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鏡の亜理砂▪その五 (邂逅)
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亜理砂 視点
次の日、ウォルフは冒険者組合には来なかった。
テーベの町の中を捜して回ったけど、やっぱり居ない。まさか町を出て行ったの?
「あの、ウォルフをお捜しですか?」
私が辺りを見回していると、黙って付いてきたマルリーサが私に聞いてきた。
「そうだね。ウォルフが気になるから……」
「…………」
だいたい貴女がウォルフの事、何も喋らないからなんだけどね。
▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩
ウォルフとの出会いは少し前。
アスタイト王国王都での事だった。
ロイドのマザコンに嫌気がさして、侯爵家を家出した事があった。
その時はまだロイドを信じてたから、お灸を据えるつもりの家出だったんだけど、そしたらロイドのヤツ、あたしに侯爵家の私兵を差し向けて連れ戻そうとしたんだ。
はあ?連れ戻すなら本人が来るべきじゃない、ふざけんな!
完全にロイドに信頼を無くした、あたしは当然、本格的に逃げ出した。
日本に帰るつもりで魔塔に行ったけど、帰還の鍵のネックレスは、ロイドに隠されて帰れない。
途方に暮れたあたしは、侯爵家の私兵を避けて逃げ回り、いつの間にか王都外の先に来ていた。
すでに日は沈んで、先ほどから雨。
そして目の前には見知らぬテント村。
何故か王国軍が警備する中、こっそりとソコに逃げ込んだ。
ザーザーザーザーザーザーザーザーッ
ばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃっ
「いたか?」
「いや、もっと平民街の方かも……」
「この先は……………」
「………………」
「…………」
ザザッ
「はあはあはあ、な、何とか撒けた、かな」
土砂降りの雨の中。
テントの陰に隠れたあたしは、そのお陰もあって侯爵家の私兵の追跡を巻く事に成功したみたいだ。
だけど両手を見て、僅かに震えている事に気づく。
着ている白ワンピースは雨と泥で灰色。
冷たい雨の中、このままでは風邪になっちゃう。
ふと見ると、先のテントに明かりがある。
「仕方ない。ちょっとだけ、雨を凌がせて貰おう」
ばしゃばしゃっ
ガサッ
「御免下さ~い。ちょっと雨宿りさせて下さいっと?」
あたしはテントの入り口、天幕の隙間から中に入った。
良かった、外より暖かい。
グルルルッ
「は!?」
突然の獣のような唸り声?
辺りを見回せば包帯を巻いた人達が雑魚寝。
よく見れば、その人達の頭に動物のような耳、そしてお尻からフサフサのシッポが見える?
「これって、獣人……?」
飛び込んだ先は、傷ついた獣人達が集められた場所。
簡易医療テントだった。
ギロッ
薪ストーブの明かりの中、彼らの瞳がギラギラと、あたしに注がれる。
不味い、何か言わないと……!
「あ、すみません。ちょっと雨宿りで……?」
よく目を凝らせば、殆んど毛むくじゃらの塊があちこちに転がり、あたしは完全にお邪魔虫。とんでもないところに紛れ込んでしまったようだ。
「誰だ?!」
「!」
バサッ「?!」
慌てて元来た入り口から出て行こうとすると、テント奥から声をかけられ、入り口側の天幕が降ろされてしまった。
え?これってテント内に閉じ込められた?
ガシャッ、ガチャリッ、ガチャリ、ガチャリ
「…………わ、わっ!?」
奥から現れたのは、三メートルはある銀色の毛むくじゃら。
下半身だけ鎧?ズボン?を履いた人の形。
頭は犬?狼?
これって、獣が立って歩いてるの?
ええーっ?!
のそりっ
「お前は何だ?」
「あ、アンタは何だ?!」
「聞いてるのは我だ。質問で返すな!」
「………ゴメンっ」
焦った、あたしは質問で返してた。
叱られて、おもいっきり頭を下げて謝る。
そりゃそうだ。
不法侵入して何者か聞かれるのは当たり前だよ。コッチが悪いのは歴然だもん。
「簡単に謝るな。……調子が狂う」
「あはは、だって悪いのはコッチだから」
「お前、我が怖くないのか?」
「怖く?はないかな」
この言葉に、銀色毛むくじゃらが首を捻る。
え、なんで??
