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第一部 第四章 隠された世界の真実
第三話 色付き芽吹く感情
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ナビアからの救援要請を受け向かう道中の船上で、イリアはルーカスから「好きだ」と想いを告げられ——受け入れた。
その情報は甲板に居合わせた、特務部隊の団員により瞬く間に船内へ知れ渡る。
当然、ルーカスの妹・双子の姉妹シャノンとシェリル、リシアの耳にも入った。
ルーカスと想いを通じ合わせた翌日、イリアは体調が幾分か良くなったシャノンとシェリル、それからリシアに「お兄様(団長さん)との件を詳しく!」と詰め寄られ、船室内で話をする事に。
船室は必要最低限、寝泊りするための造りのため簡素で広くはない。
入って正面の壁際に机が置いてあり、左右の壁にはそれぞれ二段ベッドが備え付けられていて、四人はベッドの一段目にシャノンとシェリル、イリアとリシアに分かれて座っていた。
「イリアさん、おめでとう! ようやくお兄様も素直になれたみたいで一安心だわ。これでお義姉様って呼べるわね、シェリル」
「ええ、長かったですね。おめでとうございます、イリアお義姉様」
「イリアさん、おめでとうございます! 団長さんと上手く行ってよかったですね」
口々に祝福の言葉が告げられて、イリアは気恥ずかしくなった。
「シャノちゃん、シェリちゃん、リシアちゃん、ありがとう」
「それで、お兄様は何と仰ってご自分の気持ちを伝えられたのですか?」
シェリルの問いかけに、イリアは想いを伝えて来たルーカスの表情を思い出した。
ルーカスの頬はほんのり赤く、いつもはキッと上がった眉尻と泣き黒子のある目尻が下がって、反対に口角の端が上がり、とても綺麗な……幸せそうな笑顔を浮かべていた。
誤って飲酒した時に見せた笑顔と同じだ。
(あの笑顔はずるい……)
難しい顔をしてる事が多い普段とのギャップと、端正な顔立ちなのもあってその破壊力は計り知れない。
見惚れて固まってしまうのも仕方がないと言うものだ。
「……ストレートに、好きだって」
「無難ですが、お兄様らしいですね」
「団長さん、硬派ですもんね」
シェリルとリシアが「うんうん」と頷き合っている。
すると、シャノンが「ねえ、お義姉様」と身を乗り出して来た。
「お兄様を好きになったきっかけって何だったの?」
「あ、気になります! やっぱり教団で一緒に過ごした日々の中で、ですか?」
(きっかけ……か)
そう聞かれてイリアは過去に思いを馳せた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
——ルーカスと初めて出会ったのは、戦場だ。
アディシェス帝国の不穏な動きを察知したルキウス様は、私とラメド、そして教団兵を率いて、アディシェス帝国を警戒したエターク王国が軍を展開し、睨みを利かせるディチェス平原へと赴いた。
辿り着いた時には既に、戦いの火蓋が切って落とされており、彼はそこで金髪の少女の亡骸を抱いて泣き叫び、力を暴走させていた。
周囲のあらゆるものを破壊し、崩壊させ、そこに在る存在が無差別に消滅して行く。
その有様は、彼の悲壮を表しているかのようだった。
ルーカスの悲しみ、嘆き、怒る姿に私は共感を覚えた。
知らないはずなのに理解出来る感情の波に、胸が締め付けられて痛かった。
(……思えば私は、昔から記憶に振り回されてきた気がする)
呪詛以前に、幼少期の記憶が、朧気にしかない。
今も、霧がかかったように不明瞭で、思い出す事が出来ない。
『この力は……そうか。レーシュ、彼に歌を聞かせてあげなさい』
『はい、ルキウス様』
私は歌った。
大切な誰かを失った痛み、魂の叫びを鎮めるように。
犠牲となった命を悼み、星に還れますように——と、想いをこめて。
安らかな眠りへと誘う、鎮魂歌を。
歌の魔術がもたらす作用に抗えず、彼が眠りへ落ちると力の放出は止まった。
ルキウス様は言った。
彼の力は使徒の力、【崩壊】を冠する神秘によるものと、それから——。
(……破壊の力の由来……聞いたはずなのに、思い出せない)
