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サタンサイド

プロローグ

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「僕は人間が嫌いだ、殺したいほどに。たとえ、親、兄弟だとしても所詮はただの人間。僕は人間が嫌いだ、殺したいほどに」

♦︎

 酷く頭が痛い、いつに間に僕は眠ってしまったのだろうか。なかなか離れようとしないまぶたを、なんとか左だけ少し開けて眼球を動かす。
 ぼんやりと見えたのは薄暗い空間。部屋のようだがかなり広く全体は把握しきれない。
 突然、僕の顔を何かが覗き込んできたのだが。

「モンスター?」

 そうだ、さっきまで僕はゲームをしていたんだ。【AQURIS アクリス online】 と言うゲーム、現実みたいな映像で作られた世界で、モンスターや様々な種族の人と戦ったり交流したりするファンタジータイプのVRMMMOだ。
 どうやら僕はプレイ中に眠ってしまったのだろう、それにしてもこの頭痛は酷い。一度ーログアウトして、頭痛薬でも飲もう。でもモンスターが近くにいる場合ログアウトができないからな、そう思い重い体を頑張って起き上がらせ戦闘の準備を始めた。それにしても、なぜこのモンスターは攻撃してこないのだろう。

「お目覚めになられましたぞ!ついにお目覚めに……魔者王様!成功でございますぞ、魔者王様!」

 モンスターが、喋った?ぼんやりしていた僕の意識は一気に目覚め、両目を開いて飛び起きた。モンスターが喋ると言うことはクエストモンスターしかありえない、僕はいつのまにか何かのクエストを始めてしまっていたようだ。

「騒がしいぞ、レジバン。【彼の者】が驚いてしまっておるではないかな」
「しっ、失礼しました」

 体長1メートルくらいのオレンジ色の毛玉に申しわけ程度に短い手足が生え、中心には大きな真ん丸の一つ目と、さらに大きな口。【レジバン】と呼ばれたモンスターは、土下座ような姿勢をとり僕に謝った。
 そして奥にもう一体、【魔者王】と呼ばれたモンスターは、禍々しデザインの巨大な玉座に座ったままでも3mを優に超える巨体だ。水牛の角のようなものがついた兜で骸骨のような顔を覆い、人間なら目が収まっているはずの窪みは赤く炎のように発光していた。

「【彼の者】よ、名をなんと申す」

 僕は本名の工藤三太くどうさんたを名乗らずゲームアバター名を名乗った。

「ふははは、余の名を知りたいというのか?ならば教えてやろう、我こそは、人間ヒューマンを嫌い、人間ヒューマンを狩る魔人。サンタ・クロウズ様だ」

 僕は、ゲームの時は他のプレイヤーになめられないようこういうキャラで対応をしている。

「なんと言うことだ、本当にあなたのような素晴らしいお方が来てくれるとは。嗚呼、創造の神よこの危機に【彼の】ような素晴らしき魔人を与えていただいたことを感謝致します」

 魔者王は赤く燃える目から血のようなマグマのような涙のようなものを流し天を仰いだ。

「魔人サンタ、どうか死にゆく老輩ろうはいの代わりに、この【ヘルズ合州国】の王になってくれないだろうか」

 ヘルズ合州国?ゲームにそんな国は今までなかったし、僕はどうやってここに来たのかまったく覚えていない。そういえば20時間以上プレイし続けていたしな、きっと寝ぼけて無意識に妙なイベントに突入してしまったのだろう。さてこの場合どう答えるのが正解かだろうか……悩んだ末に出した答えは。

「かまわぬ、が、対価に貴様は余に何を差し出す。魔者の王よ」
「もちろん我が全てをそなたに差し出そう。これで契約はなった、あとは頼むぞ、レジバン」
「はっ!このレジバンにお任せください魔者王様」

 魔者王は満足気な表情を浮かべ、体から煙をあげ始めた。何が始まったのかとメニュー画面を開き槍を装備して構えたが、魔者王の体はゆっくりと砂になり崩れて始めた。

「新たな魔者の王サンタ、そなたと王国に創造神アクリスの祝福があらんことを」
「いや、まだやるって言ってな」

 ピコン。突然電子音が響き、目の前にメニューウインドウがたちあがった。
 ソウルジョブ【調魔士】が【魔者王】にランクアップしました。
 調魔限度数10→限度無し
 常時スキル【調魔経験収集】習得
 常時スキル【魔獣言語】習得
 常時スキル【調魔強化(大)】習得
 特殊スキル【調魔進化】習得
 特殊スキル【王の指呼しこ】習得
 特殊スキル【魔人化】習得
 HPプラス500
 OPプラス800
 守備力プラス200
 
 【魔者王のマント】【魔者王の王冠】を入手。
 領土【ヘルズ城】を習得。

「新魔者王様、わたくしめは執事のレジバンと申します。これから王のお手伝いをさせていただきますの何卒よろしくお願い申し上げます」

 何これ?えーと、【AQURIS online】のグランドクエストって【魔王討伐】だったけど。もしかして【魔王】をプレイヤーにやらせるってことですか。いやいや確かにプレイの半分はプレイヤーキルばかりしてますけど、いいの、僕で。あれ、でも【魔者王】って言ってるけど……隠しイベントだから入力ミスでもあったんだろうか。まあ引き受けてしまったし、スキルも凄い事になったし、何より楽しそうだし、案内ナビゲーターみたいなのもいるし、よし、やってやろうじゃないか。でも始める前にひとつ片付けなければいけない事がある。

「レジバン」
「はっ」
「魔者王などとモゴモゴした名ではなく、余の事はこれから【魔王】と呼べ。
余は【魔王サタン・・・・・】だ!よいな!」
「はい!魔王サタン様!!」

