女王蜂の建国記 ~追放された妖精、作業服を着て砂漠を緑地化する~

はとポッポ豆太

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第八十七話_カサブランカ、眠りにつく

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 ペパーミントとガーベラのイタズラがバレる数日前、ビオラの実家のシルバーフルーツ王国では、ビオラの母である女王カサブランカが寿命を迎えようとしていた。

「お母様……」

 カサブランカ女王の枕頭にはビオラの妹に当たる次期女王が眼に涙を溜めて居た。既に立派に成長している次期女王は、成長不良のビオラと違って大人の姿であった。

「マリーゴールド……」

「はい、何でしょうかお母様」

「リナムを、呼んで頂戴……」

 掠れる声でカサブランカ女王が頼むと、「はい」と答えたマリーゴールドは働き蜂のリナムを呼ぶようにと、近くにいた別の働き蜂に指示を出した。

「お母さん、リナムです」

 部屋にやって来たリナムがカサブランカ女王に声をかけると、女王はリナムの顔を見てニコリと微笑んで言う。

「お願いがあるの、リナム。 わたしをビオラの巣まで連れて行って」

 女王の要求に驚いたリナムは「ビオラの巣へ、ですか?」と確認するように聞く。

「えぇ…… 遠くから眺めるだけでいいの。 立派になった娘の成果を見てから逝きたいの……」

 女王の言葉を聞いてリナムはマリーゴールドの顔を見る。マリーゴールドが頷くのを見たリナムは「わかりました。 直ぐに風船タンポポの綿毛を用意します」と言った。

「ありがとう、リナム。 マリーゴールドも」

 女王は二人に礼を言うとゆっくりと目を閉じる。女王の閉じた瞳から一筋涙が流れると、微笑んだ女王は眠りについた。

 早速、リナムは準備に入る。風船タンポポの綿毛を用意すると、女王が眠る天蓋付きのベッドの四隅に取り付ける。浮力を得てベッドが浮かび上がると、リナムはそっとベッドを押して外に出した。

 リナムが準備をしている間にも、マリーゴールドの命を受けた働き蜂が食料などを載せた荷台に風船タンポポの綿毛を取り付け、護衛担当の働き蜂たちは武器を手にして外に整列していた。

「わたくしは巣を離れるわけにはいきません。 リナム姉様、お母様をよろしくお願いします」

「うん。 任せて、マリーゴールド」

 手を握られたリナムは力強く頷くと、隊を率いて出発した。



 天蓋付きの豪華なベッドが周囲を護衛の働き蜂たちに固められて砂漠を進む。天蓋が日差しを遮り、衰弱した女王でもさほど苦痛を感じない旅となった。
 リナムが常に女王の横に付き添うように飛ぶ。

「お母さん、もうすぐです」

「そう…… 楽しみだわ……」

 基本的に巣とその周囲から外に出ることのない女王にとって、これは初めての旅であった。旅の高揚感と、愛する娘の成果を見ることのできるという喜びが、衰弱した体に活力を与えているようで少し元気が出たようだった。倒れてから蒼白となっていた顔色に、僅かに朱の色が戻っていた。

「わたしは幸せ者ね、リナム」

「そうですね、お母さん」

「えぇ、死ぬ前に娘の成果を目にすることが出来るのですもの」

 そう言ってカサブランカは微笑んだ。

 妖精蜂は女王が死んでから世代交代を行う。そのため、次代の女王の成果や女王としての生き様を見ることなど普通は無い。
 娘が分蜂するにしても、分蜂先は実家と縄張り争いにならないように相当遠くに分蜂するのが普通である。そして、そもそも女王蜂が巣の領域外に出ることなどまずないのだ。

「砂漠に巣をつくり始めたこともそうだけど、地獄蟻と一緒に暮らしたり、しょっちゅう人間の子供が遊びに来たり、ドワーフが移住してくる? 最近だと、働き蜂の一人が光の精霊に気に入られて住み着いたって…… あの子には、本当に驚かされっぱなしだったわ」

「そうですね、お母さん」

「ねぇ、リナム。 ビオラが本物の世界樹を育てたって、あれは流石にウソでしょう? わたしを楽しませるために、ちょっと揶揄ったんでしょ? ねぇリナム」

「いいえ、本当ですよ。 もうすぐ分かります」

 ベッドに横たわったままのカサブランカは楽しそうにリナムに言い、リナムは本当だと微笑んで返す。フフッと笑ったカサブランカは少し真面目な表情となり話題を変える。

「あの子の巣が、火事になったと聞いた時にも驚いたわ。 どれだけ、手をさし伸ばそうかと悩んだか……」

 遠くを見つめながらカサブランカは誰に聞かせるわけでもなく言葉を続ける。

「あの子が、あの時もし、助けて欲しいと、巣に戻りたいと言ってきていたなら、わたしは迷わず受け入れたでしょうね。 でも、あの子はそうしなかった…… 強くて、立派な、わたしの自慢の娘……」

 瞳に涙を溜めるカサブランカに、リナムは「そうですね。ビオラは立派な女王です」と微笑んで同意する。そして、「ほら、お母さん。 見えましたよ」とリナムは前方を指さす。

