終焉の謳い手~破壊の騎士と旋律の戦姫~

柚月 ひなた

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第一部 第二章 忍び寄る闇と誓い

第二十三話 歌は祝福 目覚める力

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 ドラゴンの灼熱の吐息ブレスは、シャノンとシェリルが展開した結界魔術を打ち砕き、二人とイリアは着弾の余波に吹き飛ばされてしまった。


 イリアは痛む体と、飛びそうになる意識を保って彼女達の姿を探すが、粉塵ふんじんに邪魔されて見えない。


「ようやく静かになったかしら?」


 鈴の音——違う。
 少女の声が遠くから聞こえた。

 風が収まり、少しずつ視界がクリアになって行く。

 辺りは立ち並んだ露店が壊れ、そこに並んでいたと思われる物が散乱し、酷い有様になっていた。
 それでも被害は数店舗ほどで済んでいる。
 奇跡とも言えるが、二人が結界で凌いだ功績だ。

 イリアは再度、二人を探して視線を彷徨さまよわせた。

 ——壁際で、よろよろと立ち上がるシャノンの姿を発見する。
 左腕を押さえ、ひたいから流れた血がまぶたを伝って落ちていた。

 シェリルは——シャノンとちょうど反対側、露店のあった場所からふらりと立ち上がる姿が見えた。
 ごほっとせき込み、その唇から血がこぼれる。

 二人とも無事とは言い難く、負傷が酷い。


「ね、時には諦めも肝心よ? 死にたくはないでしょ?」


 あわれみを含んだ少女の声が聞こえる。

 悔しいけど彼女の言うとおりだ。
 このままでは二人は——。
 

「うる、さいのよ、黙ってなさい」
「物分かりが悪いのね? そんなぼろぼろになって、何が出来るの?」


 シャノンは少女の言葉を拒絶した。
 少女は理解できないと言わんばかりの声色だ。

 あと一回、同じような攻撃を受けたら——状況が思わしくないのは見てわかる。

 ドラゴンは健在だ。
 動きはないが、あの少女が指示を出せばまた再び攻撃を仕掛けてくるのだろう。

 治癒術師ヒーラーのリシアが健在なら話は違ったかもしれないが、彼女は意識を失ったままだ。


「シャノちゃん、シェリちゃん、もういいよ。これ以上は……!」


 二人を死なせたくない一心でイリアは声を上げた。
 しかし、彼女達が首を縦に振る事はない。


「騎士、に……二言は、ありま……せん。諦めなければ……道は、っ」


 シェリルが何かを絡ませたような音でせき込めば、その唇から赤いしずくしたたり落ちた。

 満身創痍まんしんそうい——そんな状態だと言うのに、二人はふらつき、よろめきながらも歩を進め、イリアの眼前へとかばい立って見せた。

 この情景を見るのはこれで三度目だ。

 シャノンは抜剣して構え、シェリルは落としてしまった剣の代わりに左手をかかげた。


「……本当に、理解できない。……馬鹿なひとたち」


 どこか寂しそうな鈴の音が聞こえた。

 そして、屋根にたたずむ黒いローブの少女が右手を上げると、それを合図にドラゴンは再び動き出し、双子の姉妹が口を引き結ぶのが見えた。

 諦めない心——そんな二人の想いに応えるようにマナはきらめきを放ち、ドラゴンに立ち向かわんとしていた。

 ドラゴンの口元から炎が噴き出ている。
 再度、灼熱しゃくねつの吐息を吐き出すつもりなのだろう。

 桃色の髪がなびく背に守られるイリアは、何も出来ない歯がゆさに唇を噛んだ。


(私はこのまま、守られるだけなの? 二人が傷つくのを、黙って見ているしかないの?)


 拳に力が入る。


(悔しい……! 私に力があれば。あの時のような、力があれば——!)


 まぶたを閉じて強く願った。
 この手に抗う力を——! と。





 ——力なら持っているでしょう?


 頭の中で声が響く。


(……誰?)