ともかく、宿る二つの力が合わさり、精神の不安定さから再度、暴走の危険があるため、教団で身柄を預かる事になった。
私は、封印部屋へ拘禁された彼の様子が気になって仕方なくて。
都合よく枢機卿団に彼の監視と、万が一力を暴走させた時の抑制を命じられたため、それを口実に暇さえあれば様子を見に行った。
後で知ったことだけど、戦場でルーカスが抱きかかえていた金髪の少女は、婚約者であったカレン王女で、彼は愛する大切な人を目の前で……無残に殺されていた。
その痛みと喪失感は、計り知れない。
初めのうちは、目覚める度に泣きわめいては絶望し、呪いの言葉を口にしていた。
少しずつ落ち着いては行ったけど、今度は多くの命を奪った罪悪感に苛まれ苦しんでいて、私は……。
記憶の中にある優しく微笑む誰か——多分、お母さんだと思う人に「覚えていて」と聞かされた、心安らぐ歌を彼に歌うくらいしか出来なかった。
絶望と罪悪感が少しでも和らげばいいと、想いをこめて。
(だって、どんな言葉をかければいいのか、わからなかった)
自我を持った時には女神の使徒、教団の魔術師兵として他人と隔絶された生を歩んでおり、人との関わり方を教わって来なかった。
代わりに——。
『感情に囚われてはいけないよ。人との関わりは最低限でいい。女神様の僕として、女神様が愛する世界に溢れる悲しみを減らすには、使徒である君が力を振るい、身を捧げて根源を絶てばいい。神秘の恩寵はそのためにあるのだからね』
と、枢機卿に教えられた。
ずっと「そうなんだ」って、教えを疑うことなく信じていた。
淡々と任務をこなし、誰かの悲しみに痛みを感じることはあってもそれだけ。
他人に興味を示し、積極的に関わろうとはしなかった。
(でも、ルーカスに覚えた共感から彼と接することになって、それは違うって気付いた)
私は歌って、そしてルーカスと言葉を交わし、そこから交流が始まる。
そうすることでゆっくりだけど、ルーカスは絶望と罪悪感の沼から抜け出して行き——人との関わりが誰かの力になるんだって事を、私は初めて知った。
力を抑えるための魔術器が完成してからルーカスは、身体面のリハビリと力の制御の鍛錬に明け暮れた。
枢機卿団から任命され、私の補佐官であったフェイヴァがルーカスの相手として鍛錬に付き添った。
魔術器があっても力の制御は容易ではなかったみたいで、何度も失敗を重ねて。
苦しみ、もがき……それでもルーカスは諦めなかった。
力の事だけじゃなく、精神面でも同じだ。
ルーカスが教団にいる間、他愛のない会話をしながら、少なくない時間を一緒に過ごした。
彼は真面目で固いところもあったけど、視野が広く、色んな事を知っていて、たくさんの話を聞いた。
そうする事で、私も知らなかった自分自身の新しい発見があって、楽しかった。
とても新鮮だった。
発見と言えば、紅茶の淹れ方もそうだ。
昔から時々、ルキウス様は私をお茶に誘う事があって、その時に教えてもらった。
今にして思えば、枢機卿達はいい顔をしていなかったけど、誘われればルキウス様の私室にお邪魔して、お茶菓子と紅茶を頂いた。
ルキウス様とのお茶会は、会話はそう多くなかったけど、紅茶がとても美味しくて穏やかな時間だった。
ルーカスと過ごす時もこうやって「一緒にお茶を飲めたら楽しいかな?」と思った。
それが動機となって、習得した特技だ。
お菓子もついでに作れたらいいなと思って挑戦したけど、そっち方面は才能がなかったみたいで……早々に諦めた。
そうして彼に関わる事で、変わって行く自分に気付いて。
希薄だった感情が色付いて芽吹き、世界を見る目も変わった。
(ルーカスは私を恩人だって言うけど、それは私にとっても同じ)
彼は私を光へ導き、光をもたらす者。
王国へと帰り、歩む道が違っても彼を忘れる事はなかった。
時折、戦場で顔を合わせる時もあり、力を使いこなして活躍する姿を見た時は——何というか、本当に凄いと思った。
ルーカスが悲しんで嘆いていた姿を知っているから、絶望の淵から立ち上がり、ひたむきに前を向く姿は眩しくて。
心の強さに惹かれた。
それからルキウス様の葬儀の時。
寂しくて悲しくて、でも涙を流せずにいた私をルーカスは人知れず気遣ってくれて。
