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第一部 第四章 隠された世界の真実
第十九話 もし、叶うのなら
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自分の事を娘の様に想ってくれるルーカスの両親の優しさに触れて——。
「……ありがとうございます、ユリエルさん、公爵様」
イリアは目頭に熱が込み上げる感覚を覚え、零れてしまわないよう、必死に堪えながら、告げた。
「ダメよ、イリアお義姉様。そこはお義父様、お義母様って呼んであげないと」
「私達はいずれ家族になるのですから、今の内から慣れて行きましょう」
双子の姉妹がレナートの横へ並んで、瓜二つな可愛らしい陽だまりのような笑顔を見せた。
「〝旋律の戦姫〟は今や王都の危機を救った救世主。暗いニュースが続いたし、二人の慶事を告示すれば、国中が歓喜に沸くだろうね」
「はい! 国を挙げての盛大なイベントになる事、間違いなしですね」
馬上から楽しそうな声が降り、双子達から一歩引いた場所に立つリシアが、夜を思わせる黒瑪瑙の瞳を星のように煌めかせた。
彼らは全てを知っているはずなのに、同情の目を向けるどころか、暗にこの先も未来は続くのだと語っている。
(ルーカスが優しくて強いのは、愛情深いご両親と家族、ちょっと癖はあるけど思いやりのあるゼノン王子やディーンさんみたいなお友達がいたからだね)
彼らの温かさに触れて、語られる未来に想いを馳せ——。
イリアの瞳から熱を孕んだ雫が溢れた。
(——生きたいよ)
女神様の血を継ぐ一族、【女教皇】の神秘を宿し、女神様の代理人である〝イルディリア・フィーネ・エスペランド〟。
女神の使徒として【太陽】の神秘を冠する〝旋律の戦姫レーシュ〟。
(どちらも私。使命を帯びて生きる、女神様の僕としての、私。
……だけど——)
使命を果たすため、何事も躊躇わなかった頃の自分は、もういない。
ルーカスと出会って様々な感情を知り、想いを通わせて得た幸福。
皆と関わる事で積み重ねた大切な思い出が胸中にある。
知らない頃には戻れない。
だから、強く願わずにはいられなかった。
(……もし、叶うのなら。
使命なんて忘れて、どちらでもないただの〝イリア・ラディウス〟として生きたいよ。
ルーカスと、皆と、この先もずっと……)
——頬に流れた雫を掬う感触があり、思考を浮上させると、ユリエルの指先がイリアの頬へ触れていた。
「イリアちゃん、辛かったらいつでも言うのよ」
「……はい、お義母様。心配してくれて、ありがとうございます」
最悪の事態を考えて気持ちが沈んでしまったけれど、可能性はある。
悲嘆に暮れる必要はないのだと、気持ちを奮い立たせてイリアは微笑んだ。
眉尻を下げたユリエルが釣られたように美麗な花を咲かせ、その表情がルーカスと重なる。
親子なだけあって、笑った顔がそっくりだ。
その後、斥候に出ていた兵から帝国軍が至近距離に迫った報せが届き、皆は配置へと戻った。
公爵様がどことなく寂しそうに佇んでいて、首を傾げると「お義父様と呼ばれなくて、残念がっているんですよ」とシェリルに耳打ちされた。
見た目にそぐわず可愛らしい一面を持つ公爵様に、ほっこりした気持ちになる。
機会を見て「お義父様」と、呼んであげようとイリアは思った。
——暫くして、地平線に敵軍の影が見えて来た。
雲行きの怪しかった空からは遂に、冷たい雨粒が降り始める。
「レーシュ様、こちらを」
一部始終を静観していたフェイヴァから、教団で使用していた純白の外套が手渡された。
イリアは「ありがとう」と告げて衣服の上へ羽織る。
「……大丈夫ですか?」
彼は振りしきる雨が衣服を濡らし、跳ねた黒柿色の癖毛をなだらかにしていく事も気にならないのか、外套を羽織る素振りも見せず、翡翠の瞳で見つめて来た。