 ——私は貴女。
 貴女は私。
 ほら、思い出して。


(……だめなの、思い出せないの。考えると頭が痛くなって、真っ白になる)


 ——感じるだけでいいの。
 心で、体で。


(何を? どうすればいいの?)


 ——貴女は知っているはず。
 恐れないで。
 

(わからないよ……私は……)


 ——思い出して、歌う事を。
 貴女の心は、体は覚えているでしょう?


(——うた……)


 ——そう、歌は祝福、導き。


(そうだ、あの時も……)


 ——貴女の歌は、運命を切り開くための鍵。


(歌……私の、歌——)


 ——ね?
 もう理解できたでしょう?

 さあ、歌って。
 つむいで。
 負けないで。

 運命に、抗って——!


 「パリン」と、頭の中で硝子ガラスが割れて弾けるような音がした。
 その瞬間、かすみがかった記憶の一端が鮮明になって、思い出す。


(そうだ、知っている。私は、守られるだけじゃない——!)


 歌は祝福。

 運命を切り開くための鍵であり——武器。
 この手には力がある。


(私の……私に与えられた力……!)


 さあ、うたおう。
 この局面を打開するための歌を——。

 想いに呼応して、マナが銀のきらめきを放つ。
 ぐっと、腕に力をめ、体を起こして、舞い踊る雪のようなマナをまとわせてイリアは立ち上がった。


『——つむぐは、天よりとどく雷鳴の賛歌——』


 イリアはうたう。
 声にマナを乗せて旋律せんりつつむぐ。


「このマナのきらめき……っ!」


 少女が舌打ちし、焦りの色を見せた。


「歌……?」
「イリア……さん……?」


 歌声を耳にしたシャノンとシェリルが振り返った。
 驚きの表情を浮かべている。
 イリアは「大丈夫」と伝える代わりに笑って見せて、歌い続ける。


『天空をかけ雷霆らいてい、立ち塞がる者』


 「パチン」と、少女が指を鳴らす音が聞こえた。
 イリアのすぐ近くに魔狼まろうの幻影が現れる。
 その数は四。すかさずシャノンとシェリルが対処しようとするが——。


とどろけ』


 イリアは〝敵〟を視界にとらえると、歌と共に指差した。


おののけ』


 雷が歌声に応える。


『貫け』


 指し示した先の対象に紫電が落ち——。


『墜ちよ』


 四体の獣の幻影は雷に撃たれ、霧へと還って行った。

 シャノンとシェリルはあっけにとられた様子で息を飲んでいた。

 幻影の消失を確認した黒い少女がすかさず右手を上げ、振り下ろすと、牙をのぞかせたドラゴンの口が開く。

 灼熱しゃくねつの吐息の前兆だろう。

 シャノンとシェリルが眉をひそめている。
 「もう一度結界を……!」と、詠唱の準備をする二人を追い抜いて、イリアはドラゴンの前へ立った。


「イリアさん、危ないからどいて!」


 シャノンの危惧きぐする声が聞こえた。

 でも、心配はいらない。


(この場を守る力が今の私にはある)


 その手段も自然と理解出来た。

 
『聖なる守りの讃歌——神なる光は旋律せんりつに宿る』


 そう、詠唱にもう一つの旋律せんりつを織り交ぜればいい。
 イリアは右手をかかげ、歌う。


『厄災をはばめ、清浄なる聖鎧せいがいの守護』


 マナを含んだ風が吹く。


 純白の羽根を思わせる、視覚化したマナがまばい光を放ちながら広範囲に、そして球状に広がって——その最中、ドラゴンから灼熱しゃくねつの吐息が吐き出された。

 熱と閃光がその場を支配する。

 ——けれど、問題はない。
 魔術は正常に発動している。

 展開したのは〝神聖翼壁結界ディ・ルミネプロテージュ〟。
 周囲を包む光の障壁が熱を遮断し、ブレスの威力を殺して衝撃を拡散していく。


「結界……」
「この、光……、神聖……魔術」


 背後からつぶやくような声が聞こえた。
 受け答えする間もなく、イリアは歌い続ける。

 守るべきものを護り、立ち塞がる敵を撃ちはらうために。

 歌声を響かせる——。
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