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9.悪夢を見ました。

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暗い闇の中にいた。すぐに違うとわかる。ここは記憶にある限り私が育った場所だった。牢屋のような作り。逃げることもできない体力と、空腹過ぎて麻痺した脳みそ。

動かない体。
寒いのか熱いのかさえわからなかった。
時折、誰かが私の口に何かを運んだ。
食事とは言えない固形物を噛み締めた。
ああ、早く終わらないだろうか。
どうして待たされているのだろう。
どうして。そう問う言葉すらわからなかった。

「……けて」
 助けて。誰か、お願い。私が何をしたって言うの。お父さん、お母さん、大和。
「やま……と、どこ?」
 闇の中で手を伸ばした。いつだって傍にいてくれた愛犬の体を手繰り寄せようと必死に探った。
「ここやで」
「……ふふ、やまとって関西弁で喋るの?」
 私の体を大きな何かが包み込んだ。ふかふかとは言えないけれど、暖かくて凄く安心した。
「灯、泣かんで……もう大丈夫やから」
 そっと瞼を撫でられる。いつの間にか泣いていたらしい。大きな手が私をあやすように背中を緩く叩く。
「うん……ずっと一緒だよ」
 返事の代わりに、私の頬に柔らかい何かが触れて離れていった。ヤマトは私が泣くと、笑うまで顔を舐めてきたな。なんて思い出す。
「えへ……やまとぉ」
 ふかふかな体を撫でようとまた手を動かした。
「むぎゅう?」
 ぐいっと何かが押し付けられて、圧迫感に声を上げた。布団を押し付けられたような感触に、ふかふか違いだよ。と口を尖らせた。
 くつくつと喉を震わせるような低い笑い声が耳に優しく響いて、私の意識は深く沈んだ。


 *****


「んー……」
 朝日の差し込みに、重たい瞼を両手で押さえる。なんとなく違和感があって、ゆっくり辺りを見回す。部屋の大きさが違う。私の布団の横に、もう一組分のスペースがある。
「……あっ。えっ、あれ……大和さん?」
 記憶が間違えじゃなければ、大和さんの寝室に連れてこられたはずだ。二人分の布団に緊張して、慌てて布団に潜ったところまでで記憶が途切れている。
「寝たのか。あれだけ騒いで、私はイケメンの隣でぐーすかと」
 自分の女子力のなさに呆れてしまう。
「うう……てか、大和さんいないし。私もしかしていびきかいてたりしてないよね。うるさすぎて出てっちゃったとかじゃないよねえ……」
 ふと、部屋の外に誰かの気配を感じてそっと起き上がる。乱れた浴衣を直して長い髪の毛を後ろに流した。
「……大和さん?」
 そーっと障子戸を開けば、心地よい風が吹いて大きな影が私を覆った。
「おはようさん。よう眠れたか?」
 伸びてきた大きな手が、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「……はい」
 なんとか返事をして、恥ずかしさのあまり私は頭を下げた。一瞬見た大和さんの表情が何だかおかしかった様な気がしたけれど、私が原因の可能性が高い。
「ね、寝相とか悪くなかったですよね……私」
「ん……?ああ……せやなあ。聞きたいん?」
 意地悪そうに笑った大和さんの顔に私の心臓が大きく跳ねた。あれ。
「や、やめときます」
「ははは。まあ、とりあえずご飯やな」
 そっと手を差し出される。抱っこされると思って広げた手に、大和さんが眉を下げて笑った。
「今日からは、繋いでこか」
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