終焉の謳い手~破壊の騎士と旋律の戦姫~

柚月 ひなた

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第一部 第四章 隠された世界の真実

『幕間 不穏の影⑦』

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 聖歴二十五にじゅうご年 パール月二十四日にじゅうよっか
 アディシェス帝国・帝都ラクスム南西に位置するオブシディアン神殿。

 ノエルは神殿内の地下にある宝珠の祭壇セフィラ・アルタールで〝惑星延命術式女神のゆりかご〟の稼働状況を、空中に浮かび青白い光を放つ操作盤パネルと複数の画面モニター越しに確認していた。

 聖地巡礼ペレグリヌス——五年に一度、り行われる祭事の目的は、表向きには世界に点在する女神をまつった十の祭壇をめぐって、祈りを捧げる旅とされている。

 だがその真の目的は、地下の祭壇に安置された宝珠セフィラの無事と、術式が安定稼働しているかを確かめる事。
 
 世界の存亡がかった大事だいじだ。


惑星延命術式女神のゆりかご要石かなめいし宝珠セフィラは魔神の心棒者しんぼうしゃの手により、すでに四つ失われている)


 パール神殿、ルビー神殿、サファイア神殿、そしてここオブシディアン神殿の物だ。

 マナを円滑えんかつ循環じゅんかんさせる役割をになうと同時に、エネルギーの供給源でもあるそれが失われて、当然、術式は不安定な物となった。

 不足分のマナをおぎなうため、かつて考案されたのが〝神聖核コア〟として女神の血族の女性、【女教皇】の神秘アルカナ宿やどした者を人身御供ひとみごくうの生体装置とする手法。


(……〝女神の血族僕達〟の性質を良い様に利用した、外道な手段だ)


 一族は女神へ全幅ぜんぷくの信頼を置き、敬愛けいあい忠誠心ちゅうせいしん女神の使徒アポストロスの比ではない。
 それと女神同様に慈悲深じひぶかく、自己犠牲の精神も強かった。

 世界の存続のためと言われれば、喜んで身を差し出し、不条理にいきどおる者はまれで、そのような者は異端の目で見られたそうだ。


(そう言う意味で、僕は異端者だろうな)


 自分の身を差し出そうだなんて、間違っても思わないし、姉さんが当たり前に犠牲をいられる事には怒りしかない。

 ——高い神力と体内のマナ保有量が多いのも一族の特徴だ。

 中でも【法王】と、【女教皇】の神秘アルカナに選ばれた者は〝女神の代理人〟と呼ばれるに相応ふさわしく、高い神力と莫大ばくだいなマナをその身へ宿す事になる。

 そしてどういう訳か〝神聖核コア〟は【女教皇】の神秘アルカナを宿した女性しかなれなかった。

 その理由は、術式を解読してわかった。
 宝珠セフィラへと転じた女神と神聖核コアとなる者の類似性るいじせい、適合率が求められていたのだ。

 〝一族の男性ノエル〟を含めて、一般女性・男性、神秘アルカナを宿した使徒達等、多様なケースで試したが適合率はいずれも限りなくゼロに近い。

 もはや確かめるすべはないが、神秘アルカナを宿さない一族の女性もそう変わらないだろう。

 ——〝神聖核コア〟の代替えの時期は、来年に迫っている。

 魔神の先兵により、女神の血族が暮らしていた街はほろび、各地へ散らばった者も血を薄めてしまったため一族とは認識されていない。

 ツァディーの〝星海の導きエストワール〟——【星】の神秘アルカナが持つ探知能力でも、生き残りは見つけられなかった。


(だから女神の血族は、今はもう僕と姉さんの二人……)


 次代の〝神聖核コア〟として、姉さんが【女教皇】の神秘アルカナを発現させるのは必然だった。


(姉さんを生贄いけにえささげるなんて、冗談じゃない)


 枢機卿すうききょう達は、現状の歪んだ体制を見直すどころか、〝惑星延命術式女神のゆりかご〟のシステムを維持する事に固持こじ躍起やっきになっている。

 過去には自分を種馬として扱い、一族の血を継いだ子をすよう強要きょうようして、花園へ放り込んだ。
 何故そうしなければならないのか、理由すら告げずに。

 いくら綺麗な花であっても、愛情もなく無理矢理に行為を迫られては、恐怖と嫌悪の対象にしかならない。

 こちらがしたがわないと分かれば〝隷属れいぞく呪詛じゅそ〟と言う邪法にまで手を染めて——。

 思い出して、吐き気がした。


(本当に……おぞましく、悪辣あくらつだ)