変な事、言ってないよね?
「何故、怖くないのだ?」
「別に?強いて言えば、アナタが昔飼ってたハスキー犬に似てるから、かな」
「ハスキーとは何だ?」
「犬のペット、家で飼ってたんだ。可愛かったなあ」
「我は犬じゃない。銀狼獣人だ」
「銀狼?オオカミの人って事なのかな」
「オオカミじゃ……まあいい」
「何か、諦めてる?」
「……………そのハスキーは今は」
「あたしが小学生の時に死んじゃった。交通事故でね……悲しかったなあ」
「死っ。すまん。聞くべきではなかった」
「何で、アナタが謝るの?」
「お前に悲しい事を思い出させた」
「……昔の事だよ」
「だが、今も悲しいのだろう」
「………まる」
「マル?」
「ハスキー犬の名前、まるっていうんだ」
「いい名前だ」
「……有り難う。アンタ、いい人だね」
「いい人……我がか?」
「うん、それに、まる、みたいにモコモコ」
「モコモコ……我に触っているのか?」
「あ、ゴメン。つい、触っちゃった」
「…………!」
「ほんと、ゴメン。悪かったよ」
くんっ
「あ、臭かった?ゴメっ」
「まさか……?!」
「え?」
ガバッ
「い、痛!?」
オオカミの人と話し込んじゃってたら、急に両肩を捕まれて!ええーっ??
しかも身体の臭いを嗅いでる~っ!???
「な、何を!?あ、臭い?このワンピース、汚れてるから」
「………………っ」
ワンコ、もといオオカミ顔で眉間にシワ?
悩んでるみたい?
「あの?」
「何故だ、何故………今なんだ……」
「えっ???」
急にオオカミの人の雰囲気が変わった?!
何か、後悔してるみたいな………
「……何で入ってきた?」
「お、追われてて逃げ込んじゃった。直ぐに出て行くね」
「……追われてる?む?!」
「あ、大丈夫。イザとなったらベンツェン将軍に保護して貰うから」
「将軍、アスタイト軍の将軍か?」
「あたし、軍を勝利に導いた英雄なのよ」
「英雄、だと?」
「ほら」ボッ
「な、火だと?!」
あたしは指先に小さく火を出して見せた。
目を見開いて驚くオオカミの人。
普通は秘密なんだけど、この人には伝えておきたくなったから。
理由はわからない。
でも話している内、このオオカミの人に隠し事はしたくないって思っちゃった。
何でだろ?
「火の魔法使い!なら、お前が我らを救ったのか!?」
「え、救った??」
「炎の壁だ……違うのか?」
「…………ガルダの小部隊!?」
「そうだ!我らはガルダの獣人奴隷部隊だった。今はアスタイトに降伏して沙汰待ちだ」
「自害しなかったんだ、良かった」
「自害だと?」
「ガルダ兵は忠誠心が強いから捕虜になると自害する人もいるって……」
「我らは兵になる事を強要されただけ。故郷を人質にとられてな」
「………何か、ゴメン」
「だから何故、お前が謝る?」
「何か、怒っているみたいだから」
「これは怒りではない。喜びと悲しみ、そして不安だ」
「不安!?何故??」
「我らは沙汰待ちと言った。アスタイト王国の沙汰待ちだと」
「うん」
「敵対した我らだ。どんな理由があろうと、戦場捕虜は極刑、よくて強制労働奴隷のいずれかだ。我は構わぬが、部下にそれを強いるのは辛い」
「な、そんな事にはならないよ!仮にそうだとしても、あたしが何とかする。皆、普通の生活に戻れるように将軍に直談判する。なんせ、あたしは英雄だから。将軍も、あたしの言う事は聞いてくれるはずだよ!!」
「…………そうか」
何だろう。
最初は少し怖いと思った彼の目。
それが今はとても優しく見え、その瞳から目が離せない。
「やっと、やっと見つけたのだ。これからも共に……」
「え、何?何か言って??」
彼の大きな肉球が、あたしの濡れた髪を慈しむように撫でる???
