終焉の謳い手~破壊の騎士と旋律の戦姫~

柚月 ひなた

文字の大きさ
105 / 206
第一部 第四章 隠された世界の真実

第七話 真実への扉

しおりを挟む
 パール神殿を目指し、イシュケの森のゲートを破壊しながら進んでいたルーカス達は、神殿のあるみずうみが視認出来る距離まで近付き、そして神殿へ続く道の前にゲートを発見すると破壊へと乗り出した。


「それじゃ、ここは私とシェリルが魔獣を——」
つゆ払いは任せて」


 シャノンが言い終わるよりも早く、イリアが動いた。
 まぶたを閉じて、息を吸い込んで——つやめく唇から旋律せんりつつむがれる。

 
『天よりくだちて、さばきのほこよ』


 イリアの歌をきながら、ルーカスはゲートへ向かって駆け出した。


(イリアの援護がある。魔獣を心配する必要はない)


 黒に染まったマナが、イリアの詠唱歌えいしょうかに呼応して銀に色を変え、彼女の方へと流れていくのが見えた。


「第一限定解除! コード『Λラムダ-143612』!」
『コード確認。第一限定、開放リリース


 ルーカスが解除コードを口にすれば、魔術回路の刻まれた紅色あかいろ魔輝石マナストーンが光り、紅い輝きが左の腕輪からあふれ出る。

 その輝きがゆらめき、手から刀のつかを伝って、刀身へまとわりつくかの様に宿やどった。


『輝きし〝神翼の聖槍ディ・エール・ジャベリン〟——光の槍よ、討ちほろぼして』


 歌声が響き、ゲートの周辺と、そこから出現しようとする魔獣の躯体くたいを天から降りそそいだ光の槍が貫き、命を焼き尽くしていく——。

 ルーカスは木々の合間をって森を抜け、はばむものがなくなると一足飛びにてゲートへと至り、刹那に刀を横にぎ払った。

 ——ゲートは破壊の力に触れ、あっけなく崩れて消えた。

 刀を手にしたまま、周辺を見渡す。
 湖畔こはんは木々もなく切り開かれており、開けた地に雄大な青緑ティールブルーが広がっていた。
 
 みずうみの中心向かって白の石材で桁橋けたばしけられており、その先には尖塔せんとう象徴的しょうちょうてきな、白造《しろづく》りの建物が見える。


(あれがパール神殿か)

 
 目に見える範囲の魔獣は、イリアの魔術により排除されており、脅威がないと判断してルーカスは刀を納めた。


「各班へ哨戒しょうかいに当たるよう指示致します」


 背後から落ち着きのある低い声が聞こえて振り返れば、耳元に輝く翠玉色エメラルド耳飾りイヤリングに手を添えて通信をこころみるロベルトと、みなの姿があった。

 ルーカスはうなずき、前方へ向き直ると神殿へ続く橋に向かって歩き出した。





 ——そうして、橋の先、繊細せんさいで洗練された造形ぞうけいの神殿へと辿たどりり着く。

 湖中にあっても風化せずおごそかなそこは、扉が閉ざされ、静寂とよどんだ空気に包まれていた。

 空気中に無数の黒い雪が舞っている。


「……静かすぎる。神殿には教団の司祭たちがいるはずなのに」


 怪訝けげんな表情を浮かべたイリアが、つぶやいた。
 それはルーカスも感じていた。

 すぐ近くにゲートが発生したため、魔獣から逃れるため神殿に籠っているのかも知れない。
 だが、だとしても神殿の維持には少なくない人が従事しているはずで、一切の音と動きを感じ取れないのは異様だった。


「探知魔術で中の様子がわかるか?」
「いえ、ダメですね」


 アイシャが首を横に振った。

 恐らくは機密保持のための隠蔽いんぺい魔術だろう。
 国の重要施設などではめずらしくない事だ。


「ともかく中へ入ってみよう」


 ルーカスは固く閉ざされた、白く冷たい扉に両の手を置いて、押した。
 堅牢けんろうな扉は、少し押しただけでは微動びどうだにせず、重量感がある。

 二の腕の筋肉に更なる力をめて、目一杯押す。

 と、重い石が引きずるような音を立て、神殿の扉が開かれて行った。
 完全に開け放たれると、白い壁に高い天井、白く太い丸柱が間隔よく立ち並ぶ建物入口エントランスだった。

