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第十二話 突然の選択
王宮は、国の中核なだけあって、沢山の兵士が門の前に佇んでいる。普段は絶対に近づくところではない。
フィオナは半分疑心を抱きながらセディルの後ろをついて歩いていると、門の前にいる兵士がセディルに頭を下げて、何も言わずとも門が勝手に開かれる。
フィオナはどうしても気になっていることをセディルに質問した。
「セディル様は、何者なんですか?」
「俺は、第一王子の護衛騎士ですよ」
「護衛騎士様……初めてお会いした時は、演技だったんですね」
「……」
セディルは周囲に人がいないことを確認すると、フィオナの耳元に顔を近づけた。
「王子の護衛の立場で、あんな喋り方できるわけないでしょ?」
「ああ、そっちが演技なんですね」
「そういうこと」
広大で、格式がある王宮内。あれ以降セディルは必要以上の説明をせず、ただ淡々と歩を進めている。その背中からは、先ほど見せていた軽さは完全に消えていた。
やがて、扉の前で足が止まる。
「こちらです」
重厚な扉が開き、フィオナは一歩、室内へ足を踏み入れた。
そこにいたのは――
「……レオン、さん?」
どこか似ているような雰囲気で、思わず口をついて出た名に、青年は一瞬だけ目を細めた。
「ここでは、アレクシスと呼んでほしい」
外套はなく、王族の正装を身に纏ったその姿は、文庫館で見知った“レオン”とはまるで別人だった。それでも、声と視線だけは変わらない。
「どうして、髪の毛が……」
レオンと比べて明らかに長い髪の毛に視線をやると、アレクシスは自分の毛先を持つ。
「ああ、あの外套には変装の魔法がかけられているんです」
「そう、なんですね」
長髪が開いた窓の風に靡いて、つい見惚れてしまう。そんなフィオナの意識は、アレクシスの言葉で戻ってくる。
「突然呼び立ててしまって、申し訳ない」
「いえ」
フィオナは一礼し、言葉を選ぶ。
「どうしてわたしが呼び出されたのでしょうか?」
アレクシスは短く頷いた。
「君の処遇について、話をしたい」
その一言で、フィオナは察した。
アレクシスは解雇の噂を耳にしたのだと。
(だけど、アレクシス様には関係がない話よね?)
「フィオナさん、貴女は近々解雇されるのだと風の噂で耳にしました。だが、私はそれを是とは思わない」
灰青色の瞳から放たれる視線が、真正面から向けられる。
「貴女の仕事ぶりは、何度も見てきた。蔵書の扱い方、記録の精度、そして魔導書に対する理解度と応用度。どれも、王宮の文書管理に欠けているものだ」
フィオナは、黙って聞いていた。評価の言葉に、浮かれる気持ちはない。ただ、アレクシスがそんなことを思っていたことに意外だった。
「そこで、提案がある」
一拍置いて、アレクシスは告げる。
「王宮付き司書――正式には、王立文書管理官補佐として、ここで働かないか」
フィオナは唾の飲み、空気がわずかに張り詰めた。
「……司書、ですか」
「蔵書の管理、整理、閲覧記録の統括。君が今までやってきたことと、大きくは変わらないですね」
ただし、と続ける。
「仕事場は王宮に変わってしまう」
フィオナは視線を落とした。
王宮。権力の中心。人の思惑が渦巻く場所。自分が最も距離を置いてきた世界。
そしてフィオナが好きなのは、あの静かで穏やかな空気で過ごせるあの文庫館なのだ。
「私には、過ぎた役目かと」
正直な言葉だった。
アレクシスは、即座に否定しない。
「強制するつもりはない」
それは、文庫館でセディルに言った通りの言葉だ。
「だが、貴女が行き場を失うことも、君の能力が埋もれることも、私は看過できないんです」
少しだけ、声音が柔らぐ。
「選ぶのはフィオナさんだ。今日、ここで答えを出さなくてもいいです」
沈黙が落ちる。フィオナは、ゆっくりと顔を上げた。
「一つだけ、確認させてください」
「何でしょうか」
「私は、王族に仕える人間になりますか。」
フィオナは、本が大好きだった。
だから司書だなんだと言いながら、王宮務めとして、王族に仕えることは嫌で嫌で仕方がない。
その問いに、アレクシスは微かに笑った。
「そんなことはしない。貴女は今まで通り、本に囲まれるのが務めになります」
即答だった。
「貴女には、人ではなく、本を見てほしい。私が欲しいのは、忠臣ではないのです」
フィオナは、目を伏せる。
静かな文庫館。埃の匂い。紙を繰る音。
それとは違うが、ここにも確かに“本の居場所”はある。
「……少し、考えさせてください」
「もちろん」
アレクシスは頷いた。
「答えがどうであれ、貴女の選択は尊重しますよ」
フィオナは深く一礼し、部屋を後にした。
扉が閉まった後、セディルがぽつりと呟く。
「ちなみにさ、フィオナが断ったらどうする?」
「……いいと言うまで、説得するだけだ」
「えー?やっぱ強制なんだ。アレクシスが一言あの文庫館に言えばいいんじゃないの?」
