異世界恋愛《短編》まとめ

来須みかん

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『来られないのではなく、来なかったのですね』後編(完結)

 セレニアが婚約解消した数日後に、アルバートがアロン伯爵家に押しかけてきたときは驚いた。しかも、いつも余裕たっぷりな彼が、額に汗をにじませながら必死にセレニアの父に頭を下げたから、何事かと恐怖すら覚えた。

「セレニア嬢に、婚約を申し込ませてください!」

 勢いに圧倒されながらも父は「セレニアは、先日、婚約解消したばかりです」とやんわり断ってくれた。
 それなのにアルバートは引き下がらない。

「では、婚約者候補で! セレニア嬢に拒絶されたらあきらめます」
「そ、そこまで言うなら……」

 そうして、婚約者候補になってから、アルバートは毎週セレニアの元を訪れている。セレニアから会いにいかなければ、顔さえ見られなかったギルとは大違いだ。

 戸惑いながらセレニアが、「お忙しくないのですか?」と尋ねるとアルバートは、はにかんだ。

「もちろん、忙しいよ。だから、こうして君に会って癒されているんだ」
「……」

 その言葉は、セレニアの心をゆらした。

「私といるとアルバート様は、癒されるんですか?」

 ギルに会いに行ったときは、いつも面倒そうな対応をされていた。そして、最後は「研究の邪魔をしてごめんなさい」と謝ってから帰ってきていた。

「わ、私……。邪魔じゃないですか? 迷惑じゃない?」

 アルバートは、相手を労わるように微笑んだ。

「もちろん、邪魔じゃないよ。迷惑でもない。それに私は、君のことを素晴らしい女性だと思っている。貴族でありながら社交を一切しないギル卿の評判を下げないために、君はひとりでずっと頑張っていたじゃないか」

 ギルのエスコートがない理由を「偉大な研究のためだ」と周囲に伝えて、その研究の素晴らしさを貴族達に説いていたとアルバートは褒めてくれる。

 セレニアとしては、婚約者としてあたりまえのことをしているだけだった。

 アルバートは、穏やかに話し続ける。

「ギル卿が今の地位につけたのは、もちろん彼の努力と才能だ。でもねセレニア、君の献身のおかげでもあると私は思っている」
「そんな……。私はギル様に迷惑がられていただけで……」

「いつの世でも天才とよばれる者たちは、常人には理解できないことが多い。さらに、ギル卿は魔術師だ。そんな彼を世間に好意的に受け入れられるように、間を取り持っていたのが君だよ」

 どれほど素晴らしい才能があっても、誰かに見いだされなければ、それは世に出ることはない。才能ある者が輝けるのは、素晴らしい支援者がいるからだとアルバートは持論を語る。

「もちろん、支援者がいなくても輝ける一握りの天才もいるけどね」

 セレニアは、首をかしげた。

「でしたら、才能あるアルバート様は、私から支援が受けたくて婚約を希望したのですか?」

 紫色の瞳を大きく見開きながら、アルバートは笑った。

「まさか! 逆だよ」
「逆?」
「そう、逆。私が君を支えたいんだ」
「わ、私を?」
「天才を支えられる者も、才能あふれているに決まっているじゃないか。ギル卿はもう十分世に認められたんだ。次は、君が活躍して認められる番だろう?」

 そんなことを言われても、セレニアは自分に才能があるなんて思えない。

「セレニアの才能は、他人を引き込む会話術、お互いに損をさせないようにする交渉感覚も素晴らしい。それを使って商売をするのもいいし、外交官になるのもかっこいいよね」
「そんな、まさか……私が?」

 アルバートは「まだまだ、君のいいところはたくさんあるよ」と笑う。

 セレニアは『ああ、彼は私のパトロンになりたいのね』と理解した。

(私がギル様を尊敬していたように、アルバート様もきっと私の何かしらの能力を尊敬してくださっているんだわ)

 そう考えると、すべて納得できる。

「そういうことでしたら、わざわざ婚約しなくても……」

 セレニアの言葉に、アルバートは困った顔をした。

「伝わってなさそうだから、改めて言うよ。君に惹かれてどうしようもないんだ。愛している。誰にも渡したくない」

 カァとセレニアの頰が赤く染まる。

「からかわないでください」と言いながらアルバートを見ると、セレニアより真っ赤になっていた。その瞳は、どこか不安そうだ。それは、以前のセレニアがギルに向けていたものにそっくりだった。

(ああ、アルバート様は、私に恋をしてくださっているのね。その上で、私を支えたいと言ってくれているのだわ)

 セレニアは、今度こそ状況を正しく理解した。

 *

 研究室にこもっているギルは、いつもと変わらない毎日を過ごしていた。
 しかし、そう思っているだけで、少しずつ確実に何かが変わっていっていた。

 口煩くギルを攻め立てた同僚は、新しくできた魔術研究所の所長に抜擢され、ここを出ていった。

 そのあとも、優秀な者達が次々に辞めていった。しかし、ギルにはどうでもいいことだった。

(そういえば、セレニアから夜会の誘いもなくなったな)

 その分、研究する時間を確保できるので喜ばしい。セレニアの顔も長く見ていないような気がするが、そのうちまた押しかけてくるだろうと高をくくる。

(どうせ俺は、セレニアと結婚するしかないんだ)

 それはみじめさと共に、優越感も与えてくれる。
 机の隅に置かれた、婚約解消を知らせる父からの手紙の封は切られず、ホコリにまみれていた。

 外の世界に興味のないギルは、社交界から天才ギル・ガルツの名がどんどん消えていっていることにも、より優秀な魔術師たちが台頭してきていることにも気がついていない。

 アロン伯爵家は、たとえ婚約がなくなろうとも、彼の研究がまったく成果をあげなくなったとしても、娘の命の恩人であるギルを生涯支援することを決めていた。

 世界から切り離された場所で、今日もギルは研究を続けている。もう誰も彼を天才と呼ぶことはないだろう。

 こうしてギルは、彼がのぞむ、最高の幸せを手に入れた。

 *

 その日は、あいにくの雨だった。

 純白のウェディングドレスに身を包んだセレニアは、窓越しに灰色の空を見上げている。

「雨、降ってきちゃったわね」
「そうだね」

 セレニアの肩を優しく抱き寄せながら、アルバートは微笑む。
 真っ白のタキシードを着こなしている彼は、いつも以上に輝いていた。

「素敵だわ」
「君のほうこそ」

 神殿で愛を誓い合ったあと、外に出ると空は綺麗に晴れていた。
 そこには、大きな虹が二人を祝福するようにかかっている。

 虹を見たセレニアは、久しぶりに初恋の人を思い出した。そして、心の中で感謝を送る。

(ありがとう、ギル様。あなたは命の恩人で、私の初恋だったわ。どうか、お幸せに)

 アルバートが満面の笑みで、セレニアの手を引いたので、ギルのことはすぐに忘れてしまった。

「あなたのおかげで、私はとても幸せだわ。ありがとう」

 彼の愛情深い支援を受けたセレニアは、今では数々の商売を成功させ、王族から特別外交官に任命されていた。
 そして、これからはハウエル侯爵夫人の役割も、優雅にこなしていくことになる。

「こちらこそだよ、セレニア。私を選んでくれてありがとう」

 二人は大きな虹の下で口づけを交わし、微笑み合うのだった。




 おわり

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