その優しさが嬉しかった。
記憶を封じられた後も、そう。
自分のことがわからず、胸を埋め尽くす空虚と不安な気持ちに圧し潰されそうになっていた時に、ルーカスは私の気持ちに寄り添い、名を懸け剣を捧げて誓いをくれた。
私を助け、私の力になると。
その誓いを破らず、困難に直面した際は助けに来てくれた。
(……凄く、心強かった。頼もしくて格好良くて、惹かれるなって言う方が無理だよね)
女神の使徒、教団の魔術師兵として使命に準じ戦場を駆け巡って来たから、普通の感覚がわからなくて、色恋沙汰にも疎い。
それでも、過去の記憶を思い出して、公爵家に保護されてからの出来事を経て、自覚せずにはいられなかった。
積み重ねた日々の中で、いつの間にか大きくなった彼の存在に、無意識の内に募らせていた感情の正体に。
その感情の名は——「好き」という好意。
だから、ルーカスが私へ向ける気持ちにもなんとなく気付いて、夜の庭園で試すような事を言った。
(あの時は思いがけず抱き締められて、羞恥心に負けて逃げちゃったけど……)
ルーカスが想いを伝えてくれた昨日の事が思い浮かび、嬉しくて温かな気持ちで胸がいっぱいになる。
誰かを想い、想われる事でこんなにも幸せになれるのだと、初めて知った出来事に、顔を緩ませずにはいられなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……なんだか幸せそうですね、お義姉様」
「見てるこっちがおなか一杯になりそうだわ」
双子の姉妹の声に、思考が現実へと戻る。
ルーカスと同じ紅色の瞳を持った二人と、黒瑪瑙の瞳を向けて「使徒同士のラブロマンス……」と意味深に呟いたリシアがこちらを覗き込んでいた。
イリアは「ふふ」と笑って、突き立てた人差し指を唇に寄せる。
「ルーカスを好きになった理由は、また今度ゆっくり、ね」
彼との思い出は、簡単に一言では語りつくせない。
(ナビアでの任務を終えて、公爵家の邸宅へ帰ったら……その時にでも)
そこで気付く。
教団が帰る場所だと、考えていない自分に。
女神の使徒としての使命を放棄するつもりはないし、弟ノエルの事もある。
教団との関係は切っても切れない。
けれどいつの間にか、ルーカスの居る場所が「私の帰る場所」になっているのだと、イリアはそう認識するのだった。
その情報は甲板に居合わせた、特務部隊の団員により瞬く間に船内へ知れ渡る。
当然、ルーカスの妹・双子の姉妹シャノンとシェリル、リシアの耳にも入った。
ルーカスと想いを通じ合わせた翌日、イリアは体調が幾分か良くなったシャノンとシェリル、それからリシアに「お兄様(団長さん)との件を詳しく!」と詰め寄られ、船室内で話をする事に。
船室は必要最低限、寝泊りするための造りのため簡素で広くはない。
入って正面の壁際に机が置いてあり、左右の壁にはそれぞれ二段ベッドが備え付けられていて、四人はベッドの一段目にシャノンとシェリル、イリアとリシアに分かれて座っていた。
「イリアさん、おめでとう! ようやくお兄様も素直になれたみたいで一安心だわ。これでお義姉様って呼べるわね、シェリル」
「ええ、長かったですね。おめでとうございます、イリアお義姉様」
「イリアさん、おめでとうございます! 団長さんと上手く行ってよかったですね」
口々に祝福の言葉が告げられて、イリアは気恥ずかしくなった。
「シャノちゃん、シェリちゃん、リシアちゃん、ありがとう」
「それで、お兄様は何と仰ってご自分の気持ちを伝えられたのですか?」
シェリルの問いかけに、イリアは想いを伝えて来たルーカスの表情を思い出した。
ルーカスの頬はほんのり赤く、いつもはキッと上がった眉尻と泣き黒子のある目尻が下がって、反対に口角の端が上がり、とても綺麗な……幸せそうな笑顔を浮かべていた。
誤って飲酒した時に見せた笑顔と同じだ。
(あの笑顔はずるい……)
難しい顔をしてる事が多い普段とのギャップと、端正な顔立ちなのもあってその破壊力は計り知れない。
見惚れて固まってしまうのも仕方がないと言うものだ。
「……ストレートに、好きだって」
「無難ですが、お兄様らしいですね」
「団長さん、硬派ですもんね」
