【完結】死ぬ運命を変えた盲目の音楽家は、秘密の庭園で氷の貴公子に恋をする

かおり

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序章:死ぬはずだった僕の、最初の音

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 風が通り抜ける。
 どこか遠くで、小鳥の羽ばたく音がした。
 僕は、そっと鍵盤に触れる。

 この国では、音楽は“選ばれた人”のものだという。
 でも、僕は知っている。
 音だけは、誰のものでもない。
 僕の中にずっとあった。

 目が見えなくても。
 うまく話せなくても。
 誰にも気づかれなくても。
 音だけは、僕を見捨てなかった。

 

 今日も、ピアノを弾く。

 屋敷の裏庭、誰も来ない古い庭園。
 埃っぽい風、崩れかけた温室、指に馴染んだ鍵盤。

 それでも、ここだけは静かで、あたたかい。
 僕が、生きていていいと思える場所。

 

 ……そのはずだった。

 

 音に重なる、別の気配。
 誰かが――そこにいる。

 

 音を止めて、耳を澄ます。

 足音はしない。
 でも、風の流れが変わっていた。
 誰かの呼吸が、僕の世界をかすかに揺らす。

「……誰か、いますか?」

 

 返事は、なかった。
 けれど、その静けさは、どこかやさしかった。

 気配はすぐに離れていった。
 名乗りもせず、声も出さず。
 けれど――確かに、誰かが“聴いていた”。

 

 僕はそっと、鍵盤に指を戻す。

「……また、来てくれるかな」

 

 風が頬を撫でていく。
 目には見えないけれど、そこには確かに、音を感じる誰かがいた。

 

 そしてこの時、僕はまだ知らなかった。
 この出会いが、“物語”の定めを少しだけ逸らしてしまったことを。
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