【完結】死ぬ運命を変えた盲目の音楽家は、秘密の庭園で氷の貴公子に恋をする

かおり

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第12話:孤独を、分けあうということ

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 この部屋にも、もう慣れてきた。

 最初は、床の響きも空気の重さもわからなかった。
 けれど数日が経ち、足元のカーペットの厚みや、昼と夜で変わる窓の匂いに、微かに馴染んでいる自分に気づく。

 

 ここは、ユリシス様の屋敷。
 僕が“あの夜”から身を寄せることになった場所。

 

 使用人たちは皆、礼儀正しく、優しい。
 けれど……どこか、僕に触れることを恐れているように感じる。

 きっと、「ユリシス様の大切な人」として扱われているんだろう。
 それが、居心地悪くはない。だけど――寂しさに似た何かが残る。

 

 まるで、誰もが僕に“触れてはいけない音”のような態度で接してくる。
 ……それが、正しいのかもしれないけれど。

 



 

 そんななか、唯一変わらず僕を“人として”扱ってくれるのは――
 やっぱり、ユリシス様だった。

 

 食事のときも、着替えの補助のときも、
 彼の声と手は、過剰でも控えめでもなく、ちょうどよかった。

 

「……ずっと、こんなふうに優しくしてくれるんですか?」

 そう尋ねたのは、昼下がりの静かな午後だった。

 

 ユリシス様は少しだけ間を置いて、答えた。

「君が望む限り、ずっと」

 

 その“ずっと”が、あたたかくて、でも、少し怖かった。

 優しさには、終わりがある気がする。
 ……いや、むしろ、それが終わってしまう日が来るのを、どこかで待ってしまっている自分がいた。

 



 

 その夜、僕は眠れなかった。

 

 暗闇はいつも通り、優しくて、でもやっぱり冷たくて。
 毛布の中で小さく丸まっていると、扉の向こうに誰かの“気配”を感じた。

 

「……ユリシス様?」

 

 問いかけると、すぐに答えが返ってきた。
 低く、落ち着いた声で。

「君が、ひとりにならないように」

 

 胸の奥が、じんわりと熱くなる。
 誰にも見えない場所で、ひとりにならないようにって――そんなの、ずるいくらい優しい。

 

 僕は布団を抜け出して、手探りで扉へ向かう。
 ゆっくりとノブを回し、開いた先に、彼がいた。

 

 香りで、足音で、空気の揺れで、すぐにわかる。

「……ユリシス様。今日だけでいいので……傍にいてもらっても、いいですか?」

 

 僕の声は、いつもより少しだけ震えていた。
 けれど彼は、何も聞き返さなかった。ただ、頷く気配がして――部屋に入ってきてくれた。

 



 

 ユリシス様は椅子に座り、僕はその隣のベッドの端にそっと座る。
 しばらく、何も話さずに、ただ静かな夜が流れた。

 

 やがて、僕は手を伸ばし、彼の手をそっと握った。

 

 温かかった。
 このぬくもりだけで、たぶん今日は眠れる。

 

 僕は目を閉じて、ゆっくりと吐息をこぼす。

 

 ひとりで生きるのが当たり前だった僕が――
 “誰かと眠る夜”を、初めて知った。
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