「そうしてしまえば、あの文庫館は国の管轄となり、本格的にフィオナさんが働けないだろ。私が出した最適解がこれだったんだ」
最適解ね、とセディルは閉まった扉に目を向けた。
フィオナは半分疑心を抱きながらセディルの後ろをついて歩いていると、門の前にいる兵士がセディルに頭を下げて、何も言わずとも門が勝手に開かれる。
フィオナはどうしても気になっていることをセディルに質問した。
「セディル様は、何者なんですか?」
「俺は、第一王子の護衛騎士ですよ」
「護衛騎士様……初めてお会いした時は、演技だったんですね」
「……」
セディルは周囲に人がいないことを確認すると、フィオナの耳元に顔を近づけた。
「王子の護衛の立場で、あんな喋り方できるわけないでしょ?」
「ああ、そっちが演技なんですね」
「そういうこと」
広大で、格式がある王宮内。あれ以降セディルは必要以上の説明をせず、ただ淡々と歩を進めている。その背中からは、先ほど見せていた軽さは完全に消えていた。
やがて、扉の前で足が止まる。
「こちらです」
重厚な扉が開き、フィオナは一歩、室内へ足を踏み入れた。
そこにいたのは――
「……レオン、さん?」
どこか似ているような雰囲気で、思わず口をついて出た名に、青年は一瞬だけ目を細めた。
「ここでは、アレクシスと呼んでほしい」
外套はなく、王族の正装を身に纏ったその姿は、文庫館で見知った“レオン”とはまるで別人だった。それでも、声と視線だけは変わらない。
「どうして、髪の毛が……」
レオンと比べて明らかに長い髪の毛に視線をやると、アレクシスは自分の毛先を持つ。
「ああ、あの外套には変装の魔法がかけられているんです」
「そう、なんですね」
長髪が開いた窓の風に靡いて、つい見惚れてしまう。そんなフィオナの意識は、アレクシスの言葉で戻ってくる。
「突然呼び立ててしまって、申し訳ない」
「いえ」
フィオナは一礼し、言葉を選ぶ。
「どうしてわたしが呼び出されたのでしょうか?」
アレクシスは短く頷いた。
「君の処遇について、話をしたい」
その一言で、フィオナは察した。
アレクシスは解雇の噂を耳にしたのだと。
(だけど、アレクシス様には関係がない話よね?)
「フィオナさん、貴女は近々解雇されるのだと風の噂で耳にしました。だが、私はそれを是とは思わない」
灰青色の瞳から放たれる視線が、真正面から向けられる。
「貴女の仕事ぶりは、何度も見てきた。蔵書の扱い方、記録の精度、そして魔導書に対する理解度と応用度。どれも、王宮の文書管理に欠けているものだ」
フィオナは、黙って聞いていた。評価の言葉に、浮かれる気持ちはない。ただ、アレクシスがそんなことを思っていたことに意外だった。
「そこで、提案がある」
一拍置いて、アレクシスは告げる。
「王宮付き司書――正式には、王立文書管理官補佐として、ここで働かないか」
フィオナは唾の飲み、空気がわずかに張り詰めた。
「……司書、ですか」
「蔵書の管理、整理、閲覧記録の統括。君が今までやってきたことと、大きくは変わらないですね」
ただし、と続ける。
「仕事場は王宮に変わってしまう」
フィオナは視線を落とした。
王宮。権力の中心。人の思惑が渦巻く場所。自分が最も距離を置いてきた世界。
そしてフィオナが好きなのは、あの静かで穏やかな空気で過ごせるあの文庫館なのだ。
「私には、過ぎた役目かと」
正直な言葉だった。
アレクシスは、即座に否定しない。
「強制するつもりはない」
それは、文庫館でセディルに言った通りの言葉だ。
「だが、貴女が行き場を失うことも、君の能力が埋もれることも、私は看過できないんです」
少しだけ、声音が柔らぐ。
「選ぶのはフィオナさんだ。今日、ここで答えを出さなくてもいいです」
沈黙が落ちる。フィオナは、ゆっくりと顔を上げた。
「一つだけ、確認させてください」
「何でしょうか」
「私は、王族に仕える人間になりますか。」
フィオナは、本が大好きだった。
だから司書だなんだと言いながら、王宮務めとして、王族に仕えることは嫌で嫌で仕方がない。
その問いに、アレクシスは微かに笑った。
「そんなことはしない。貴女は今まで通り、本に囲まれるのが務めになります」
即答だった。
「貴女には、人ではなく、本を見てほしい。私が欲しいのは、忠臣ではないのです」
フィオナは、目を伏せる。
静かな文庫館。埃の匂い。紙を繰る音。
それとは違うが、ここにも確かに“本の居場所”はある。
「……少し、考えさせてください」
「もちろん」
アレクシスは頷いた。
「答えがどうであれ、貴女の選択は尊重しますよ」
フィオナは深く一礼し、部屋を後にした。
扉が閉まった後、セディルがぽつりと呟く。
「ちなみにさ、フィオナが断ったらどうする?」
「……いいと言うまで、説得するだけだ」
「えー?やっぱ強制なんだ。アレクシスが一言あの文庫館に言えばいいんじゃないの?」
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