ちょっ、急に恥ずかしい思いが溢れてきて、思わず後ずさりしちゃった。
だって、今のあたしは濡れ鼠。
臭いしどろどろのワンピースだ。
ざわざわざわっ
急にテントの外が騒がしくなる。
隙間から光が入り、いつの間にか朝日が登っている様だ。
「あ、朝になっちゃった。あたし、もう行くね」
「行くっ、何処に行く?」
「さっき言った通り、将軍に保護して貰う。大丈夫よ。ここの王妃様とも知り合いで同郷だから」
「…………また、会える、か」
「え?」
「いや、行くがいい」
「うん、あ、そうだ。名前!アナタの名前は?」
「ウォルフだ」
「ウォルフ、ウォルフ、カッコいい名前だね。あたしは亜理砂よ」
「アリサ」
「じゃあね、ウォルフ」
これがウォルフとの最初の出会い。
こうして獣人のテント村を後にしたんだけど、他で聞いたら彼は捕虜になった獣人部隊の隊長だったらしく、だからこそ部下の行く末まで気に掛けていた様だ。
テント村を後にした、あたし。
すぐにテント村を包囲してる兵士に保護を求め、将軍に面談。
事情を知った将軍は、あたしの戦勝パーティー出席の手筈を整えてくれて、英雄として披露すると言ってくれた。
後は知っての通り、王様からご褒美としてロイドとの婚約破棄を認め、冒険者になる自由を貰ったというわけ。
勿論、ウォルフ達の罪の軽減をお願いした。
◆
それで晴れてお城を出たら、ベンツェン将軍から必要な物が揃うまで将軍宅に住み込むようにって言われてラッキーって転がりこんだ。
何しろ、着の身着のままで侯爵家を家出したから、持ってたのは汚いワンピースのみ。
戦勝パーティーのドレスも将軍宅で借りた物だから、ほんと助かった。
イケオジで気前がいい将軍。
惚れてまうがな。
おっと、奥さん居るんだった。
そんでしばらくお世話になったんだけど、冒険者に必要な衣類や道具が判らない。
ちょうど執事さんが元冒険者だったから、途中から色々教えて貰えてえらい助かった。
しかも将軍の奥さんも優しくて、子供達も可愛くて、料理も美味しいし、ついつい長居しちゃう。
でも、ずっとお世話になっても仕方ないから、地方都市で冒険者になって働くって言って出てきちゃったんだ。
ほんとは、お腹のお肉が付いてヤバいからだけどね。
◆◇◇◇◇
こうして将軍宅を出たあたしは、王都を出る前にあのウォルフのいたテント村を訪ねる事にしたんだ。
気になってたからね。
そしたらテント村は無くなっていて、近くの人に聞いたら、恩赦が出て自由の身になったから、全員が地方都市に向かったらしいとの事だった。
地方都市……それを聞いた時、あたしの中にポッカリと穴が空いた気がした。
理由は判らないけど、ウォルフに会えなかった事が何だか辛かった。
それからは乗り合い馬車でテーベ町に向かい、冒険者登録をしたってわけ。
そして、組合のロビーでマルリーサに出会ったんだけど……………
「は?護衛って何よ、護衛って?!」
「私は貴女の護衛。だから危険からは離れて欲しいのです。冒険者は論外です」
「冒険者は止めるつもりは無いわ。護衛の理由を教えてよ」
「………秘密です」
「はあっ」
もちろん断ったよ。
突然、護衛って言って理由も判らない。
まさか王妃さまか、将軍さんからの依頼でマルリーサが受けてるなら、よけいに気まづいじゃない。
初対面の人間に上から言われたからって護衛に付かれても私、そんな偉い人間じゃないし、同世代みたいな女の子に護衛って言われてもねぇ?