 姉さんが生きている事だって【法王】の神秘アルカナを宿すまで知らなかった。
 〝惑延命術式女神のゆりかご〟や〝神聖核コア〟の事もそうだ。

 全部、先代の教皇ルキウス様に教わった。


(教団はくさっている)


 かかげる理念は立派だが、内部を広げて見れば——利権におぼれ、金と権力を搾取さくしゅしてむさぼ為政者いせいしゃ蔓延はびこる、欲と言う汚物をき散らすけがらわしい国だ。


(神聖国と名乗るのも烏滸おこがましい)


 腐敗ふはい筆頭ひっとう枢機卿団カーディナル

 奴らは長年、女神の意思を正しく継いだ慈悲深じひぶかい教皇と、それに付き従う女神の使徒アポストロスを利用して欲望を満たして来た。

 ノエルが教皇の座を継いで、表舞台へ出た今もそれは変わらない。


隷属れいぞく呪詛じゅそで縛られてなければ、一思ひとおもいにくびり殺してやったんだけどな)


 〝隷属れいぞく呪詛じゅそ〟とは、術者の命をけて、相手の行動を意のままに縛る呪いだ。

 制約に反すれば血反吐を吐き、刃物でつらぬかれるような苛烈かれつな痛みに全身がさいなまれる。
 だが、命を落とすことはなく、痛みと恐怖を植え付け反抗心を奪うのが目的だ。

 さらに対象者はみずから命を絶つことが出来ず、術者をがいする事も禁じられている。


(かと言って、解呪を狙い第三者が術者をあやめれば、対象者も命を落とす。
 ……まさに邪法だ)


 奴らは、悪知恵だけは良く回る。

 僕が持つ【法王】の神秘アルカナの浄化作用で、めた〝かせ〟が外れないよう、八人の枢機卿すうききょう順繰じゅんぐりに一定の間隔をたもって、呪詛じゅそかさね掛けをほどこ徹底てっていぶり。


(その執念しゅうねんだけは、尊敬そんけいあたいするよ)


 お陰で【法王】の神秘アルカナても自由の効かない身であった。

 だが、いつか反旗をひるがえし受けた屈辱くつじょくを晴らそうと心に決めていた。

 水面下で密かに動き、世界の真実と姉さんの生存を知ってからは、姉さんを神聖核コア生贄いけにえとしないため、必死に代案を模索もさくした。

 汚辱おじょくまみれながら枢機卿すうききょうの目を盗み、呪詛じゅその作用から来る死に等しい痛みにも耐えて。

 その過程でアイゼンに出会った。
 
 正しくは枢機卿すうききょう達が監視のため付けたお目付け役としてだが、今や自分の腹心、同志だ。


(……馬鹿だよな、奴らも)


 アイゼンは過去、女神の意にそむ背教者はいきょうしゃとして幽閉されている。
 そんな人物を何故、監視役として選んだのか。

 ——それは、僕がアイゼンの息子と同じくらいの年頃だったから。

 親心を利用しようと画策したらしい。

 だが、そもそもだ。
 根底を間違えている。
 

(アイゼンが背教者はいきょうしゃとされた理由を軽視したのは下策げさくだったな)


 アイゼンがそうされた理由は——彼の妻が女神の血族だった事にある。

 彼女はアイゼンと結婚したのちに【女教皇】の神秘アルカナに選ばれ、十九じゅうく年前、生贄いけにえとして〝惑星延命術式女神のゆりかご〟に捧げられた当代の〝神聖核コア〟。

 そして枢機卿すうききょう達は知らないが、その人はノエルの叔母に当たる存在でもあった。

 アイゼンは当然、妻が〝神聖核コア〟となる事に反発したらしいんだが、叔母——オリビアさんに説得されて、その上、二人の間に生まれたまだ幼い息子をたくされて、む無く承知しょうちしたのだとか。

 かくしてオリビアさんは〝神聖核コア〟としてささげられ、アイゼンとその息子は神聖国へ渡った。

 叔母さんの事は幼すぎて記憶にないが、彼らの息子ジークとは面識がある。


(女神の血族が暮らす街で、共に育った友……兄弟に近い)


 しかしジークも、街が魔神の先兵に襲われた際、命を散らせた。

 その時アイゼンが何をしていたかと言うと、息子と引き離され、教団の騎士として働かされていたそうだ。

 で、使い勝手の良いこまであった彼を手放すのをしんだ枢機卿すうききょう達は、ジークが亡くなった事実を隠蔽いんぺいして——のちに、アイゼンは偶然、真相を知ることになり大暴れ。


(そんな男を今度は僕の監視役として利用しようと考えるのだから、笑えるよ)


 アイゼンがしたたかなのは認めるが、想像力に欠けているとしか思えない。


(お陰で僕は動きやすくなったけどね)


