もしも推し(女)にそっくりな男の子が隣に引っ越してきたら?

亜瑠真白

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 バスで最寄り駅まで移動し、そこから電車で約1時間半。水族館とのコラボがどうだったとか、最近の学校や仕事がどうだとかで話は尽きなかった。
「はぁー! 着いた!」
 大きく伸びをする。山奥の温泉街に建つその旅館は、サイトの写真で見た時の印象よりも綺麗で立派だった。
「いいところですね」
「そうでしょ! 色々探してたらいいプランがあったからここにしたんだ。楽しみにしてて」
「はい!」
 受付でチェックインを済ませると、係の人から最後に案内があった。
「女性の方はあちらの棚からお好きな浴衣をお選びください」
 近くに行ってみると色とりどりの浴衣が並んでいる。
「斗真君、好きな浴衣選べるって!」
「嬉しそうですね」
「だってこういうのって楽しいじゃない? いっぱいあって迷うなぁ……斗真君はどれにする?」
「菜々子さん、僕は女性の方じゃないんですけど……」
「どうしても……?」
 私の腕の中には既に自分が着るようじゃない、白地に水色の小花柄やピンク地に桜柄の可愛らしい浴衣を抱えていた。
「そんな顔したってダメです! ここは家じゃないんですから! どこで誰に見られるか分からないんですよ!?」
「確かに、斗真君の可愛い姿を他の誰かに見せるのは許されないね」
「そういうことじゃないんですけど……」
 この様子じゃ可愛い浴衣を着てもらうのは無理みたいだ。今度、家で着てもらう用をネットで調達しておこう。
「じゃあ私はこれにしようかな」
 手に取ったのは山吹色の生地に青系の花があしらわれたもの。
「いいですね。似合いそうです」
「そうでしょうそうでしょう。なぜならこれは、ある方程式から導き出した答えなのです!」
「どういうことですか?」
「これは私が『アイフレ式』って呼んでるんだけど、まずアイフレメンバー19人の中から自分に一番近いと思うメンバーを選ぶの。私の場合はseek red sweetの風間玖藍ちゃんね。それでここからがミソなんだけど、アイフレの公式がいろんなタイミングでイラストを作ってくれる訳ね。それはもう春夏秋冬の私服コーデから浴衣みたいなイベントコーデまで。そのイラストを真似した服装をすればおのずと自分に似合うものが選べるということなんだよ!」
 この方法は一年くらい前に発明したもので、オシャレに疎い私にとっては何かと重宝していた。
「なるほど……でも」
 そう言って斗真君は私の手から山吹色の浴衣を取り、代わりにさっきまで私が抱えていた小花柄の浴衣を差し出した。
「この浴衣だって、きっと似合うと思いますよ。一番似合う服よりも一番着たい服を着たらいいんじゃないですか」
 斗真君には見透かされていたみたいだ。玖藍ちゃんの服よりもらむねちゃんの服の方が、本当は好きで着たい服なんだって。
「あ……すいません、余計なお世話ですよね。菜々子さんには菜々子さんの考えがあるのに……」
 そう言ってひっこめようとする手を、私は握った。
「そんなことない!」
 そしてその浴衣を受け取る。
「私、この浴衣にするよ」
 斗真君は微笑んだ。
「はい。きっと素敵だと思います」
 
 今晩泊まる部屋は4階の和室。靴を脱いで上がり、襖を開ける。畳の和室の奥には窓から山々の紅葉が見える。
「ね、いい部屋でしょ」
「はい」
 部屋の奥まで入って行くと、木のドアがついている。斗真君がドアを開けた。
「な、菜々子さん!」
 そこは例のアレかな。私も斗真君の後ろからドアの内側を覗いた。
「驚いた? 実は露天風呂付の部屋にしたんだ!」
 いろんな旅館を調べている中で、露天風呂付きのプランを見つけてここに決めた。大浴場ももちろんいいけど、せっかくだから一人で気兼ねなく入れるのもいいかなって。
 斗真君の顔を見ると、戸惑ったような表情をしていた。
「あれ、あんまり嬉しくなかった?」
「い、いえ! その……僕達にはまだ早いかなって……」
 早い……? もしかして値段のことかな。確かに今回2人で決めていた予算をオーバーしていたけど、その分くらいは社会人である私が出したい。
「大丈夫だよ。ギリギリ予算に収まったんだ」
「予算のことではなくて……その……」
 お金のことじゃないって、じゃあ何なんだろう。よくわかんないけど、
「どっちが先に入る?」
 夕食の時間が一時間後。それを考えると今は入れるのはどっちか一人かな。
「ええ!? え、えっと……菜々子さんの好きな方で……」
「そっか。じゃあ私はご飯の後にしようかな。お土産屋さんとか見てるから、ごゆっくりー」
「……え?」
 私は部屋を後にした。

 夕食の少し前に部屋へ戻ると、紺の浴衣に着替えた斗真君がいた。お風呂後の少し濡れた髪とか、浴衣から覗く鎖骨とか……
「眼福……!」
「お帰りなさい」
 そう言う斗真君の声はなんだか少し怒っているみたいだった。
「斗真君、なんか怒ってる……?」
 私なんかやらかしたかな……? いや待てよ。朝の挙動不審といい、靴擦れといい、可愛い浴衣を着せようとした件といい、思い当たる節しかないな。
「すいません。怒っているというか……自分の煩悩を反省しているといいますか……」
 うーん、でもまあ、怒ってないならいっか。
「じゃあ夕飯食べに行こう」
「そうですね」
 夕食は地元和牛の陶板焼きをメインとした会席料理だった。斗真君が「菜々子さん、これ美味しいです!」って笑顔で報告してくれるのがたまらなく可愛くて、正直食事どころの騒ぎではなかった。
「美味しかったですね!」
 部屋に戻ってきて腰を下ろした斗真君が言った。
「そうだね」
 それよりも斗真君の反応が『ごちそうさまです』って感じだけど。私は自分のボストンバッグを開けた。
「あ、菜々子さん、お風呂入ります!?」
「うん、入ろうかな」
「す、すぐに出て行きますね!」
 そう言って斗真君は部屋を飛び出していった。そんなに急いで出て行くことないのにな。
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