嫌だよって押し問答したんだけど、結局マルリーサが勝手に付いて来る形で、なし崩しに押しきられたんだよね。
それで、今もマルリーサが付かず離れずに私に付いている訳。
それと将軍さんからの手紙で、ロイドのヤツがあたしをまだ諦めてない。
で、ロイドの目の届かないこの地方都市テーベで、やってみたかった冒険者登録をしたんだけど、ここからが不思議でさ。何故か、このテーベの冒険者組合にウォルフが登録していたんだよ。
意味分からん。
行き先は連絡してないし、マルリーサが連絡した様子もない。
マルリーサは偶然ですよって言ってたけど、なんか釈然としないんだよねぇ?
おまけに直ぐランカー1位になっているし、やたら森で出逢うし、まさか待ち伏せしてる訳でもないんだろうけど、よく分からん。
それで気になるからって、こっちから近寄ると居なくなるし、本当に何なのって感じ。
まあ私は、あまり気にしない質だから構わないけどさ。
それで今に至るってわけ。
▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩
「で?ランカー1位が行方不明で、ランカー3位の私達に依頼が回ってきたわけ?」
「まあ、そういうことだ。討伐対象は、オークの巣の討伐だ。近隣の村が一つ襲われ、村が全滅した。急を要する」
今、あたし達に話しをしているのは、冒険者組合のマスターでランカー2位、マスター▪ヨーデルだ。
ウォルフには敵わないけど、ランカー2位だけに、190はある背丈とその筋肉は凄いものがあるよ。
でも、普段は頭が鶴ハゲの気のいいおっさんなんだけどね。
ところでヨーデルさんは当たり前のように私達に言うけど、オークの巣なら最低でも10頭以上のオークが居ることになる。
私達はお互いに顔を見合わせて苦笑いだ。分かってるのかな、ヨーデルさん?
か弱い女性二人だけのパーティーにオークの巣の討伐なんて、本来は大変な事だって事。
そりゃあ、私達なら討伐出来るだろうけど、さすがにカッタルイよ。
そもそも、ランカー2位とランカー3位の間が、かなり開いてるんだから、ヨーデルさんが直接動いた方が早いと思うんだけどな。
「ヨーデルさん、なんで私達なの?出来なくはないけど、オークは私達女性には酷だよ」
あいつら、性的に女の子を狙ってくるから、正直、精神的ダメージがハンパない。
はっきり言って相手にしたくない相手だ。
それに下位ランカーでも、人数の多いパーティーメンバーであれば其なりに討伐出来る筈なんだけど。
「すまん。ウォルフが不在で処理されてない案件が増えてしまった。ゴブリンやオーガの群れが幾つか、別に発生している。殆んどの冒険者が出払っているんだ」
「ふーん、抜けたウォルフの穴は大きかったって事だね?」
「はぁ、そうは言ってくれるな。俺も反省はしてるんだ。だが、マスターである俺が、表立って冒険者同士のゴタゴタに首を突っ込む訳にもいかんのだ」
私が業とらしく言うと、ヨーデルさんは頭を掻きながら苦笑した。
まあ、そうだね。
冒険者組合は、冒険者同士のイザコザには中立が建前、どちらかの冒険者に肩入れは出来ない。余程どちらかが、一方的な暴力を振るうような状況でない限りね。
そうだ、確認しないと!
「ヨーデルさん、ウォルフは冒険者組合を脱退した訳ではないの?」
「いや、実は北部でビッグベアに襲われている町があって、彼にはそこに向かって貰ったんだ。町の人間の話しでは、ビッグベアは討伐されたとの事なんだが、此方に帰還する途中で行方不明になったらしい」
「まさか、何かの事故とか?」
「分からん。調べようがないんだ。まあ、ウォルフの実力なら大抵の荒事は問題ないはずなんだがな……」
私はマルリーサと見合わせたけど、特に良い案は浮かばなかった。
圧倒的戦闘力を持つウォルフが、何らかの不慮の事故に遇う事など想像も出来なかったからだ。
結局、モヤモヤしたまま、私達はオークの巣の討伐に向かう事になった。
次の日、ウォルフは冒険者組合には来なかった。
テーベの町の中を捜して回ったけど、やっぱり居ない。まさか町を出て行ったの?
