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1話
しおりを挟む「サヴィ、俺を楽しませてくれ。」
ある男は夕日が差し込む屋敷の書斎で誰も気づかないような小声で、ところどころに傷がついた大型の怪しい本を棚に入れながらポツリと呟いた。
この屋敷にいるのは、朱曽区 混男(しゅぞく まぜお)と、雇われメイドのサヴァーカ・イヌヴァンである。メイドといってもただのメイドではない。数千年の血統を持つ、アヌビス族のメスのメイドである。アヌビス族はその名の通り、エジプト神話のアヌビスのような半獣、オオカミに近いピンとたった耳を持つ犬の顔、後頭部から流れる人間の髪と人間の体を持つ種族である。しかし血統を持つと言っても、それは限られた王族の一部だけで、家事用の奴隷として使われていたサヴァーカには母親すらわからない。
2年ほど前、王朝の財政難からリストラされたサヴァーカは、ある奴隷商により引き取られた。混男は売られていたサヴァーカを言い値で引き取り、自らの屋敷に連れたときはみすぼらしい格好をしていたが、さるブランドのオーダーメイド(獣人のため)で、身なりを繕ってやった。
コンコン、と戸を叩く音がした。書斎の上質な皮でできた手すり付きの回転椅子に腰掛けていた私はどうぞ、と低い声で入室を促した。戸が開き姿を表したのは、少し長身のすらりとしたスタイルをもったサヴァーカであった。服装は、漆黒に少しの紅を混ぜたような色を基調とした、ヴィクトリア朝を思わせる給仕女のドレスで、胸元だけはインナーの真っ白なブラウスが覗いている。腰回りをきつく締められているせいか、ブラウスの中の胸の緩やかな丸みを感じられる。我ながらセンスがいい。
「ごきげんよう。主様。」
サヴァーカはスカートの端をつまみ、上品にお辞儀をした。このような礼儀作法は、私が直々に教え込んだものである。半分犬であるサヴァーカをしつけるのはかなり骨が折れた。まあ、それもある計画を進める上では必要なものだが。
「サヴァーカ、今日は取るに足らない用事だが聞いてくれるか。」
「主様の命令に従うのは私にとっては絶対なのです。足るも足らぬも有りません。」
「では、こちらに来て、膝まづいてくれ。」
サヴァーカの忠誠心を確かめたうえで、促した。彼女は、鍛え上げた作法でこちらへとやってくる。私は椅子を回転させサヴァーカと向き合うように膝まづかせる。彼女を上から見下ろすと、丁度犬の頭にちょこんと乗った白いカチューシャが見える。
カチューシャにはゴシックの装飾をあしらったフリルがついており、いかにも”メイド”という感じである。対照的に映るのはキリッとした彼女の口元。顔から突き出たマズル(鼻口部)が人外であることを再認識させられる。マズル周辺は白く、耳はアヌビス族としては珍しく垂れている。そのためか、オオカミというよりビーグルのような家庭犬に似ていた。後ろに目をやると、人間のそれと全く同じ、黒く長い艶のある髪がストレートに背中に流れている。視線を下に向けると、白いブラウスに包まれた、それほど大きくもないが充分な大きさをもった果実がたわわに実っている。
さて、観察はこのぐらいにしておいて、いままで触れることのなかった小さな顎に手を添えてみる。
「っ……」
少し反応したが、拒絶することはなく私の手に顎を預けた。
「純粋な疑問なんだが、その顔はどうやって体に繋がっているんだい?」
「これは……生まれたときからそうなのですが、犬の皮と人間の皮とが何らかの…組織構造をもって自然に繋がっているようです。詳細なことは私めにも分かりません。」
私はつなぎ目、つまり首に手をやる。
「ああ、これは不思議な感じだな。皮の厚みがグラデーションみたいになってるようだな。興味深いことを教えてくれてありがとう。」
首にやっていた手を耳と耳の間の頭頂部にやり、撫でる。ちょうど飼い主が飼い犬にするように。耳は私の手の向きに形を変える。サヴァーカが喉をゴロ…と鳴らしたのを私は確かに聞いた。すると突然、
「わんっ……」
サヴァーカが小さく鳴いた。
人前では鳴くことの無いよう躾けてからはまったく鳴かなかったサヴァーカが、私の手技に魅了され犬の性を取り戻したようだ。これはいい兆候だ……と思い、今度は犬ではない、人間と同じ構造を成す背中に手を回す。黒い艶のある髪の毛の下にあるのは、日々の家事でついただろう、筋の通った背筋だ。普通はこんなところを撫でても人間であれば何も感じないところだが、サヴァーカの場合は違うらしく、先程より確かに喉を鳴らす音が聞こえる。もし尻尾があれば、隠せずに振るっていた事だろう。それを見て、私は計画を進めることにする。私は彼女の目を覗き込み、囁いた。
「気持ちいいか、サヴィ。」
その言葉を聞いたサヴィことサヴァーカは、喉を鳴らすのをやめ、目を見開いた。
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