 左右に扉や通路があり、正面奥には入口と似たつくりの大きな扉が見える。

 そして、大理石が使われた床には、純白の祭服を身にまとった、教団の司祭と思われる人々が——正常ではない姿で存在していた。


「これは……」


 息を飲む。

 そこに広がっていたのは、動きを止めた何十人もの人が床に横たわり、あるいは壁にもたれ、生命の輝きの感じられない光景だった。

 イリアとリシア、それにアーネストが倒れる司祭たちへと駆け寄っていく。


「……洒落しゃれになんねえ」
 

 声を発したハーシェルの方へ目を向ければ、苦虫をつぶしたような顔をしており、それは並び立ったロベルトとアイシャも同じだった。

 少し後ろに立つ双子の妹たちは、痛ましい表情で隣あった手を繋いで握りしめている。

 ルーカスは先に駆け出した三人を追って、神殿内へ足を踏み入れると、入口近くで倒れる司祭の前に立ち尽くす、イリアのそばへ並んだ。

 表情をうかがえば、唇をんで勿忘草わすれなぐさ色の瞳を大きく揺らしている。


「——事切れていますね」
「外傷は見当たりません、一体何が……?」


 司祭の様子を見てつぶやく、アーネストとリシアの声が聞こえた。
 二人の言うように、倒れる司祭の着衣は綺麗で、血痕けっこんも見当たらない。

 だが、これほど多くの命が理由なく失われるはずもなく——。


(……何が起きているんだ)


 死の静寂せいじゃくに支配された神殿に疑問をいだく。


「……マナ欠乏症……」


 すると、イリアが消え入りそうな声でその言葉を口にして、次の瞬間。


「——う、あ……あぁっ!」


 叫び声を上げて目を見開き、頭をかかええ込み。


「どうして……どうして……っ!!」


 わなわなと震え、絞り出すように悲痛な高音をはっして、取り乱した。

 咄嗟とっさに、ルーカスはイリアの肩を抱き寄せる。
 そうして左手は背に回し、空いた右の手で、落ち着かせるように頭をでた。

 ——彼女が取り乱した理由は恐らく、記憶絡みだろう。


「ルーカス、わたし……!」


 腕の中のイリアが、こちらを見上げた。


「なんで、こんなっ……忘れて——!」


 髪色と同じ銀の眉根を下げて、勿忘草わすれなぐさ色の瞳を揺らして何かをうったえかけている。


「何を……思いだしたんだ?」


 問いかければ、イリアの顔がせられ、頭を胸にうずめて寄りかかって来た。


「……ぜんぶ、全部、だよ」


 ほんの少しの間を置いて、少し落ち着きを取り戻した声の告げた言葉が意味するのは、呪詛じゅそからの解放だった。

 ——今この瞬間、彼女の記憶を縛るかせは、取り払われた。


「行かないと」
何処どこへ?」
「……ついて来て」


 余韻よいんひたる間もなく、胸に寄りかかった頭の重みがなくなって、イリアが腕をすり抜けていく。
 銀糸をなびかせて、向かった先は最奥の扉だ。

 ルーカスはロベルトへ顔を向けた。


「すまないがみなと神殿内の状況確認を頼む」
「わかりました。こちらは任せて下さい」


 うなずきと肯定こうていが返って来る。
 アイシャ、ハーシェル、アーネストへと視線を送ると、ロベルト同様にうなずく姿があった。


「私たちも行くわ!」
「イリアお義姉ねえ様の護衛として、お供致します」
「わ、私も!」


 シャノン、シェリル、リシアは同行の意思を示し、先を行って奥の扉前に立つイリアを見れば、彼女は静かに首を縦に振った。

 イリアが扉に手を触れると、扉は一人でに開き——彼女は中へと進んで行く。

 ルーカス達はイリアを追って走り、そのまま開かれた扉の中へと足を踏み入れた。





 部屋は円状のつくりで、高い天井に円形の天窓、白い壁にはステンドグラスの背の高い窓が立ち並び、部屋の最奥には紫君子欄ムラサキクンシランかざられた絢爛けんらんな祭壇と女神像があった。