「あの、ウォルフをお捜しですか?」
私が辺りを見回していると、黙って付いてきたマルリーサが私に聞いてきた。
「そうだね。ウォルフが気になるから……」
「…………」
だいたい貴女がウォルフの事、何も喋らないからなんだけどね。
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ウォルフとの出会いは少し前。
アスタイト王国王都での事だった。
ロイドのマザコンに嫌気がさして、侯爵家を家出した事があった。
その時はまだロイドを信じてたから、お灸を据えるつもりの家出だったんだけど、そしたらロイドのヤツ、あたしに侯爵家の私兵を差し向けて連れ戻そうとしたんだ。
はあ?連れ戻すなら本人が来るべきじゃない、ふざけんな!
完全にロイドに信頼を無くした、あたしは当然、本格的に逃げ出した。
日本に帰るつもりで魔塔に行ったけど、帰還の鍵のネックレスは、ロイドに隠されて帰れない。
途方に暮れたあたしは、侯爵家の私兵を避けて逃げ回り、いつの間にか王都外の先に来ていた。
すでに日は沈んで、先ほどから雨。
そして目の前には見知らぬテント村。
何故か王国軍が警備する中、こっそりとソコに逃げ込んだ。
ザーザーザーザーザーザーザーザーッ
ばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃっ
「いたか?」
「いや、もっと平民街の方かも……」
「この先は……………」
「………………」
「…………」
ザザッ
「はあはあはあ、な、何とか撒けた、かな」
土砂降りの雨の中。
テントの陰に隠れたあたしは、そのお陰もあって侯爵家の私兵の追跡を巻く事に成功したみたいだ。
だけど両手を見て、僅かに震えている事に気づく。
着ている白ワンピースは雨と泥で灰色。
冷たい雨の中、このままでは風邪になっちゃう。
ふと見ると、先のテントに明かりがある。
「仕方ない。ちょっとだけ、雨を凌がせて貰おう」
ばしゃばしゃっ
ガサッ
「御免下さ~い。ちょっと雨宿りさせて下さいっと?」
あたしはテントの入り口、天幕の隙間から中に入った。
良かった、外より暖かい。
グルルルッ
「は!?」
突然の獣のような唸り声?
辺りを見回せば包帯を巻いた人達が雑魚寝。
よく見れば、その人達の頭に動物のような耳、そしてお尻からフサフサのシッポが見える?
「これって、獣人……?」
飛び込んだ先は、傷ついた獣人達が集められた場所。
簡易医療テントだった。
ギロッ
薪ストーブの明かりの中、彼らの瞳がギラギラと、あたしに注がれる。
不味い、何か言わないと……!
「あ、すみません。ちょっと雨宿りで……?」
よく目を凝らせば、殆んど毛むくじゃらの塊があちこちに転がり、あたしは完全にお邪魔虫。とんでもないところに紛れ込んでしまったようだ。
「誰だ?!」
「!」
バサッ「?!」
慌てて元来た入り口から出て行こうとすると、テント奥から声をかけられ、入り口側の天幕が降ろされてしまった。
え?これってテント内に閉じ込められた?
ガシャッ、ガチャリッ、ガチャリ、ガチャリ
「…………わ、わっ!?」
奥から現れたのは、三メートルはある銀色の毛むくじゃら。
下半身だけ鎧?ズボン?を履いた人の形。
頭は犬?狼?
これって、獣が立って歩いてるの?
ええーっ?!
のそりっ
「お前は何だ?」
「あ、アンタは何だ?!」
「聞いてるのは我だ。質問で返すな!」
「………ゴメンっ」
焦った、あたしは質問で返してた。
叱られて、おもいっきり頭を下げて謝る。
そりゃそうだ。
不法侵入して何者か聞かれるのは当たり前だよ。コッチが悪いのは歴然だもん。
「簡単に謝るな。……調子が狂う」
「あはは、だって悪いのはコッチだから」
「お前、我が怖くないのか?」
「怖く?はないかな」
この言葉に、銀色毛むくじゃらが首を捻る。
え、なんで??