薄暗いせいか、赤い瞳孔が開いている。
相変わらず感情の読めない無表情で言葉数も少ないが、長年の付き合いもあってフェイヴァが考えている事は大体わかる。
あんな風に人前で涙を見せるなんて以前には考えられなかった事だから、心配してくれたのだろう。
イリアは頭巾に銀糸を収めて被ると、フェイヴァに向けた視線を前へ戻した。
「大丈夫、覚悟は出来ているもの。後悔のないように、私は歩むだけよ」
どのような結末を迎える事になろうとも——。
女神様の意思を継ぎ、私の意志で以って、既に道は選んだ。
「そうですか。ならば盾として、役目を果たす迄です」
フェイヴァが淡々と告げ、後ろ背に収納していた二対の槍を両手に携えた。
「——治癒術師隊、防壁展開! 魔術師隊は大規模魔術の詠唱準備だ! 逸るなよ、十分引きつけろ!」
ゼノンが黒馬を嘶かせ、号令と共に剣を空へと掲げると、マナの煌めきと共に、光の防壁が陣の上空へ展開した。
魔術師隊は文言を唱え始め、レナートを皮切りに銀の鎧を纏い獅子の描かれたマントをはためかせた騎士達が、次々に抜剣して接敵に備えた。
イリアも左腕を鞘に添え、右手で宝剣を引き抜くと——左腕へ身に着けた、細身の腕輪が揺れて金属音を鳴らした。
柘榴石のあしらわれた腕輪。
贈り主の瞳と同じ色を見て、彼を思い出してしまう。
(……ルーカス)
彼も今頃、別動隊として奮闘している事だろう。
過去の心的外傷を乗り越え、未来を切り拓くため迷いなく力を行使すると決めたルーカスはやっぱり強い。
(彼に、そして何より自分に恥じないように、私も為すべきことを為そう)
イリアは宝剣を垂直に、持ち手を両手で握り締めると胸の位置に上げ、額を銀の剣身に寄せて精神を研ぎ澄ませた。
(願わくば、この身に宿る力と歌が脅威を打ち払い、世界中の誰もが笑って過ごせる未来を、紡がん事を——)
開戦の刻、戦場には美しき旋律が響き、アディシェス帝国軍は殲滅の光に飲まれた。
そうして優位に立った王国軍は、敵軍ど真ん中へ食い込んだルーカス率いる特務部隊に迫る勢いで、戦線を押し上げて行った。
「……ありがとうございます、ユリエルさん、公爵様」
イリアは目頭に熱が込み上げる感覚を覚え、零れてしまわないよう、必死に堪えながら、告げた。
「ダメよ、イリアお義姉様。そこはお義父様、お義母様って呼んであげないと」
「私達はいずれ家族になるのですから、今の内から慣れて行きましょう」
双子の姉妹がレナートの横へ並んで、瓜二つな可愛らしい陽だまりのような笑顔を見せた。
「〝旋律の戦姫〟は今や王都の危機を救った救世主。暗いニュースが続いたし、二人の慶事を告示すれば、国中が歓喜に沸くだろうね」
「はい! 国を挙げての盛大なイベントになる事、間違いなしですね」
馬上から楽しそうな声が降り、双子達から一歩引いた場所に立つリシアが、夜を思わせる黒瑪瑙の瞳を星のように煌めかせた。
彼らは全てを知っているはずなのに、同情の目を向けるどころか、暗にこの先も未来は続くのだと語っている。
(ルーカスが優しくて強いのは、愛情深いご両親と家族、ちょっと癖はあるけど思いやりのあるゼノン王子やディーンさんみたいなお友達がいたからだね)
彼らの温かさに触れて、語られる未来に想いを馳せ——。
イリアの瞳から熱を孕んだ雫が溢れた。
(——生きたいよ)
女神様の血を継ぐ一族、【女教皇】の神秘を宿し、女神様の代理人である〝イルディリア・フィーネ・エスペランド〟。
女神の使徒として【太陽】の神秘を冠する〝旋律の戦姫レーシュ〟。
(どちらも私。使命を帯びて生きる、女神様の僕としての、私。
……だけど——)
使命を果たすため、何事も躊躇わなかった頃の自分は、もういない。
ルーカスと出会って様々な感情を知り、想いを通わせて得た幸福。
皆と関わる事で積み重ねた大切な思い出が胸中にある。
知らない頃には戻れない。
だから、強く願わずにはいられなかった。
