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第7話「なでなでされたいぽんこつと、刺されたい宰相候補」
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「……イツキ様、また今日も遅いですね」
「政務の仕事って、そんなに忙しいんでしょうか」
メイド三人衆がぽそぽそと談話室でお茶をつつく横で、ノアは玄関の柱の陰に、ちょこんと座っていた。
視線はじっと扉の方へ。
手のひらの上には、イツキが忘れていった飴が一粒。
(今日は、なでてもらえるかな……)
ほんのり笑っているようで、どこか寂しそうなその姿に、ミーナがこっそり耳打ちする。
「……完全に“帰りを待つ猫”だよね」
「撫で待ちのポーズ完成してんじゃん……」
「……本人は自覚なさそうだがな」
⸻
扉がカチャ、と音を立てて開いたのは、それからさらに一時間後のことだった。
「ただいま」
「――っ!」
ノアが立ち上がりすぎて、スリッパで滑ってそのまま玄関マットに顔から突っ込んだ。
「おかえりなさいませぇええっ!!」
「……あーあ、またやったのね」
イツキはブーツを脱ぎながら、崩れ落ちたノアを見下ろす。
「ごめんなさいっ、でもずっと待ってたんですっ……!」
ばたばたと手をばたつかせるノアを、イツキはそのまま軽く無言で頭を押さえ――
「……ほんとにぽんこつ」
ごしごしと、頭を撫でまわした。
「ひゃ……!? な、なでられてますっ……!」
ノアの顔が見る間に真っ赤になり、手足が小刻みに震える。
「は、はいっ……ありがとうございます……っ!!」
「お礼言うようなことじゃないでしょう、これ」
呆れ顔のイツキだったが、どこか柔らかく笑っていた。
⸻
翌日。王城、政務会議の場。
イツキは淡々と次々と問題点を指摘し、二つの派閥の対立を数行の提案で丸く収めた。
書記が慌ててペンを走らせる中、レオン・アルミステッドは静かに彼女を見つめていた。
(……やっぱり、只者じゃない)
会議が終わる頃、レオンは席を立ち、イツキの横へと歩み寄る。
「……君の働き、非常に有用だった。今後も協力を願いたい」
イツキは資料を束ねながら、あっさりと答えた。
「条件次第では」
レオンはその一言に、思わず息を止めた。
「……その言い方、好きだ」
その言葉に、イツキはふっと笑った。
ちょっとだけ意地悪そうな、勝ち気な笑顔。
(……当然でしょ、って顔)
レオンは内心、拳を握った。
(……殺す気か。いや、刺されるなら本望だ)
⸻
その夜。
イツキが書斎で資料をまとめていると、部屋の隅で毛布にくるまったノアが小さく丸まっていた。
「……寝てるの?」
そっと近づいて、ノアの頬に触れる。
「ごしゅじんさま……おしごと、すき……」
うわごとのような寝言に、イツキはくすっと笑い、静かに頭を撫でた。
「……あんたは、ぽんこつだけど。……まあ、かわいい猫くらいにはなってきたわね」
⸻
翌朝。
ノアが朝食の配膳を運びながら、イツキの前でちょこんと頭を差し出した。
「……あの、きょうも、なでていただけると……うれしい、です……」
「……は?なに言ってんの」
そう言いながらも、スプーンの背で、こつんと額にタッチするイツキ。
ノアはぽわぁと顔を染めて、胸を押さえながらつぶやいた。
「……撫でられた……(うれしい)」
「政務の仕事って、そんなに忙しいんでしょうか」
メイド三人衆がぽそぽそと談話室でお茶をつつく横で、ノアは玄関の柱の陰に、ちょこんと座っていた。
視線はじっと扉の方へ。
手のひらの上には、イツキが忘れていった飴が一粒。
(今日は、なでてもらえるかな……)
ほんのり笑っているようで、どこか寂しそうなその姿に、ミーナがこっそり耳打ちする。
「……完全に“帰りを待つ猫”だよね」
「撫で待ちのポーズ完成してんじゃん……」
「……本人は自覚なさそうだがな」
⸻
扉がカチャ、と音を立てて開いたのは、それからさらに一時間後のことだった。
「ただいま」
「――っ!」
ノアが立ち上がりすぎて、スリッパで滑ってそのまま玄関マットに顔から突っ込んだ。
「おかえりなさいませぇええっ!!」
「……あーあ、またやったのね」
イツキはブーツを脱ぎながら、崩れ落ちたノアを見下ろす。
「ごめんなさいっ、でもずっと待ってたんですっ……!」
ばたばたと手をばたつかせるノアを、イツキはそのまま軽く無言で頭を押さえ――
「……ほんとにぽんこつ」
ごしごしと、頭を撫でまわした。
「ひゃ……!? な、なでられてますっ……!」
ノアの顔が見る間に真っ赤になり、手足が小刻みに震える。
「は、はいっ……ありがとうございます……っ!!」
「お礼言うようなことじゃないでしょう、これ」
呆れ顔のイツキだったが、どこか柔らかく笑っていた。
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翌日。王城、政務会議の場。
イツキは淡々と次々と問題点を指摘し、二つの派閥の対立を数行の提案で丸く収めた。
書記が慌ててペンを走らせる中、レオン・アルミステッドは静かに彼女を見つめていた。
(……やっぱり、只者じゃない)
会議が終わる頃、レオンは席を立ち、イツキの横へと歩み寄る。
「……君の働き、非常に有用だった。今後も協力を願いたい」
イツキは資料を束ねながら、あっさりと答えた。
「条件次第では」
レオンはその一言に、思わず息を止めた。
「……その言い方、好きだ」
その言葉に、イツキはふっと笑った。
ちょっとだけ意地悪そうな、勝ち気な笑顔。
(……当然でしょ、って顔)
レオンは内心、拳を握った。
(……殺す気か。いや、刺されるなら本望だ)
⸻
その夜。
イツキが書斎で資料をまとめていると、部屋の隅で毛布にくるまったノアが小さく丸まっていた。
「……寝てるの?」
そっと近づいて、ノアの頬に触れる。
「ごしゅじんさま……おしごと、すき……」
うわごとのような寝言に、イツキはくすっと笑い、静かに頭を撫でた。
「……あんたは、ぽんこつだけど。……まあ、かわいい猫くらいにはなってきたわね」
⸻
翌朝。
ノアが朝食の配膳を運びながら、イツキの前でちょこんと頭を差し出した。
「……あの、きょうも、なでていただけると……うれしい、です……」
「……は?なに言ってんの」
そう言いながらも、スプーンの背で、こつんと額にタッチするイツキ。
ノアはぽわぁと顔を染めて、胸を押さえながらつぶやいた。
「……撫でられた……(うれしい)」
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