荒廃

荒野羊仔

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幕間四

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 オーバーサイズの服の下から骨張った体が現れる。肋骨に張り付いた皮膚。骨の浮き出た膝。骨張ったと言うよりは骨が浮き出ざるをえない栄養状態だった。鎖骨の下には大きな黒い痣があり、それらは体のいたるところに散見された。
 小山内は鏡をじっと見つめた。一生消えることはないだろう目の下の隈。異様なまでの前傾姿勢。よくよく見ると、痣以外にも無数の傷痕があり、中でも煙草を押し付けられたような、小さな丸い火傷の数々が目についた。鏡を見るのは久々だった。笑ってしまうくらいに、鏡の中の自分は滑稽で、憐れだった。
 試着室に入る直前に言い掛けた言葉を思い出す。かつてその一言が切っ掛けで日常は全て変わってしまった。
「僕は男です」
 本当に? 誰にも望まれていないのに?
 きっと今も男と認識されていないからここにいることが許されているのに。この現実に存在することが許されているのに。
 いっそバレてしまえばいいと思った。今、このカーテンが開けば、全国ネットで名前は公開され、拡散され、個人情報の全てを晒される。大学も住所も、家族も、そしてこの体のことも、全て。全てを失くしてもいい。早く、から解放して欲しい。
 カーテンは開かなかった。自分から開けようと思えば開けることはできた。でも、まだその時ではない。
 奴等に思い知らせるためには、もっと取り返しのつかないような事件を起こさなければ。



 標的を魚住から久保田に変えたのは、久保田に無理矢理行為を迫られた後だった。
 久保田が部屋を飛び出してからしばらく経ち、ようやく力が入るようになり、小山内は立ち上がった。ドレスから普段着に着替える。服を脱ぎ肌が空気に触れると、下半身はどちらのものかわからない体液がへばり付き冷える感触がした。拭くものなども何もなく、仕方なくそのままズボンを履いた。布と擦れる度に不快感があった。
 先程まで久保田と行っていた行為を思い出すと吐き気が込み上げた。小山内は窓の方へ寄ると、窓の外へ向かって吐いた。胃の内容物を吐き出してようやく、小山内は息をついた。
 自分が男に生まれたことを嫌悪している小山内にとって、自身が男であることを強制的に自覚されることは、生きている上でこの上なく屈辱的な仕打ちだった。
 童貞でなくなってよかった? 女の人と関係を持てて嬉しい?
 久保田の言っていることの意味がわからない。それらは小山内にとって忌避すべき事柄であって、決して望んだことではなかった。
 ……レイプされたと言って誰が信じるだろう。
 羨ましい? 気持ちよかった? 男の方が力が強いから、逃げようと逃げられたはず?
 おそらく拒否していれば久保田こそが被害者だと主張し、小山内を陥れていたはずだ。早く終われと願いながら耐えるより他に、選択肢があっただろうか?
 一度でも関係を持ってしまえばきっと、これから先もずっと脅かされ続ける。……社会的に死んでも、家族への復讐にはならない。
 久保田を殺そう。自殺か失踪に見せ掛けて、死体の発見を遅らせよう。そのための計画を練ることが、今の生き甲斐だ。
 私が裁かれるのは、最後でいい。
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