(……もし、叶うのなら。
使命なんて忘れて、どちらでもないただの〝イリア・ラディウス〟として生きたいよ。
ルーカスと、皆と、この先もずっと……)
——頬に流れた雫を掬う感触があり、思考を浮上させると、ユリエルの指先がイリアの頬へ触れていた。
「イリアちゃん、辛かったらいつでも言うのよ」
「……はい、お義母様。心配してくれて、ありがとうございます」
最悪の事態を考えて気持ちが沈んでしまったけれど、可能性はある。
悲嘆に暮れる必要はないのだと、気持ちを奮い立たせてイリアは微笑んだ。
眉尻を下げたユリエルが釣られたように美麗な花を咲かせ、その表情がルーカスと重なる。
親子なだけあって、笑った顔がそっくりだ。
その後、斥候に出ていた兵から帝国軍が至近距離に迫った報せが届き、皆は配置へと戻った。
公爵様がどことなく寂しそうに佇んでいて、首を傾げると「お義父様と呼ばれなくて、残念がっているんですよ」とシェリルに耳打ちされた。
見た目にそぐわず可愛らしい一面を持つ公爵様に、ほっこりした気持ちになる。
機会を見て「お義父様」と、呼んであげようとイリアは思った。
——暫くして、地平線に敵軍の影が見えて来た。
雲行きの怪しかった空からは遂に、冷たい雨粒が降り始める。
「レーシュ様、こちらを」
一部始終を静観していたフェイヴァから、教団で使用していた純白の外套が手渡された。
イリアは「ありがとう」と告げて衣服の上へ羽織る。
「……大丈夫ですか?」
彼は振りしきる雨が衣服を濡らし、跳ねた黒柿色の癖毛をなだらかにしていく事も気にならないのか、外套を羽織る素振りも見せず、翡翠の瞳で見つめて来た。
薄暗いせいか、赤い瞳孔が開いている。
相変わらず感情の読めない無表情で言葉数も少ないが、長年の付き合いもあってフェイヴァが考えている事は大体わかる。
あんな風に人前で涙を見せるなんて以前には考えられなかった事だから、心配してくれたのだろう。
イリアは頭巾に銀糸を収めて被ると、フェイヴァに向けた視線を前へ戻した。
「大丈夫、覚悟は出来ているもの。後悔のないように、私は歩むだけよ」
どのような結末を迎える事になろうとも——。
女神様の意思を継ぎ、私の意志で以って、既に道は選んだ。
「そうですか。ならば盾として、役目を果たす迄です」
フェイヴァが淡々と告げ、後ろ背に収納していた二対の槍を両手に携えた。
「——治癒術師隊、防壁展開! 魔術師隊は大規模魔術の詠唱準備だ! 逸るなよ、十分引きつけろ!」
ゼノンが黒馬を嘶かせ、号令と共に剣を空へと掲げると、マナの煌めきと共に、光の防壁が陣の上空へ展開した。
魔術師隊は文言を唱え始め、レナートを皮切りに銀の鎧を纏い獅子の描かれたマントをはためかせた騎士達が、次々に抜剣して接敵に備えた。
イリアも左腕を鞘に添え、右手で宝剣を引き抜くと——左腕へ身に着けた、細身の腕輪が揺れて金属音を鳴らした。
柘榴石のあしらわれた腕輪。
贈り主の瞳と同じ色を見て、彼を思い出してしまう。
(……ルーカス)
彼も今頃、別動隊として奮闘している事だろう。
過去の心的外傷を乗り越え、未来を切り拓くため迷いなく力を行使すると決めたルーカスはやっぱり強い。
(彼に、そして何より自分に恥じないように、私も為すべきことを為そう)
イリアは宝剣を垂直に、持ち手を両手で握り締めると胸の位置に上げ、額を銀の剣身に寄せて精神を研ぎ澄ませた。
(願わくば、この身に宿る力と歌が脅威を打ち払い、世界中の誰もが笑って過ごせる未来を、紡がん事を——)
開戦の刻、戦場には美しき旋律が響き、アディシェス帝国軍は殲滅の光に飲まれた。
そうして優位に立った王国軍は、敵軍ど真ん中へ食い込んだルーカス率いる特務部隊に迫る勢いで、戦線を押し上げて行った。
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