まるで海に舞う華のような

Basco

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まるで海に舞う華のような

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  珊瑚は海水温が高すぎると白色に変化し、海の中で石化していく。この石化した珊瑚を元の姿に戻し、この蒼く深い生命の源の美しさを後世に伝えていくのが私の務めだ。
 かつての同僚たちはこの一大プロジェクトに匙を投げ、この”夢の舞台”から去っていく。この研究室にも私だけが残っている。

 お盆が過ぎた頃、研究室のチャイムが鳴った。この時間にアポはないはずだが・・・。
 訝しげにドアから顔を覗かせると、ウェットスーツに白衣という、どう考えてもミスマッチな出立ちの若い女が仁王立ちしていた。
「おい、青年。なんてシケた面していやがるんだ。海を守るいい心がけを持った連中がいるっていうから、こんな辺鄙な島までこの私が来てやったんだ。もてなせ!」

私は、島の暑さにやられた観光客か・・・可哀想に、病院まで連れて行ってやろうと思い、ため息混じりに携帯を取り出した。
「まてまて、私は変質者なんかじゃあないし、ましてや気のふれた観光客でもないぞ。私は、海洋研究機構の自然保護観察主査様だ。」
彼女の胸には、確かに私たち研究室の上位組織である、海洋研究機構のマークのついた身分証がぶら下がっているのだ。
「それで・・・その主査様がこんな田舎に何の用件です?」
「いやなに、昨日本部で行われたミーティングでな、五年前に研究開発費として計上した30億円分の予算はどこに消えたんだと問い詰められてな。そういえば、石化した珊瑚の再生に関する開発研究所の設置費に使ったなあと思い出したんだ。」
(覚えてなかったのかよ・・・)
「でな、投資した成果を出せーって言われたから君たちにいろいろ連絡をとったんだがどこにも繋がらなくて、まさか夜逃げでもしたんじゃないかと疑ってココに直接来たわけ。わかった?とりあえず珊瑚が再生する薬でも装置でもいいからちょうだいよ。」
こいつ、無茶苦茶言いやがる。五年も放っておいて今更成果を出せなんて言われてもそんなものはない。そもそも人だっていないのだ、研究資金も底をつき、私もあと1ヶ月研究をして成果が出なければ、ここを去ろうと思っていたのだ。
「ご覧のとおり、研究室には私しかいませんし、お見せできるような結果はありませんよ。申し訳ないがお帰りいただけますか。」
自分で口にして情けなるかと思ったが、そうでもなかった。やれるだけのことはしたのだから。
 すると、この奇妙な女は私の目をまっすぐ視てきた。その瞳は、目にすることも嫌になったこの島の海のように煌めいていた。その蒼さに見惚れていると、俺の手を急に捕み、こう言った。
「走れ」
この研究室は島の海辺の高台にある。まるで手塚治虫のブラックジャックの住処のようなところだ。この女が走っている方向は、どう考えても海だ、まずい。
「やめろ、俺はもう海なんかみたくないんだ。珊瑚のことも、忘れたい、手を離してくれ」
そんな静止も海鳥の鳴き声にかき消され、15mもあろうではないかという崖から、その女と飛び降りた。

飛び降りた先はちょうど、円形に珊瑚礁が形成されたラグーンである。突然のことでうまく息ができない、落ち着け。


ふと彼女が心配になりそっと目を開けると、そこには黄金色の髪を揺らしながら、そっと石化した珊瑚を憂う彼女の姿があった。それはまるで海に舞う華のような・・・。



岸に上がると、息も絶え絶えだ。しばらく海には入っていなかった。
「1か月だ。1か月でモノにして見せろ。あるんだろう君の魅る夢が。この海には。」

心の奥底に眠っていた、蒼い炎がまた灯るのを感じた。まだ俺の夏は終わっていない。







 
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