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大和の話.3
しおりを挟む大和が灯を拾ってから、数か月程が過ぎていた。元気になっていく灯の姿を見るのは微笑ましく、嫁もいない身ではあるが父性のようなものが芽生えた気がする。
「ああ、灯はかわええなあ。抱っこするとやわっこくて潰さんか心配になる」
なんて、蘭の前で呟いて、冷たい視線を向けられたのは記憶に新しい。
「顔もすぐ真っ赤にしてな、俺のこと好きなんかなあ」
多少ニヤついていたのかもしれない。蘭の目が一層冷たくなったので、冗談だと伝えるとため息で返事をされた。
「なんやねん……妹みたいなもんやろ」
見た目から察するに灯は12か13歳くらいだろう。栄養失調で体の成長が遅かった可能性も考えるともう少し上の可能性はあるが、年頃の娘とは言い難い。村の大人共がこんな幼子に一体どういう仕打ちをしてきたのか。それを考えると大和は腹の底がぐらぐらと煮えたぎるのを感じていた。灯が何も覚えていないと笑うから、大和はその思いを沈めることにしたのだ。
「無理に思い出させることもないやろ」
そう思っていたのだ。実際に起きているときに嘘をついているような様子もなく、自分の身の上を語る時の灯はどこか他人事の様だった。けれど、長年続けられた虐待行為は体に残っている。
歩けるほど元気になった頃、灯の眠る客間から苦しそうな声が聞こえるようになったのだ。大和は、時折様子を確認するために客間を訪れていた。中に入るわけではない。困った様子はないかと戸の前で立ち止まり、小さな寝息が聞こえることに安堵した。その日は、苦しそうに呻く声が聞こえた。
「灯、起きてるんか?」
問いかけに返事は無い。そっと、障子戸を引けば、暗闇にぼんやりと月の光が差し込む。光に浮かび上がったのは苦しそうな表情を浮かべて眠る灯の姿だった。
「た……て……」
布団から伸びた細い手が、誰かを求めるように必死に伸ばされる。
「うぇ……おなかすいたよう」
普通の子供であったなら、笑えていただろう。だが、灯は文字通り死なない程度にしか食事を与えられていない様だった。
「灯……」
大和はどうしていいのかわからなかった。飢えで苦しんだ思い出などない。迷った末、明日にでも蘭に相談しようと部屋を出た。
*****
結果的に、灯の部屋を大和の自室に移動させることにした。夜の件が本題ではあったが、散歩を自由にさせていたことで、灯が食事の時間になっても客間に戻らないという事件が起きた。それを加味しての決定だ。蘭からは多少の反対もあったが、大和は自分と灯の間に足りないものを感じていた。
「会話や、会話が足りん。過ごしてる時間にしても、俺と灯は互いのことを知らなすぎると思うねん」
そう気合を入れて伝えたところ、蘭は「育て方間違えたのかしら」なんてことを呟いていたが、育てたのは大和の両親であって蘭ではないので聞こえないふりをした。とにかく善は急げとすぐに灯を部屋に招いた。少し会話をしたのち、布団に潜って逃げた灯を見て、大和は安堵した。だが、それも少しの時間だった。
「やま……と。どこ?」
心臓が大きく跳ねる。名を呼ばれて起き上がれば灯の両手がこちらに伸びていた。
「ここやで……俺はここにおるから」
伸びた手を通り過ぎて、大和は灯を抱き起こした。その小さな体に手を回せば、安心した様に灯は眉を下げた。
「……ふふ、大和って関西弁で喋るの?」
言っている意味は分からなかったが、眠っているので仕方がないだろう。笑っている灯の目から涙が零れる。
「灯、泣かんで……もう大丈夫やから、な?ここには怖いもんなんてなんもおらん。飯やって俺がたらふく食わせてやるから」
大和が両親にそうされて育ったように、あやすように灯の背を優しく叩けば、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「灯、俺の大事な灯……」
「うん……ずっと一緒だよ」
おそらく偶然だった。それでも、大和はその灯の言葉が嬉しくてたまらなかった。心臓が大きく音を立てて、このまま腕の中に閉じ込めておきたいとさえ思った。
「怖いもんは俺が全部、退治してやるからな」
親愛のつもりで、頬に唇を寄せると灯は擽ったそうに身を捩った。艶っぽく染まった赤い頬に大和は慌ててその手を離す。
「えへ……やまとぉ」
また名を呼ばれて、大和は慌てて顔を振った。自分の体を抜いて灯の手の中には布団を丸めて押し付けた。「むぎゅう」と言う可愛らしい声に、大和は喉を震わせた。
「はあ……なんや。やっぱり女なんかなあ……」
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