【完結】35回目の離婚公爵と、話を聞いてない嫁

かおり

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第7話 銀細工と精霊とレイの笑顔

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 この世界には、昔から語り継がれてきた言い伝えがある。

 ――美しいものには、精霊が宿る。

 誰が言い始めたのかはもう忘れられているが、それは人々の暮らしのなかに、当たり前のように根づいていた。
 宝石や工芸品、花瓶や織物――手をかけてつくられたものには、ときおりふわりと、小さな“奇跡”が宿るのだ。


 朝の陽光が中庭に差し込むころ、リュシアは一人、作業部屋の窓際に座っていた。

 机の上には、昨日こっそり仕上げた小さな銀のオブジェ。
 レイが作った泥団子に、そっと銀を巻いて、葉っぱのモチーフを合わせたものだ。

「……まぁ、乾いたみたいですね~。ふふっ、これでちょっとは見栄えがしますかね」

 そう呟いたとき、小さな足音が近づいてきた。

「……これ、ぼくの?」

 振り返れば、レイが影のように立っていた。
 瞳だけがじっと、リュシアの手元を見つめている。

「昨日の葉っぱが綺麗だったので、それと合わせてみました。はい、どうぞ」

 差し出された銀のブローチに、レイは小さく頷いた。

「……ありがとう」

 それだけ言うと、彼はそっと微笑んだ。
 とても、静かで小さな笑顔だった。

 —————

 使用人たちのあいだで、最近ひとつの“うわさ”が囁かれていた。

「なんだか、最近空気が違う気がしませんか?」
「ええ。うちも赤ん坊も泣き止むし、厨房の焦げも減りましたよ」
「執事様も、昨晩は咳をせずに眠られていたとか……」

 リュシアの作った銀細工が置かれている部屋などは、なぜか人々が落ち着く。
 それは、目に見えぬ微かな変化であり、しかし確かに、そこにあった。

 —————

「また一緒に作っていい?」

 レイが尋ねたのは、庭の木陰だった。
 小さな葉っぱの上に乗った朝露が、日差しで揺れていた。

「もちろんですよ~。じゃあ今日は、ちょっと難しいのに挑戦してみましょうか」

 ふたりで銀の小皿を作り、葉脈を写してこねる。
 その最中――ふいに、ひとつの作品の上に、ふわりと光が灯った。

「……いた」

「なにがですか?」

「……ひかるの。ふわって」

「へえ~。いいですねぇ~」

 リュシアは微笑んで、特にそれ以上追及しなかった。

 精霊が宿ったとて、彼女にとっては“そういうこともある”くらいの話である。

 —————-

 その日の夕方。

「最近、坊ちゃま、よく笑ってらっしゃいますね……」

 誰かがそうつぶやいたとき、レイはリュシアの作業机の前に立っていた。
 手元の銀細工にそっと指を触れ、ぽつりと口にする。

「ぼく、これ作りたい」

「じゃあ、レイくん専用の作業台、作らないとですね~」

 そのやりとりの傍らで、小さな光がひとつ、風に乗って舞った。

 それは言葉にされることのない、ほんのりとした奇跡。
 誰もがそれを見逃しそうになる中、グレイヴ公爵だけが、そっと目を細めていた。


 リュシアにとって、“美しいもの”をつくることは日常で、
 “精霊”が寄ってくるのは、ただの偶然。

 でもその偶然は、確かに誰かの心に触れて、静かに、優しく変えていく。
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