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第一部 第一章 救国の英雄と記憶喪失の詠唱士(コラール)
『幕間 不穏の影①』
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惑星アルカディア。
理想郷——そう名付けられたこの星は、かつて創造の女神が創ったと言われている。
創世の時代、女神は世界の中心に世界樹と呼ばれる大木を植えこの星をマナ——神秘的力の源で満たした。
世界に満ちたマナから人、動物、虫、木花、あらゆる生命が誕生したと言う。
——創世の時代は、遥か昔。
しかし世界は今も、女神の遺した恩寵に満たされている。
世界の中心には変わらずに世界樹が聳え立ち、生み出されたマナは大木の根を伝って世界を循環。
人々は大気に溢れるマナを利用して魔術を使い、マナを〝マナ機関〟と呼ばれる機械に用いる技術を発見した。
これにより街を国をより一層発展させ、不自由のない暮らしを送ってきた。
だが、恵まれた環境の中でも争いは起きる。
ある時は資源の利権を巡り。
またある時は土地の支配権を。
またまたある時は、国家間の思想の相違により衝突が起き。
己が欲満たすため他国へ侵略し、戦果を拡げて行った。
時には、信ずる神の違いによっても、争いは起きた。
それでも、愚かな人々は気付かない。
物事の裏に、大きな脅威が潜んでいる事に。
ただ安穏と恩恵を享受して、生きるだけだ。
女神の愛した理想郷という、この虚構の楽園で。
齎された恩恵が、輝きが、犠牲の上に成り立っているとも知らずに、今日も生きている。
だから、僕は決めたんだ。
唯一無二の宝石を守る為、この楽園を————。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そこは薄暗い地下の一室。
中心には祭壇があり、地面には魔法陣が広がっていた。
部屋の中心で僕は、仄かに光を放って宙に浮かんだパネルを軽やかな動きで操作し、同じく宙に浮かんだ画面へ映った項目を確認していた。
表示される数値に異常はなく、術式も不具合は起きていない。
実行に際しての懸念はいくつかあるものの、些事に構う余裕はない。
実践あるのみだ。
「こちらの調整は最終段階もクリア、問題ないね。アレの準備はどうなってる?」
僕は後ろに控えているはずの男を探して、振り返った。
そうすればそこには思った通りの人物、長身でがたいが良く、僕とは父親くらい年の離れた男が、白銀の鎧を身に着けて、姿勢を正し立っていた。
「既に万全です。問題はありません」
「そ。ならいいよ」
落ち着いた低い声色の返答を聞いて前を向くと、パネルに表示された文字へ目を落とす。
『女神の愛が、この惑星に輝く生命を守る。故にこの術式の名は——』
と、そこには古代語でそう書かれていた。
確認したい事は一通り終えたので、画面を閉じるため然るべき手順を踏んでパネルへ触れていく。
「そういえば、いつもお連れのあの娘はどこに?」
「彼女ならお使いだよ」
「お使い……ですか」
「うん。宝石を取りに、ね。元はと言えば彼女の失態だ。失態は自らの手で挽回してもらわないと」
会話をしながら作業を進め、すべての画面が閉じたのを確認すると祭壇に祀られたある物へ触れる。
そうすればパネルが消失し、光源の一助が失われた空間はさらに闇を増した。
「手厳しいですね」
「これでも甘い方だと思うよ? 彼女じゃなければ今頃、首を飛ばしているよ」
男の言葉に体を後ろへ反転させると、手で首を斬る動作をして見せた。
すると男は困ったように肩を竦めて見せた。
あの日取りこぼしてしまった宝石は、僕にとって唯一無二の存在。
最後まで実行を渋った僕に対し「大丈夫」と流暢に語って、後押しをしたのは彼女なのだから、当然の処置だ。
(命があるだけ有難いと思ってもらわないと)
挽回の機会まで与えたのだ。
これ以上ないくらい寛大な処置だろう。
(——本音を言えば、僕が行きたかった)
だけどそれは叶わない願いだ。
楔に繋がれて、従順なふりを続ける今の僕では、動けない。
それに、来たる日に備え、僕にはやるべき事がある。
(汚物は一掃しないとね)
地位に胡坐をかき、散々僕らを弄んできたやつらに思い知らせるため。
気取られぬよう、粛々と準備を進める必要があった。
「そろそろ時間です。戻らねば怪しまれます」
「そうだね。……戻ろうか、あの地獄に」
男の声にうなずいて——地獄と称したあの場所と、表向きは善良そうなやつらの顔が思い浮かんで、反吐が出た。
(全く以って、忌々しい)
我欲に忠実で、人を踏みにじって生きるあれは、豚にも劣る悪辣な存在だ。
「お顔に出ていますよ。そんな顔をしていてはイメージが台無しです」
男が苦言を呈した。
奴らの事を考えていた自分が、いまどんな表情を浮かべているのかは想像に難くない。
「はっ。お前はいつも冷静だな」
「貴方様より人生経験は長いもので。仮面を被る事には慣れております」
「よく言うよ。まあ僕も見習わないと」
男も僕と同類だ。
いや、同志と言うべきか。
奴らに辛酸を舐めさせられた過去を持ち、僕と同じ痛みを知り、志を共にする者——その胸の内には、消えぬ復讐の炎が灯っている。
だが——耐えるしかなかった日々はもうすぐ終わりを告げ、思いが果たされる日は近い。
(それまではせいぜい演じてやるさ。やつらが望む姿をな)
そうして部屋の入口へと向かい、地上へと続く階段を上り始めた。
(さあ仮面を被れ。清廉潔白で、純真な僕を演じるんだ)