「あぁ……! 本当に……」

 カサブランカの視界に、大きな樹が映る。ちょうど陽が樹のてっぺんに掛かり、神々しく世界樹自体が輝いているようであった。

 感動で震えるカサブランカは「もう少しだけ近くに」とリナムに頼む。これ以上近づくには護衛の働き蜂を連れてはビオラたちに気付かれると判断したリナムは「護衛はここで待機を」と指示を残し、一人でベッドを押して近づいて行った。

 ベッドを押しながらリナムは答えの分かっている質問をカサブランカに向けた。

「ここまで来たら会ってもいいんじゃないですか、お母さん?」

「いいえ、娘を追い出した、わたしのケジメよ」

 思った通りの答えを聞いたリナムは「そうですね」と頷いた。その時、前方の世界樹のほうから黒い小さな点がカサブランカたちに向かって飛んできた。

 近づいて来る点が大きくなるにつれ、ベッドの上に横たわるカサブランカは目を大きく見開いていき、ハッキリと姿が分かると「ビオラ……」と呟くように言って弱った体に力を入れて上体を起こした。

 近づいて来たのはグラジオラスであった。グラジオラスは急にビオラの部屋から母や姉たちが居なくなり、そのタイミングで飛べるようになったのもあって、ビオラたちを探そうと巣を飛び出していたのだった。

 しかし、魔法植物を育てているプランター前にいたビオラたちを上手く見つけることの出来なかったグラジオラスは周囲を飛び回ったあと迷子になり、不安から「おかぁたん! おかぁたん!」とビオラを呼びながら涙目でここまで来たのだった。

 同族を見つけたグラジオラスは安心してパッと表情を明るくする。そして「おかぁたん!」と目の前の妖精蜂と自分の母を重ねて、その胸に勢いよく飛び込んだ。

 先ほどまで眼に涙を溜めていたグラジオラスは、その潤んだ瞳でカサブランカを見上げニコッと笑う。胸がいっぱいになったカサブランカは再び「ビオラ……」と呟いた。

 髪の色や目の色は違うが、グラジオラスの顔立ちはビオラにそっくりである。カサブランカは幼い頃のビオラを思い出し、再び娘を抱きしめることができたような幸福感を得た。

「おばちゃんはお母さんじゃないわよ、ごめんね」

「ほんとだ、おばちゃん。 でも、おかぁたんみたい」

「ふふっ、ありがとう。 ねぇ、お嬢ちゃん、お名前は何ていうのかな?」

 グラジオラスは手を挙げて「ぐらじおらす」と自分の名前を名乗った。「そう。グラジオラス、ありがとう」と微笑んだカサブランカはグラジオラスの髪を優しく撫でる。

「ねぇグラジオラス、おばちゃんもう一度だけギュッとしていいかな?」

「うん、いいよ」

 カサブランカはグラジオラスを優しく抱きしめると、ポタポタと涙を流しながら言う。

「ごめんなさい、ビオラ」

 泣くのを堪えるように声を詰まらせながらカサブランカはビオラに謝る。

「あなたを上手に育てられなくて。巣を追い出すことでしか背中を押すことの出来なかった不甲斐ない母を許して」

 カサブランカの胸の中でグラジオラスは不思議そうな顔をしている。

「あの頃のあなたには必要なことだったと思う…… 後悔はしてない、しちゃいけない…… あなたはこんなに頑張ったんだから。 でも、ごめんなさい。こんな手段しか取れなかった、わたしは母親失格です」

 カサブランカがギュッとグラジオラスを抱く腕に力を加えると、グラジオラスはまだ短い手を伸ばしてカサブランカの背にまわそうとする。

「おばちゃん、なかない。 おばちゃん、いいこ」

「ふふっ、ありがとう。 グラジオラス」

 涙を拭ったカサブランカはグラジオラスを抱き上げ、目線を合わせて言う。

「さぁ、グラジオラス。 お母さんが心配しているわ。お家に帰りましょう」

「あい!」

「あの大きな木に向かって飛ぶのよ。そうすれば、お母さんやお姉さんたちが見つけてくれるわ」

 世界樹を指さしながらカサブランカが言うと、グラジオラスは「うん!」と返事をしてから首を傾げて言う。

「おばちゃん、いかないの?」

「ごめんね、おばちゃんは行けないの」

「そっか」

 ブーンとしばらく世界樹に向かって飛び始めたグラジオラスは、クルっと振り返ってカサブランカにニコッと笑って大きく手を振る。

「ばいばい、おばちゃん。またね」

「えぇ、またね。グラジオラス」

 今度は振り返らず、ブーンと飛んでいくグラジオラスの背中にカサブランカは声を詰まらせて言った。

「ありがとう、ビオラ…… あなたは最後まで…… あなたは、本当に、わたしの自慢の孝行娘です……」

 そう言うとカサブランカは目を閉じ、ゆっくりと体をベッドに横たえた。

「ありがとう、リナム。 帰りましょう」

 カサブランカは幸せそうに笑みを浮かべて眠りについた。
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