変な事、言ってないよね?
「何故、怖くないのだ?」
「別に?強いて言えば、アナタが昔飼ってたハスキー犬に似てるから、かな」
「ハスキーとは何だ?」
「犬のペット、家で飼ってたんだ。可愛かったなあ」
「我は犬じゃない。銀狼獣人だ」
「銀狼?オオカミの人って事なのかな」
「オオカミじゃ……まあいい」
「何か、諦めてる?」
「……………そのハスキーは今は」
「あたしが小学生の時に死んじゃった。交通事故でね……悲しかったなあ」
「死っ。すまん。聞くべきではなかった」
「何で、アナタが謝るの?」
「お前に悲しい事を思い出させた」
「……昔の事だよ」
「だが、今も悲しいのだろう」
「………まる」
「マル?」
「ハスキー犬の名前、まるっていうんだ」
「いい名前だ」
「……有り難う。アンタ、いい人だね」
「いい人……我がか?」
「うん、それに、まる、みたいにモコモコ」
「モコモコ……我に触っているのか?」
「あ、ゴメン。つい、触っちゃった」
「…………!」
「ほんと、ゴメン。悪かったよ」
くんっ
「あ、臭かった?ゴメっ」
「まさか……?!」
「え?」
ガバッ
「い、痛!?」
オオカミの人と話し込んじゃってたら、急に両肩を捕まれて!ええーっ??
しかも身体の臭いを嗅いでる~っ!???
「な、何を!?あ、臭い?このワンピース、汚れてるから」
「………………っ」
ワンコ、もといオオカミ顔で眉間にシワ?
悩んでるみたい?
「あの?」
「何故だ、何故………今なんだ……」
「えっ???」
急にオオカミの人の雰囲気が変わった?!
何か、後悔してるみたいな………
「……何で入ってきた?」
「お、追われてて逃げ込んじゃった。直ぐに出て行くね」
「……追われてる?む?!」
「あ、大丈夫。イザとなったらベンツェン将軍に保護して貰うから」
「将軍、アスタイト軍の将軍か?」
「あたし、軍を勝利に導いた英雄なのよ」
「英雄、だと?」
「ほら」ボッ
「な、火だと?!」
あたしは指先に小さく火を出して見せた。
目を見開いて驚くオオカミの人。
普通は秘密なんだけど、この人には伝えておきたくなったから。
理由はわからない。
でも話している内、このオオカミの人に隠し事はしたくないって思っちゃった。
何でだろ?
「火の魔法使い!なら、お前が我らを救ったのか!?」
「え、救った??」
「炎の壁だ……違うのか?」
「…………ガルダの小部隊!?」
「そうだ!我らはガルダの獣人奴隷部隊だった。今はアスタイトに降伏して沙汰待ちだ」
「自害しなかったんだ、良かった」
「自害だと?」
「ガルダ兵は忠誠心が強いから捕虜になると自害する人もいるって……」
「我らは兵になる事を強要されただけ。故郷を人質にとられてな」
「………何か、ゴメン」
「だから何故、お前が謝る?」
「何か、怒っているみたいだから」
「これは怒りではない。喜びと悲しみ、そして不安だ」
「不安!?何故??」
「我らは沙汰待ちと言った。アスタイト王国の沙汰待ちだと」
「うん」
「敵対した我らだ。どんな理由があろうと、戦場捕虜は極刑、よくて強制労働奴隷のいずれかだ。我は構わぬが、部下にそれを強いるのは辛い」
「な、そんな事にはならないよ!仮にそうだとしても、あたしが何とかする。皆、普通の生活に戻れるように将軍に直談判する。なんせ、あたしは英雄だから。将軍も、あたしの言う事は聞いてくれるはずだよ!!」
「…………そうか」
何だろう。
最初は少し怖いと思った彼の目。
それが今はとても優しく見え、その瞳から目が離せない。
「やっと、やっと見つけたのだ。これからも共に……」
「え、何?何か言って??」
彼の大きな肉球が、あたしの濡れた髪を慈しむように撫でる???