 こうして祭事に合わせ、秘密裏ひみつりに進めていた計画を実行に移すことが出来るのも、彼がいたからだ。

 ——姉さんを救うため行き着いた方法は、意外にも単純だった。

 何も〝宝珠セフィラ〟や〝神聖核コア〟にこだわる必要はなかったのだ。
 エネルギー源が失われ、不足していると言うのなら、その分を別のところからおぎえばいい。


(マナは世界に満ち、人々も体内にマナをゆうしているのだからね)


 個人が保有する量は微々びびたる物であったとしても、世界中から寄せ集めれば術式の稼働に問題はない。

 その弊害へいがいとしてマナ欠乏症を発症し、死に至る者が出たとしても、残念ながら当然の帰結きけつだ。


(世界の存続のため、これまでは女神の血族に肩代わりさせていた負債ふさいを、払う時が来ただけさ)


 ——ノエルは思考をめぐらせながら、操作盤パネルを指で叩いた。

 本物オリジナル宝珠セフィラがあった台座には、それをした魔輝石マナストーン——〝疑似ぎじ宝珠セフィラ〟と名付けたそれを配置した。

 今おこなっているのは本物オリジナルもしくは疑似ぎじ宝珠セフィラを基点として、周囲のマナを取り込むように、術式の構成を書きえる作業だ。

 それが今回の聖地巡礼ペレグリヌスすべき、最も重要な事柄で、ここで七か所目となる。
 操作も慣れたもので、軽快に指を踊らせて作業を進めていった。





 その最中、唐突に画面の一つが赤色に染まり、甲高かんだかい音を鳴り響かせた。

 何事かと思い指を止めて視線を向ければ、古代語で警告文が表示されており、目をらして単語を読み取って——意味を飲み込むと、ノエルはため息をついた。


(パール神殿でおこなった術式の改変が破棄はき、ね。
 ……小径パスの再形成に、リソース供給源を変更……か)


 それが誰の手によってされ、何を意味するのか、瞬時にさとった。

 宝珠の祭壇セフィラ・アルタールへの扉を開く事が出来るのは、女神の血族のみ。

 僕以外にそれが可能なのは一人——。


「姉さんの仕業だな」


 先ほどより大きなため息が、れ出ていた。


「聖下、どうなさいましたか?」


 しぶみのある低い声が投げかけられた。
 こちらの様子をいぶかしく思ったのだろう。

 視線を声の聞こえた方向へと向ける。

 声の主は祭壇の入口で地に白銀の剣を突き立て仁王立におうだちしており、鍛え抜かれた体に白銀の鎧を身にまとった男、アイゼンだった。

 後方へ撫で上げるように流した金髪が輝く頭をわずかにかしげ、瑠璃色ラピスラズリの瞳がこちらをうかがっている。


「宝石が目覚めたみたいだ」


 告げると、アイゼンは眉根まゆねを寄せた。


「……イリア様が……ですか」
「姉さんの事だから、何としてでも僕を止めようとするだろうね」


 出来れば事を終えるまで、忘れたままでいて欲しかったのだけど——こうなっては仕方ない。


「アディシェス帝国の動きは?」
「予定通りです」
「そ。今回はちゃんとディアナが仕事したみたいだね」


 こんな事もあろうかと、仕込みはしておいた。

 とりあえずはあと二つの祭壇をめぐるまで姉さんと、姉さんを守る騎士ナイトを足止め出来ればいい。

 そのあとは——僕らの第二の故郷、アルカディア神聖国。
 そこを牛耳ぎゅうじる聖職者の皮をかぶった咎人とがびとを、断罪する祝賀しゅくがの席へ招待しよう。

 長年の研究が実を結び、隷属れいぞくかせ最早もはや存在しない。


(解き放たれた僕は自由だ。
 だから思う存分、奴らに返礼が出来る)


 この身に受けた痛みと恥辱ちじょくを、じっくり丁寧に何倍にもして、きざみ込む機会がようやくおとずれるのだ。


「ああ……うたげの場で、姉さんと会うのが楽しみだよ」


 再会を想像して、頬がゆるみ、口角が上がる。


(きっと美しい光景だ)


 自分達をもてあそび、道具とした奴らを蹂躙じゅうりんする様は壮観そうかんで、それでいて愉快ゆかいだろう。


(優しい姉さんは悲しむかもしれないが、それでいい
 僕は罪を正しくさばく)


 そしてごうを背負う事になろうとも、自分を愛し、命がけで守ってくれた姉さんを——。

 地獄のような日々の中、ただ一つ残されていると知った宝石を、二度と失わぬ様、守ると決めたのだから。
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