万人を愛し、愛される象徴として、僕は在る。
今は耐え忍ぶ時。
その時の訪れまで、屈辱を甘んじて受け入れよう。
理想郷——そう名付けられたこの星は、かつて創造の女神が創ったと言われている。
創世の時代、女神は世界の中心に世界樹と呼ばれる大木を植えこの星をマナ——神秘的力の源で満たした。
世界に満ちたマナから人、動物、虫、木花、あらゆる生命が誕生したと言う。
——創世の時代は、遥か昔。
しかし世界は今も、女神の遺した恩寵に満たされている。
世界の中心には変わらずに世界樹が聳え立ち、生み出されたマナは大木の根を伝って世界を循環。
人々は大気に溢れるマナを利用して魔術を使い、マナを〝マナ機関〟と呼ばれる機械に用いる技術を発見した。
これにより街を国をより一層発展させ、不自由のない暮らしを送ってきた。
だが、恵まれた環境の中でも争いは起きる。
ある時は資源の利権を巡り。
またある時は土地の支配権を。
またまたある時は、国家間の思想の相違により衝突が起き。
己が欲満たすため他国へ侵略し、戦果を拡げて行った。
時には、信ずる神の違いによっても、争いは起きた。
それでも、愚かな人々は気付かない。
物事の裏に、大きな脅威が潜んでいる事に。
ただ安穏と恩恵を享受して、生きるだけだ。
女神の愛した理想郷という、この虚構の楽園で。
齎された恩恵が、輝きが、犠牲の上に成り立っているとも知らずに、今日も生きている。
だから、僕は決めたんだ。
唯一無二の宝石を守る為、この楽園を————。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そこは薄暗い地下の一室。
中心には祭壇があり、地面には魔法陣が広がっていた。
部屋の中心で僕は、仄かに光を放って宙に浮かんだパネルを軽やかな動きで操作し、同じく宙に浮かんだ画面へ映った項目を確認していた。
表示される数値に異常はなく、術式も不具合は起きていない。
実行に際しての懸念はいくつかあるものの、些事に構う余裕はない。
実践あるのみだ。
「こちらの調整は最終段階もクリア、問題ないね。アレの準備はどうなってる?」
僕は後ろに控えているはずの男を探して、振り返った。
そうすればそこには思った通りの人物、長身でがたいが良く、僕とは父親くらい年の離れた男が、白銀の鎧を身に着けて、姿勢を正し立っていた。
「既に万全です。問題はありません」
「そ。ならいいよ」
落ち着いた低い声色の返答を聞いて前を向くと、パネルに表示された文字へ目を落とす。
『女神の愛が、この惑星に輝く生命を守る。故にこの術式の名は——』
と、そこには古代語でそう書かれていた。
確認したい事は一通り終えたので、画面を閉じるため然るべき手順を踏んでパネルへ触れていく。
「そういえば、いつもお連れのあの娘はどこに?」
「彼女ならお使いだよ」
「お使い……ですか」
「うん。宝石を取りに、ね。元はと言えば彼女の失態だ。失態は自らの手で挽回してもらわないと」
会話をしながら作業を進め、すべての画面が閉じたのを確認すると祭壇に祀られたある物へ触れる。
そうすればパネルが消失し、光源の一助が失われた空間はさらに闇を増した。
「手厳しいですね」
「これでも甘い方だと思うよ? 彼女じゃなければ今頃、首を飛ばしているよ」
男の言葉に体を後ろへ反転させると、手で首を斬る動作をして見せた。
すると男は困ったように肩を竦めて見せた。
あの日取りこぼしてしまった宝石は、僕にとって唯一無二の存在。
最後まで実行を渋った僕に対し「大丈夫」と流暢に語って、後押しをしたのは彼女なのだから、当然の処置だ。
(命があるだけ有難いと思ってもらわないと)
挽回の機会まで与えたのだ。
これ以上ないくらい寛大な処置だろう。
(——本音を言えば、僕が行きたかった)
だけどそれは叶わない願いだ。
楔に繋がれて、従順なふりを続ける今の僕では、動けない。
それに、来たる日に備え、僕にはやるべき事がある。
(汚物は一掃しないとね)
地位に胡坐をかき、散々僕らを弄んできたやつらに思い知らせるため。
気取られぬよう、粛々と準備を進める必要があった。
「そろそろ時間です。戻らねば怪しまれます」
「そうだね。……戻ろうか、あの地獄に」
男の声にうなずいて——地獄と称したあの場所と、表向きは善良そうなやつらの顔が思い浮かんで、反吐が出た。
(全く以って、忌々しい)
我欲に忠実で、人を踏みにじって生きるあれは、豚にも劣る悪辣な存在だ。
「お顔に出ていますよ。そんな顔をしていてはイメージが台無しです」
男が苦言を呈した。
奴らの事を考えていた自分が、いまどんな表情を浮かべているのかは想像に難くない。
「はっ。お前はいつも冷静だな」
「貴方様より人生経験は長いもので。仮面を被る事には慣れております」
「よく言うよ。まあ僕も見習わないと」
男も僕と同類だ。
いや、同志と言うべきか。
奴らに辛酸を舐めさせられた過去を持ち、僕と同じ痛みを知り、志を共にする者——その胸の内には、消えぬ復讐の炎が灯っている。
だが——耐えるしかなかった日々はもうすぐ終わりを告げ、思いが果たされる日は近い。
(それまではせいぜい演じてやるさ。やつらが望む姿をな)
そうして部屋の入口へと向かい、地上へと続く階段を上り始めた。
(さあ仮面を被れ。清廉潔白で、純真な僕を演じるんだ)
万人を愛し、愛される象徴として、僕は在る。
今は耐え忍ぶ時。
その時の訪れまで、屈辱を甘んじて受け入れよう。
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