ちょっ、急に恥ずかしい思いが溢れてきて、思わず後ずさりしちゃった。
だって、今のあたしは濡れ鼠。
臭いしどろどろのワンピースだ。
ざわざわざわっ
急にテントの外が騒がしくなる。
隙間から光が入り、いつの間にか朝日が登っている様だ。
「あ、朝になっちゃった。あたし、もう行くね」
「行くっ、何処に行く?」
「さっき言った通り、将軍に保護して貰う。大丈夫よ。ここの王妃様とも知り合いで同郷だから」
「…………また、会える、か」
「え?」
「いや、行くがいい」
「うん、あ、そうだ。名前!アナタの名前は?」
「ウォルフだ」
「ウォルフ、ウォルフ、カッコいい名前だね。あたしは亜理砂よ」
「アリサ」
「じゃあね、ウォルフ」
これがウォルフとの最初の出会い。
こうして獣人のテント村を後にしたんだけど、他で聞いたら彼は捕虜になった獣人部隊の隊長だったらしく、だからこそ部下の行く末まで気に掛けていた様だ。
テント村を後にした、あたし。
すぐにテント村を包囲してる兵士に保護を求め、将軍に面談。
事情を知った将軍は、あたしの戦勝パーティー出席の手筈を整えてくれて、英雄として披露すると言ってくれた。
後は知っての通り、王様からご褒美としてロイドとの婚約破棄を認め、冒険者になる自由を貰ったというわけ。
勿論、ウォルフ達の罪の軽減をお願いした。
◆
それで晴れてお城を出たら、ベンツェン将軍から必要な物が揃うまで将軍宅に住み込むようにって言われてラッキーって転がりこんだ。
何しろ、着の身着のままで侯爵家を家出したから、持ってたのは汚いワンピースのみ。
戦勝パーティーのドレスも将軍宅で借りた物だから、ほんと助かった。
イケオジで気前がいい将軍。
惚れてまうがな。
おっと、奥さん居るんだった。
そんでしばらくお世話になったんだけど、冒険者に必要な衣類や道具が判らない。
ちょうど執事さんが元冒険者だったから、途中から色々教えて貰えてえらい助かった。
しかも将軍の奥さんも優しくて、子供達も可愛くて、料理も美味しいし、ついつい長居しちゃう。
でも、ずっとお世話になっても仕方ないから、地方都市で冒険者になって働くって言って出てきちゃったんだ。
ほんとは、お腹のお肉が付いてヤバいからだけどね。
◆◇◇◇◇
こうして将軍宅を出たあたしは、王都を出る前にあのウォルフのいたテント村を訪ねる事にしたんだ。
気になってたからね。
そしたらテント村は無くなっていて、近くの人に聞いたら、恩赦が出て自由の身になったから、全員が地方都市に向かったらしいとの事だった。
地方都市……それを聞いた時、あたしの中にポッカリと穴が空いた気がした。
理由は判らないけど、ウォルフに会えなかった事が何だか辛かった。
それからは乗り合い馬車でテーベ町に向かい、冒険者登録をしたってわけ。
そして、組合のロビーでマルリーサに出会ったんだけど……………
「は?護衛って何よ、護衛って?!」
「私は貴女の護衛。だから危険からは離れて欲しいのです。冒険者は論外です」
「冒険者は止めるつもりは無いわ。護衛の理由を教えてよ」
「………秘密です」
「はあっ」
もちろん断ったよ。
突然、護衛って言って理由も判らない。
まさか王妃さまか、将軍さんからの依頼でマルリーサが受けてるなら、よけいに気まづいじゃない。
初対面の人間に上から言われたからって護衛に付かれても私、そんな偉い人間じゃないし、同世代みたいな女の子に護衛って言われてもねぇ?
