終焉の謳い手~破壊の騎士と旋律の戦姫~

柚月 ひなた

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第一部 第三章 動き出す歯車

第二十四話 王都に襲来する魔獣

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 空の異変。地震。
 そして続く魔獣の襲来——。

 城門から雪崩なだれ込んできた魔獣の群れが人々へと襲い掛かった。

 魔獣に気付いた城門を警備する騎士が応戦を始めたが、群れをしてやって来た脅威それに、明らかに人手が足りておらず。

 逃げ遅れた人が、蹂躙じゅうりんせんと牙をく獣の餌食えじきとなっていく。


「魔獣!?」
「リシアさんは結界をもう一度展開して下さい!」
「はいっ!」

 
 シャノン、シェリルが帯剣した銀の剣のを握り、路上へと出た。

 魔獣から逃れようと走る人を背に彼女たちは剣を引き抜き、リシアが結界魔術の詠唱を始める。

 イリアは剣先を城門へと向け、旋律をつむぎながら駆け出した。


つむぐは天よりとどろく雷鳴の賛歌——』

 
 その後ろで「イリアさん待って!」と呼び止める声が聞こえたが、止まる訳にはいかない。
 逃げる人の背を追って、獣たちが駆けて来ているのだから。


「きゃああ!」


 悲鳴を上げる女性に、飛び掛かろうとする獣——イリアはその獣を目でとらえると『つらぬけ、紫電しでんよ』と歌声を響かせた。

 雷鳴と共に、天より落ちた雷電が獣を貫き焼き尽くす。

 あちこちで同じように暴れる、獰猛どうもうな魔獣の姿が見えた。
 魔獣は二種類確認出来る。

 狼型の魔狼まろう
 体毛は灰色で耳が立ってふんが長く、首やしっぽが太い。
 一般的な大型犬より大きく体格のがっしりとした駿足しゅんそくの獣。

 そしてもう一種類。
 魔狼まろうと似ている黒毛の獣。
 体が魔狼まろうより一回り小さく、尻尾は細く、それ以外の身体的特徴は魔狼まろうとほぼ変わらない——犬型の魔獣、魔犬まけんだ。

 イリアは目にとらえた範囲の魔獣に向かって、歌をつむ紫電しでんを走らせた。


『響け、雷鳴の賛歌。おそれよ、聖なる鉄槌てっつい


 いくつもの雷柱らいちゅうが魔獣を打ち抜き、絶命へと至らしめる。

 しかし、門の向こうから途絶とだえる事なく獣が侵入して来ており、そのすべてをめっする事は出来なかった。

 魔狼まろう魔犬まけんも素早い上に数が多すぎるのだ。
 幻影を操る黒いローブの少女、女神の使徒アポストロスアインと相対した時とは規模も勝手も違う。


めっするだけなら、簡単だけど……)


 被害を考えず、力を振るえばいいだけだ。
 だがそうした場合——敵も味方も関係なく、殲滅せんめつの光に飲まれてしまう。


(——そんな事は望まない。
 この力は、無意味な破壊と命を奪うためではなく、人々を守るためにあるのだから)


 走り、城門前に近付くと、騎士たちが魔獣に応戦している姿がハッキリと見えて来る。


(やっぱり、おさえきれてない)


 またも多くの魔獣が彼らをすり抜け、獲物に噛みつかんと牙をのぞかせて街中へ駆けて来ている。
 イリアは歌い雷霆らいていを走らせ、時に至近距離まで迫り襲い掛かってくる魔獣を斬りせた。

 ——だが、殲滅せんめつの速度よりも早く魔獣は城門の向こうからやって来て、とらえきれなかった魔獣が攻撃をすり抜け街の奥へと侵入するのを許してしまう。

 異常な数だ。
 わかるのは、城門の向こう側から来ていると言う事だけ。
 原因は外にあるのだろう。


(何とかしないと)


 世界を愛する女神様。
 女神様の祝福を受けた女神の使徒アポストロスとして、困難を打ち破り人々を守る事——。


(それが私の願いであり、使命。
 そのためであれば躊躇ためらわない)


 イリアは思いを胸に、城門を目指して走った。

 道中には傷つき倒れる人々の姿がある。
 けれど治癒術をかけている暇はない。

 向かってくる魔獣を斬り伏せ、ぎ払い、住民へ襲い掛かろうとする魔獣には雷の鉄槌てっついを落とし、それだけで手一杯だ。


「君、危ないから下がりなさい!」


 城門に最接近すると、魔獣と対峙たいじしている甲冑かっちゅうを身に着けた騎士たちの内の一人が眼前の獣を剣で斬り殺し、こちらへ向かって叫んだ。

 しかしその後ろに素早く肉薄する魔獣の姿を見つけ、イリアは『とどろけ』と短く口ずさんで、雷を落とし魔獣を排除した。

 雷撃を目撃した騎士たちから驚きの視線が向けられる。


「私の事はいいから、他の人の救助を!」


 イリアは騎士の防衛線を抜けて、こちらへ接近する魔獣を剣の一振りで切り落とすと、彼らの横を通り城門を超えて——王都と外を繋ぐ橋の前へと出た。

 都市の外側には城壁に沿って都市をぐるっとかこむ様に、はばのとても広いほり——水路がきずかれており、水が引き込まれていた。

 王都と外を繋ぐのは、今立っているこの一本のね橋だ。

 馬車がゆうにすれ違える横幅があり、広い水路の上にまたがって向こう側の街道へとけられた橋。

 その橋上きょうじょうには、場を埋め尽くし押し寄せる魔獣の大軍が見えた。
 城門前を振り返って見れば、凄惨せいさんな状況がうかがえる。

 行商や他の街から来たであろう馬車のキャビンが壊れて放置され、戦闘の跡と、赤い血が飛び散り、魔獣の死体や事切れて物言わぬ亡骸なきがらが転がっていた。

 たくさんの人が負傷してうずくまっており、恐怖に打ちのめされている。

 視線を橋の更に向こう側へ向けると、街道にも動く人と獣らしき姿がわずかに視認できた。

 状況を確認していると、先ほど城門前で戦っていた騎士たちが魔獣を片付けたらしく駆け付け、イリアと橋から迫る魔獣の間へ立ちふさがった。


「ここは我々がおさえます!」
「民間人は早く非難して下さい!」


 イリアと負傷した人々に向かって、彼らエターク王国の騎士は叫ぶ。
 そうして毅然きぜんつるぎを構え、魔獣の大軍を前に一歩も引かず勇敢な姿勢を見せていた。

 この地に住む者を守るのが、彼らの使命でありほこりである事はわかっている。
 けれど、押し寄せる数に対して、いまここに居る騎士の数はたったのじゅう名。

 魔獣の数はその数倍の規模がある。
 おさえるにはあまりに騎士の人数が少なすぎる。
 城門の警備の騎士がこれほど少ないのは、先の地震の影響もあるのだろうが、無謀むぼうだ。

 イリアは彼らに向かってりんとして言い放つ。


「私が何とかします。騎士様はどうか、負傷者の救助を」
「何を馬鹿な事を! いいから下がりなさい!」


 騎士達は引かない。

 そんな彼らの姿勢はこのましく美しいが——誇りプライドよりも命が大切だ。

 揺るがず雄々おおしい背を見せる騎士たちの背後を見つめながら、イリアは左手をかかげ、迫る魔獣の群れに向かって人差し指を突き出した。


(この場に居る誰一人、死なせはしない)


 イリアもまた己の誇りプライドと使命にじゅんじ、歌をつむぐ。
 皆を守るために——。
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