 イベントもひと段落したっぽいし、ログアウトしてトイレに行ってこよう。
 ……。
 えっ。
 メニュー画面からログアウトが消滅している。嘘……なんで。

「いやはや、こんな素養素晴らしい方がお越しくださるなんて、魔者王様も命をかけて召喚の儀式を執り行ったかいがあると言うもの、レジバンはレジバンは……うっううう」

「今なんて言った?」

「こんな素養、素晴らしい方が
「そうじゃなくて、どうやって僕をここに呼んだって」
「ぼく?えっああ、魔者王様が自らの命を使い【異世界召喚の儀】を執り行い、魔王サタン様を別次元の別世界よりこの惑星アクリスに召喚なさったのでございます」

 なっなんですと?えっえっそれって一体どういうことなんだ。頭が真っ白になりそうになる、いやダメだ、このままじゃマズイ、大変なコトになってしまう前になんとかしなくては。

「トットイレどこ?」
「そちらの扉の」

 バタン……。

 ……。

 魔者王があのサイズなので仕方ないのだろうけど、僕には巨大すぎるボットン便所があった。もし大なら出来る自信がない。
 用を足しながら、これは夢ではないのだいうことを実感して、何故か今日まで自分、工藤三太の人生を思い返す。

 建築会社社長の三男に生まれた僕は、家族からの愛を一切受けず育った。僕を産み捨て失踪した母、世間体だけで息子を飼う父、腹違いの頭のイカれた暴力兄達。そして義務教育という牢獄には同級生という名の犯罪集団が、サンタさんプレゼントちょうだいと言って金を巻き上げ暴力を振るい、それをおふざけと笑い飛ばす先に生まれて牢獄を渡り歩いてきただけの監守気取りの囚人達。
 でも、そんな僕にも救いはあった。
 道端に捨てられた猫を拾いどうすることもできずさまよっていた時、偶然立ち寄った動物保護施設。僕は何でも手伝うからこの猫を保護して欲しいと懇願した、するとそこの職員はその気持ちだけで大丈夫と言って猫を保護してくれたのだ。そして職員のススメで猫に名前をつけることになった僕は悩みながら【ルドルフ】と名ずけた。
 そこの職員達は個人で協力し合い、新しい家族が迎えに来てくれるのを待つたくさんの犬や猫を育ていて、僕もボランティアとして時間があれば手伝いをして、その時間だけは幸福感と充実感に包まれていた。
 その時間だけは。
 都市開発により立ち退きを余儀なくされた施設は数多くの動物を殺処分することになり、テレビやネットで施設は多頭飼育崩壊だと大バッシングを受け、代表をしていた女性が自殺、そして残った職員は僕に怒りの矛先を向けた。
 なぜなら都市開発の責任者は父だったのだ。
 何もかもが嫌になった僕はルドルフを連れて逃げた、家から、学校から、町から、でも。どこに行っても人間がいるだけ、何も変わらない。高架下でうずくまっていた僕達は塾帰りの高校生に暴行を受け、僕は助かりルドルフは死んだ。
 僕は病院の誰も来るはずのないベット上でルドルフに懺悔し続けた。
 僕のせいで……僕のせいで……。
 そして退院したその日、僕はルドルフを殺した高校生の一人を刺した。
 残念ながら、ただの重症ですんだのだが、僕は少年院には送られずそのままマンションの一室とクレジットカードをあてがわれ、父から一生部屋から出るなと言われたが、それは僕にとって願ってもないことだった。
 それから僕はゲームにのめり込んだ、戦争、サバイバル、アクション、人のようなものをを殺すことが出来れば何でも良かった。そんなある日、ネット広告であるゲームのβテストプレイヤー募集の動画を発見する。CGとは思えない圧倒的なビジュアルで作られた惑星、そこに広がるファンタジーの世界、その一部に一瞬、映った猫型モンスター。

「ルドルフ」

 僕はすぐテストプレイヤーに応募して、調魔士になりルドルフに似たモンスターを仲間にした。これで一緒に人間を殺せる……。
 僕達はレベルを上げ徹底的にプレイヤーを、主に人間ヒューマンアバターを殺しまくり。

 そして僕はいつのまにか【魔人サタン】と呼ばれるようになった。
 
「ルドルフ!」

 僕は調魔したモンスターをメニューの調魔ウインドウで確認する、名前はあるがゲームの時と同じように果たしてこの世界に一緒に来てくれているのだろうか。チッ、手を洗う場所もない、最悪だ。
 トイレのドアから出ると。レジバンが待ち構え。

「良かった、大の方でしたか。もしや落ちてしまったのかと」

 確かにそれはちょっと心配になるよね、と思いもしたが今はそれどころじゃない。

「うるさいヤツめ!少し余から離れておけ!」
「はっはい!申し訳ございません」

 僕はメニューウインドウを開き調魔一覧を開く。

【ルドルフ】

 唾を飲み込み、心臓の鼓動を聴きながらウインドウをタップする。

 光が渦を巻き、中心に現れた大きな影が徐々に輪郭を帯びて形を浮かび上がらせながら光は粒になって消える。中心の影の主は体長2mの黒い豹のような魔獣【ブラックボブ】だ。

「戦闘ですか?サンタ」
「いいや、顔が見たかっただけだルドルフ」
「サンタ!私の言葉が!?」
「ああ、今日からはずっと一緒だルドルフ」

 僕は涙を浮かべながらルドルフに抱きついた。一度出したモンスターはもうメニューには戻せないようだがそんなことはどうでもいい。すごい!すごいぞ【魔獣言語】。
 最高だ異世界召喚。やるぞ、やってやろうじゃないか。

「人間を滅亡させてやろうじゃないか」



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