年増令嬢と記憶喪失

くきの助

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何もかもやりなおし

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目を開けるとすぐそばに端正なお顔が目の前にあった。
まぶたと長いまつ毛がオニキスの瞳を隠している。

少し見慣れない寝室は本邸の仮の部屋ではもう無い。

そうだったわ。


何もかもやり直したいと言ったエリック様により本邸から離れの夫婦の寝室に移ったのだ。

初夜のあの時以来の寝室に戻ると夢から醒めるのではないかと思ったものの、躊躇する間もなくあっさり抱き上げられ連れて行かれた。
相変わらず「駄目か?」と言われればあっさり了承してしまう自分にも呆れたが、夫婦の寝室に移ること自体何の問題もない。


薄暗い室内にまだ真夜中だろうと確認したく身じろぎをするも、私に巻きついているエリック様の腕がそれを許さない。

不自由なはずなのに口元に笑みが浮かぶ。
絡み付く腕に唇を寄せると太陽の匂いがした。

部屋はまだ残滓のように生ぬるい空気が漂っている。
逞しい腕に私を抱き、見つめる眼差しは瞬きさえ熱く、何度も何度も蕩けそうになった。


軽々と私を抱き上げる鍛えられた逞しいこの腕が好きだ。

そっと彼の胸に顔を寄せると温もりを感じる。

居心地の良さに、ふう、と一息つくと、またうとうとする。
心臓の音がトクトクと聞こえる。
トクトクと……

ドッドッド

あら……?

ドゴドゴドゴドゴドゴ

ええ!?

弾けるようにエリック様の顔を見上げると何かを堪えるように私を見下ろしていた。

「起きていたのですか?」

「眠るわけない。」

最初から起きていたのね……

「勿体無くて眠れない。だからあまり可愛いことをしないでくれ……ますます眠れなくなる。」

ぎゅうと抱き寄せられるとすぐ2人の体温が交じり合う。

「ただでさえ昼間は姉上にも母上にもこっぴどく叱られているんだ。ローズが死にそうになるくらい求めるなって。」

ぼやくように言う。

そういえば……ベッドに詰め込まれた私のところにリタが来て「エリックにはしっかり言い聞かせたから」と言っていたわね。あまり気にしなかったけれども。

「夫人にも言われたのですか。」

クスクス笑うとムッとしたような声が降ってきた。

「そうだよ。だから色々我慢しているんだ。」

抱き寄せられた腕が緩んだので、顔を上げるとエリック様はそっぽ向いていた。
いつも上がっている前髪が下りていて少し幼く見える。
思わず手を伸ばし前髪に撫でるように触れると視線が戻ってくる。
見つめ合うと自然と頬が緩む。
エリック様に前髪に触れている手を掴まれると、指先に口付けを落とされる。

「なあ…ローズ……あのさ……」

なにやら言い淀む。
どうしたのかしら……
じいと見つめると黒い瞳に熱がこもる。

「……いいかな……もう一回……」

フフッ

機会を伺うように何かを言いたいような顔をしていると思ったら、そんな事が言いたかったのね。

呆れる前に笑ってしまった私を見てパッと顔を明るくする。
色良い返事が貰えると思ったのだろうか。

「エリック様、口付けてくださいませ。」

「え?……え?……ええ?!」

エリック様は驚愕に顔をのけ反らせると、顔を赤くした。

そんなに恥ずかしい事を言ったかしら?
エリック様のお願いの方が余程恥ずかしいと思うのだけれど……

戸惑った顔を見せながらもおずおずというように唇を重ねる。
何度も落ちてくる唇が気持ち良く……

「え?嘘だろ、ローズ?!」

驚いたようなエリック様の声が聞こえる。

生殺しだ!

そう聞こえたのは、夢か現かもうわからない。
切羽詰まったような声とは裏腹に私は幸せな気持ちで眠りに落ちていった。
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