シェリルとリシアが「うんうん」と頷き合っている。
すると、シャノンが「ねえ、お義姉様」と身を乗り出して来た。
「お兄様を好きになったきっかけって何だったの?」
「あ、気になります! やっぱり教団で一緒に過ごした日々の中で、ですか?」
(きっかけ……か)
そう聞かれてイリアは過去に思いを馳せた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
——ルーカスと初めて出会ったのは、戦場だ。
アディシェス帝国の不穏な動きを察知したルキウス様は、私とラメド、そして教団兵を率いて、アディシェス帝国を警戒したエターク王国が軍を展開し、睨みを利かせるディチェス平原へと赴いた。
辿り着いた時には既に、戦いの火蓋が切って落とされており、彼はそこで金髪の少女の亡骸を抱いて泣き叫び、力を暴走させていた。
周囲のあらゆるものを破壊し、崩壊させ、そこに在る存在が無差別に消滅して行く。
その有様は、彼の悲壮を表しているかのようだった。
ルーカスの悲しみ、嘆き、怒る姿に私は共感を覚えた。
知らないはずなのに理解出来る感情の波に、胸が締め付けられて痛かった。
(……思えば私は、昔から記憶に振り回されてきた気がする)
呪詛以前に、幼少期の記憶が、朧気にしかない。
今も、霧がかかったように不明瞭で、思い出す事が出来ない。
『この力は……そうか。レーシュ、彼に歌を聞かせてあげなさい』
『はい、ルキウス様』
私は歌った。
大切な誰かを失った痛み、魂の叫びを鎮めるように。
犠牲となった命を悼み、星に還れますように——と、想いをこめて。
安らかな眠りへと誘う、鎮魂歌を。
歌の魔術がもたらす作用に抗えず、彼が眠りへ落ちると力の放出は止まった。
ルキウス様は言った。
彼の力は使徒の力、【崩壊】を冠する神秘によるものと、それから——。
(……破壊の力の由来……聞いたはずなのに、思い出せない)
ともかく、宿る二つの力が合わさり、精神の不安定さから再度、暴走の危険があるため、教団で身柄を預かる事になった。
私は、封印部屋へ拘禁された彼の様子が気になって仕方なくて。
都合よく枢機卿団に彼の監視と、万が一力を暴走させた時の抑制を命じられたため、それを口実に暇さえあれば様子を見に行った。
後で知ったことだけど、戦場でルーカスが抱きかかえていた金髪の少女は、婚約者であったカレン王女で、彼は愛する大切な人を目の前で……無残に殺されていた。
その痛みと喪失感は、計り知れない。
初めのうちは、目覚める度に泣きわめいては絶望し、呪いの言葉を口にしていた。
少しずつ落ち着いては行ったけど、今度は多くの命を奪った罪悪感に苛まれ苦しんでいて、私は……。
記憶の中にある優しく微笑む誰か——多分、お母さんだと思う人に「覚えていて」と聞かされた、心安らぐ歌を彼に歌うくらいしか出来なかった。
絶望と罪悪感が少しでも和らげばいいと、想いをこめて。
(だって、どんな言葉をかければいいのか、わからなかった)
自我を持った時には女神の使徒、教団の魔術師兵として他人と隔絶された生を歩んでおり、人との関わり方を教わって来なかった。
代わりに——。
『感情に囚われてはいけないよ。人との関わりは最低限でいい。女神様の僕として、女神様が愛する世界に溢れる悲しみを減らすには、使徒である君が力を振るい、身を捧げて根源を絶てばいい。神秘の恩寵はそのためにあるのだからね』
と、枢機卿に教えられた。
ずっと「そうなんだ」って、教えを疑うことなく信じていた。
淡々と任務をこなし、誰かの悲しみに痛みを感じることはあってもそれだけ。
他人に興味を示し、積極的に関わろうとはしなかった。
(でも、ルーカスに覚えた共感から彼と接することになって、それは違うって気付いた)
私は歌って、そしてルーカスと言葉を交わし、そこから交流が始まる。
そうすることでゆっくりだけど、ルーカスは絶望と罪悪感の沼から抜け出して行き——人との関わりが誰かの力になるんだって事を、私は初めて知った。
力を抑えるための魔術器が完成してからルーカスは、身体面のリハビリと力の制御の鍛錬に明け暮れた。
枢機卿団から任命され、私の補佐官であったフェイヴァがルーカスの相手として鍛錬に付き添った。