「ここは?」
「祈りの間よ」


 ルーカスが問えば、先に入室して祭壇のそばに立ったイリアが答えた。


教皇聖下きょうこうせいかにのみ許された間ですね」
「さすがリシア。敬虔けいけんな女神の信者だけあって詳しいわね」
「イリアお義姉ねえ様、ここに何があるのですか?」
「——この下よ」


 イリアがまつられた女神像へと手を伸ばし、触れた。

 すると部屋の中心が光り、魔法陣が出現して——。

 魔法陣が消えると同時に下へと続く通路、階段が現れた。


「地下……?」


 ルーカスは驚きを隠せずまばたきをした。
 双子の姉妹とリシアも目を見張っている。

 近付いてのぞき込むが、階段の先は暗くてよく見えない。

 しかし、イリアが現れた階段へと進み、そこに足を乗せた瞬間。
 段上から光がともり、洪水のようにあふれて下までの道を照らした。

 イリアは迷いなく階段をくだって行く。
 ルーカス達もその後に続き、成人男性二人分ほどのはばの空間を、靴音を響かせながらくだって行った。

 ——しばらく降りて、階段の終着点へと辿たどり着く。

 イリアが終着点に足を踏み入れると、階段の時と同じく光がともって、暗闇に包まれた空間があらわになる。

 そこは、祈りの間よりは狭いが、似たような円状のつくりの、白い壁でおおわれた空間だった。

 奥の壁には、壁画が描かれ、魔法陣の浮かぶ扉がある。


「神殿内部にこんなところがあったなんて……驚きよ。あの扉は何?」


 シャノンの問いに、歩みを止めず進んで——扉へと至ったイリアが答える。


「この扉は資格のある者しか開く事が出来ないの」
「資格……? 神秘アルカナのような?」


 イリアは扉を見つめ、押し黙る。

 沈黙の中、こだまする足音を聞きながら、ルーカス達も扉の近くへと歩み寄った。

 短い沈黙を経て、イリアがおもむろに扉へと手を伸ばした。

 その白い手が魔法陣に触れると——魔法陣が一瞬、まば閃光せんこうを放ち砕けて、マナの残滓ざんしきらめめかせた。

 そうしてイリアは告げる。


「——女神の血族。教団の真なる守り人、その血を引く者だけが、扉を開く事が出来るのよ」


 彼女の記憶に隠された、真実の一つを——。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

〈完結〉βの兎獣人はαの王子に食べられる

ごろごろみかん。
恋愛
α、Ω、βの第二性別が存在する獣人の国、フワロー。 「運命の番が現れたから」 その一言で二年付き合ったαの恋人に手酷く振られたβの兎獣人、ティナディア。 傷心から酒を飲み、酔っ払ったティナはその夜、美しいαの狐獣人の青年と一夜の関係を持ってしまう。 夜の記憶は一切ないが、とにかくαの男性はもうこりごり!と彼女は文字どおり脱兎のごとく、彼から逃げ出した。 しかし、彼はそんなティナに向かってにっこり笑って言ったのだ。 「可愛い兎の娘さんが、ヤリ捨てなんて、しないよね?」 *狡猾な狐(α)と大切な記憶を失っている兎(β)の、過去の約束を巡るお話 *オメガバース設定ですが、独自の解釈があります

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

誰からも食べられずに捨てられたおからクッキーは異世界転生して肥満令嬢を幸福へ導く!

ariya
ファンタジー
誰にも食べられずゴミ箱に捨てられた「おからクッキー」は、異世界で150kgの絶望令嬢・ロザリンドと出会う。 転生チートを武器に、88kgの減量を導く! 婚約破棄され「豚令嬢」と罵られたロザリンドは、 クッキーの叱咤と分裂で空腹を乗り越え、 薔薇のように美しく咲き変わる。 舞踏会での王太子へのスカッとする一撃、 父との涙の再会、 そして最後の別れ―― 「僕を食べてくれて、ありがとう」 捨てられた一枚が紡いだ、奇跡のダイエット革命! ※カクヨム・小説家になろうでも同時掲載中 ※表紙イラストはAIに作成していただきました。

処理中です...