困った時はお互い様だもの」

 うちでよかったらいくらでも来てでょうだい、サービスするわよ、と言ってくれた。

「お兄ちゃんのおすすめなら間違いないわよね。じゃあ、今度アヤメを誘って行ってみるわ」

 トキコさんの笑顔を見て、僕はこくこく頷いた。

「ぜひ行ってみてください。外観はちょっとびっくりするかもしれないですけど、中は素敵ですから」
「どんな外観なの?」
「それは見てのお楽しみってことで……」

 余計なことを言ってしまったかも。
 それからトキコさんは、アヤメさんの話をした。最近ちょくちょくトキコさんの家に遊びに来ているらしい。泊まっていくことも多いとか。

「アヤメがいてくれてよかったわ。一人じゃ億劫で出かける気になれないとこも、あの子に誘われたら、じゃあ行こうかって気にもなるし。すぐ男に色目つかうところはどうかと思うけど、それだけ気が若いってことよね。あの能天気で明るいところは私も見習わなきゃって思うし」

 いつになく饒舌なのはやっぱりアルコールのせいだろうか。
 そのあと突然、店長が奥さんの妊娠をあかしたので、その場は一転お祝いムードに包まれた。出産予定日は春頃だという。
 終わりと始まりを繰り返しながら人生は進んでいくんだなぁと僕はつくづく思った。

 そして十一月。
 僕は新しい職場で奮闘しつつ、エッセイ漫画の賞に無事応募をすました。
 結果はともかく、ちゃんと完成させて応募できたということに満足した。

 柳子とは最近あまり会えていない。
 大学の授業に新しいファミレスの仕事。いろいろやること、覚えることが多くて、体力には自信がある柳子も何度か体調を崩した。

 そんな忙しい彼女のために、僕は桃色おにぎりを作って彼女の部屋の前に置いている。
 やりはじめてみると、これが意外と大変で、当然だけど寝坊ができない。それに、お米を毎朝炊かなければいけないのでかなりの手間だ。冷凍ご飯を使うとおいしくできない。鮭フレークを入れて握って、桜でんぶをまわりにまぶすのも手間がかかる。それから部屋の前まで置きに行かなくてはならない。本当におにぎりの差し入れは大変だ。

 それを毎日欠かさずやってくれてたんだから、いまさらながら、柳子には頭が下がる。それを、「食べきれないから冷凍庫にためてる」なんて言って、本当に申し訳なかった。
 ということで、怠惰な自分には毎日続けることは困難だと思い知ったので、週に二回、月曜日と金曜日の朝だけおにぎりを届けることにした。

 律儀な柳子は毎回お礼を忘れない。帰宅すると、僕の部屋のドアの前にお菓子が置いてある。アメとかチョコとかガムとかグミとか、たまにコンビニスイーツなこともあって、けっこう嬉しい。僕もそういうお礼をすべきだったのに、しなかった。本当に反省することばかりだ。

 ということで、十二月の柳子の誕生日にはすごいサプライズを用意しようと思った。
 でもサプライズなんてしたことないので、いいアイデアが浮かばない。

「そういうのは自分で考えな」

 困って巧を頼ったのだが、彼はじろりと僕を睨むとそう言い放った。

「彼女がいねー俺がなんでお前らのバースデーイチャイチャの計画たてなきゃならんのだ」

 巧は最近また、アプリでデートしてた女の子にふられたらしい。

「そういうのって、他人が考えたのだってあとで知ったら、ちょー興ざめだから気をつけたほうがいいよー」

 茉美もスマホをいじりながら言う。
 場所はいつもの学食。お昼ご飯を食べる学生たちで周囲はがやがやしている。

「そうそう。イマイチでも自分で苦労して考えるのがいいんだって」

 樹奈までがそう言ってカレーをぱくぱく食べる。

「それよか、樹奈。着物着て落語とかよくない?」
「よいねー。落語って生で聞いたことないなぁ」
「わたしもー」

 茉美と樹奈は浅草を着物で散策する計画をまたたてている。前回僕は行かなかったけど、今回は参加するつもりだ。

 夏休み明け、茉美と樹奈はすっかり元通りになっていた。どちらから歩み寄ったのかはわからないが、またこうして四人で一緒にいることが増えた。

 もちろん、茉美はゲームサークル、樹奈はスケボーやバイトで忙しいことには変わりない。でも、大学にいる時はこうして一緒に昼ご飯を食べている。

「そういや、このまえ、松角先輩に声かけられたよ」

 巧は思い出したように言って茉美を見る。

「『茉美、大学最近来てますか? 連絡つながらないんですけど』って」

 それを聞いた茉美は鼻を鳴らした。

「なにをいまさら」

 茉美と松角先輩はいまも微妙な関係のままだ。

「私が連絡しても無視してばっかのくせに」
「返事してないの?」

 樹奈が苦笑いしながら訊く。

「相手と同じことしてるだけだよ」
「すねてんのかぁ~。茉美ちゃん、かわい~い」

 じろっと茉美に睨まれて、巧は小さく(すみません)と謝った。

「サプライズにこだわるより、二人に関係のあるものでお祝いしてあげると喜ぶんじゃない? 思い出の場所に連れていくとか」

 優しい樹奈は何のかんのと言って、やっぱりきちんと助言をくれる。

「思い出の場所か……」

 ファミレスぐらいしか思い浮かばない。
 柳子と出会ってから、一緒に行った場所はファミレス、正子さんち、『旋律』、カレー屋、コンランドリー、駐車場……。
 どこも誕生日のサプライズにはふさわしくない気がする。

「ひとつも思い浮かばないの?」

 樹奈はちょっと呆れた顔をしている。

「ほんとに付き合ってるの?」

 茉美まで疑わしそうに僕を横目で見る。

「あ、この話はもう終わりで」

 慌てて話を終わらせた。
 やっぱり巧の言う通り、「自分で考えな」ってことだな。



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