魔術器があっても力の制御は容易ではなかったみたいで、何度も失敗を重ねて。
苦しみ、もがき……それでもルーカスは諦めなかった。
力の事だけじゃなく、精神面でも同じだ。
ルーカスが教団にいる間、他愛のない会話をしながら、少なくない時間を一緒に過ごした。
彼は真面目で固いところもあったけど、視野が広く、色んな事を知っていて、たくさんの話を聞いた。
そうする事で、私も知らなかった自分自身の新しい発見があって、楽しかった。
とても新鮮だった。
発見と言えば、紅茶の淹れ方もそうだ。
昔から時々、ルキウス様は私をお茶に誘う事があって、その時に教えてもらった。
今にして思えば、枢機卿達はいい顔をしていなかったけど、誘われればルキウス様の私室にお邪魔して、お茶菓子と紅茶を頂いた。
ルキウス様とのお茶会は、会話はそう多くなかったけど、紅茶がとても美味しくて穏やかな時間だった。
ルーカスと過ごす時もこうやって「一緒にお茶を飲めたら楽しいかな?」と思った。
それが動機となって、習得した特技だ。
お菓子もついでに作れたらいいなと思って挑戦したけど、そっち方面は才能がなかったみたいで……早々に諦めた。
そうして彼に関わる事で、変わって行く自分に気付いて。
希薄だった感情が色付いて芽吹き、世界を見る目も変わった。
(ルーカスは私を恩人だって言うけど、それは私にとっても同じ)
彼は私を光へ導き、光をもたらす者。
王国へと帰り、歩む道が違っても彼を忘れる事はなかった。
時折、戦場で顔を合わせる時もあり、力を使いこなして活躍する姿を見た時は——何というか、本当に凄いと思った。
ルーカスが悲しんで嘆いていた姿を知っているから、絶望の淵から立ち上がり、ひたむきに前を向く姿は眩しくて。
心の強さに惹かれた。
それからルキウス様の葬儀の時。
寂しくて悲しくて、でも涙を流せずにいた私をルーカスは人知れず気遣ってくれて。
その優しさが嬉しかった。
記憶を封じられた後も、そう。
自分のことがわからず、胸を埋め尽くす空虚と不安な気持ちに圧し潰されそうになっていた時に、ルーカスは私の気持ちに寄り添い、名を懸け剣を捧げて誓いをくれた。
私を助け、私の力になると。
その誓いを破らず、困難に直面した際は助けに来てくれた。
(……凄く、心強かった。頼もしくて格好良くて、惹かれるなって言う方が無理だよね)
女神の使徒、教団の魔術師兵として使命に準じ戦場を駆け巡って来たから、普通の感覚がわからなくて、色恋沙汰にも疎い。
それでも、過去の記憶を思い出して、公爵家に保護されてからの出来事を経て、自覚せずにはいられなかった。
積み重ねた日々の中で、いつの間にか大きくなった彼の存在に、無意識の内に募らせていた感情の正体に。
その感情の名は——「好き」という好意。
だから、ルーカスが私へ向ける気持ちにもなんとなく気付いて、夜の庭園で試すような事を言った。
(あの時は思いがけず抱き締められて、羞恥心に負けて逃げちゃったけど……)
ルーカスが想いを伝えてくれた昨日の事が思い浮かび、嬉しくて温かな気持ちで胸がいっぱいになる。
誰かを想い、想われる事でこんなにも幸せになれるのだと、初めて知った出来事に、顔を緩ませずにはいられなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……なんだか幸せそうですね、お義姉様」
「見てるこっちがおなか一杯になりそうだわ」
双子の姉妹の声に、思考が現実へと戻る。
ルーカスと同じ紅色の瞳を持った二人と、黒瑪瑙の瞳を向けて「使徒同士のラブロマンス……」と意味深に呟いたリシアがこちらを覗き込んでいた。
イリアは「ふふ」と笑って、突き立てた人差し指を唇に寄せる。
「ルーカスを好きになった理由は、また今度ゆっくり、ね」
彼との思い出は、簡単に一言では語りつくせない。
(ナビアでの任務を終えて、公爵家の邸宅へ帰ったら……その時にでも)
そこで気付く。
教団が帰る場所だと、考えていない自分に。
女神の使徒としての使命を放棄するつもりはないし、弟ノエルの事もある。
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