【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。

かおり

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第9話「“撫でる”という特権を知ってしまった

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「よし……完璧です……!」

ノアは、イツキの屋敷で抱えるようにしてカバンを握りしめた。
中には、朝出かけたイツキが忘れていった大事な政務資料が入っている。

(絶対に、届けなきゃ……!)

ふわふわした髪、落ち着かない足取り、緊張した表情。

「いってきますっ!」と元気よく門を飛び出したその後ろ姿を、ミーナが心配そうに見送った。

「……あの子、地図持ったかな?」

「……王宮、迷わなきゃいいけどな……」



王宮の廊下。

ノアは、右に行くか左に行くかで、すでに5回目の往復をしていた。

「えーと、えーと……書類渡すだけなのに……」

あっちの部屋じゃなかった、こっちでもなかった。
警備の騎士たちに質問する勇気もなく、資料を抱えたままうろうろ。

そして――ようやく、見覚えのある後ろ姿を見つけた。

「ご、ご主人様ーっ!!」

バタバタと駆け寄ってきたノアの声に、イツキは振り返った。

「……え?」

「ご主人様っ、朝、これ忘れてましたっ!」

差し出された書類を受け取りながら、イツキは少しだけ驚いた表情を見せた。

「……届けに来たの? あんたが?」

「はいっ!大事なものだと思って……!」

「……道に迷わなかった?」

「……3回くらい……でも、最後は勘です!」

イツキは数秒、ノアをじっと見つめたあと、ふっと笑った。

「よく頑張ったわね」

そして、その頭をぽんっと撫でた。

「えっ……な、なでられてます……!」

ノアは一瞬硬直したあと、顔を真っ赤にしてぷしゅーっと湯気を上げそうな勢いで固まった。



その一部始終を――廊下の奥の柱の陰から、ひとりの男が見ていた。

レオン・アルミステッド。

(……今、撫でた? あの女が?)

イツキが誰かを撫でるなど、初めて見た。
あの無機質で効率主義で、情に流されないはずの女が――

(……あの子には、そういう顔をするのか)

知らない感情が、胸の奥に沈んでいくのを感じた。

その瞬間、隣から声がした。

「嫉妬?」

「……黙れ」

現れたのは、ユージン・メルグレイン。

にやにやと悪意なく笑いながら、レオンを横目で見る。

「いや、君みたいなタイプって、気づいたときにはだいたい負けてるんだよね」

「……気づいたら、でなく最初から“敗北前提”だと?」

「それ自覚してるなら、まだマシかもね」

「……だから黙れって言ってる」



帰り道。

ノアは屋敷の門をくぐったところで、ミーナとヴェラに捕まり、質問攻めにあった。

「どうだった!? 無事渡せた!?」

「ご主人様、怒ってなかった?」

「……なでられました……」

「は?」

「え?」

ノアは胸に手を当て、ぽつりと呟いた。

「……“よく頑張った”って……撫でてくれたんです……」

その言葉に、三人が一瞬沈黙したのち――

ルーシャが遠くを見つめて、ぼそりとつぶやいた。

「……撫でられた回数、もう私たちじゃ勝てないかもね」
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