嫌だよって押し問答したんだけど、結局マルリーサが勝手に付いて来る形で、なし崩しに押しきられたんだよね。
それで、今もマルリーサが付かず離れずに私に付いている訳。
それと将軍さんからの手紙で、ロイドのヤツがあたしをまだ諦めてない。
で、ロイドの目の届かないこの地方都市テーベで、やってみたかった冒険者登録をしたんだけど、ここからが不思議でさ。何故か、このテーベの冒険者組合にウォルフが登録していたんだよ。
意味分からん。
行き先は連絡してないし、マルリーサが連絡した様子もない。
マルリーサは偶然ですよって言ってたけど、なんか釈然としないんだよねぇ?
おまけに直ぐランカー1位になっているし、やたら森で出逢うし、まさか待ち伏せしてる訳でもないんだろうけど、よく分からん。
それで気になるからって、こっちから近寄ると居なくなるし、本当に何なのって感じ。
まあ私は、あまり気にしない質だから構わないけどさ。
それで今に至るってわけ。
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「で?ランカー1位が行方不明で、ランカー3位の私達に依頼が回ってきたわけ?」
「まあ、そういうことだ。討伐対象は、オークの巣の討伐だ。近隣の村が一つ襲われ、村が全滅した。急を要する」
今、あたし達に話しをしているのは、冒険者組合のマスターでランカー2位、マスター▪ヨーデルだ。
ウォルフには敵わないけど、ランカー2位だけに、190はある背丈とその筋肉は凄いものがあるよ。
でも、普段は頭が鶴ハゲの気のいいおっさんなんだけどね。
ところでヨーデルさんは当たり前のように私達に言うけど、オークの巣なら最低でも10頭以上のオークが居ることになる。
私達はお互いに顔を見合わせて苦笑いだ。分かってるのかな、ヨーデルさん?
か弱い女性二人だけのパーティーにオークの巣の討伐なんて、本来は大変な事だって事。
そりゃあ、私達なら討伐出来るだろうけど、さすがにカッタルイよ。
そもそも、ランカー2位とランカー3位の間が、かなり開いてるんだから、ヨーデルさんが直接動いた方が早いと思うんだけどな。
「ヨーデルさん、なんで私達なの?出来なくはないけど、オークは私達女性には酷だよ」
あいつら、性的に女の子を狙ってくるから、正直、精神的ダメージがハンパない。
はっきり言って相手にしたくない相手だ。
それに下位ランカーでも、人数の多いパーティーメンバーであれば其なりに討伐出来る筈なんだけど。
「すまん。ウォルフが不在で処理されてない案件が増えてしまった。ゴブリンやオーガの群れが幾つか、別に発生している。殆んどの冒険者が出払っているんだ」
「ふーん、抜けたウォルフの穴は大きかったって事だね?」
「はぁ、そうは言ってくれるな。俺も反省はしてるんだ。だが、マスターである俺が、表立って冒険者同士のゴタゴタに首を突っ込む訳にもいかんのだ」
私が業とらしく言うと、ヨーデルさんは頭を掻きながら苦笑した。
まあ、そうだね。
冒険者組合は、冒険者同士のイザコザには中立が建前、どちらかの冒険者に肩入れは出来ない。余程どちらかが、一方的な暴力を振るうような状況でない限りね。
そうだ、確認しないと!
「ヨーデルさん、ウォルフは冒険者組合を脱退した訳ではないの?」
「いや、実は北部でビッグベアに襲われている町があって、彼にはそこに向かって貰ったんだ。町の人間の話しでは、ビッグベアは討伐されたとの事なんだが、此方に帰還する途中で行方不明になったらしい」
「まさか、何かの事故とか?」
「分からん。調べようがないんだ。まあ、ウォルフの実力なら大抵の荒事は問題ないはずなんだがな……」
私はマルリーサと見合わせたけど、特に良い案は浮かばなかった。
圧倒的戦闘力を持つウォルフが、何らかの不慮の事故に遇う事など想像も出来なかったからだ。
結局、モヤモヤしたまま、私達はオークの巣の討伐に向かう事になった。
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