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哀歌~追憶~
第十六話 親睦≪progrès≫
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ルーカスはレーシュに様々な事を語り聞かせた。
家族の事——。
「俺の父上は王国軍の元帥。武に秀で軍人らしく厳格な人だ。けど、家族に見せる顔は『別人なんじゃ?』って思うくらい違っていてさ。母上と俺達への愛情表現が凄いんだ。溺愛してくるって言えば伝わるわかるかな……。幼い頃はそれが父の素だと思ってたから、公の場で姿を初めて見た時は驚いたよ」
「……うん」
「母上は破天荒な人だ。兎に角、行動が予測できない。常に動き回っては問題に突っ込んでいく、嵐のような人で……。物心ついた頃には何故か、母上に戦場を連れ回されていたんだよなぁ。魔術を行使して敵を一網打尽にする姿は格好良かったけど……さすがに戦場は怖かった。子供を連れて行くところじゃないよな」
「……危ない……ね」
「だろ? でも、母上は『愛しい我が子と片時も離れたくなかった』っていうんだ。突っ込みどころしかないよ」
「……うん」
「それから、俺には歳の離れた妹が二人いる。双子の姉妹。見た目はそっくりでたまに間違えそうになるくらいなんだけど、面白い事に性格は全然違うんだ。シャノンは母上に似て猪突猛進なところがあるし、シェリルは年齢の割に大人びてしっかりしていて——」
「妹……」
ルーカスは一言、二言、返して来る少女の反応を確かめながら、話した。
家族だけでなく、幼馴染の事、騎士学校時代の事、他国の文化や食事に至るまで。知識や思い出、見聞きした事を語りつくす勢いで。何日もかけて、話した。
(すると少しずつ、彼女は興味を持った事に反応を示すようになった。とりわけ〝家族〟と〝食べ物〟への関心が強かったように思う)
ある時、口の中で蕩ける甘い菓子——ショコラの話をした時には、
「知ってる。聖下が、よく食べさせてくれる」
と、ほわほわと花が舞うような空気を纏い、声を弾ませていた。
彼女の〝好きな物〟が一つ、見えた瞬間だ。
「レーシュは甘い物が好きなんだな」
「……好き?」
「自分で気付かないか? 頬が緩んでる」
指摘すると、彼女は両手で自分の頬をむにむにと触り出した。が、変化はわからなかったようで、首を捻っている。
無意識でやっているのだろうが、あざとい。ルーカスは口元に笑みを浮かべ、不覚にも思ってしまった。
「はは! 可愛いな」
——と。言い終えてから、自分がうっかり口走った言葉に気付く。
異性に対しての〝可愛い〟は誤解を与えかねない。さらに、彼女へ対する明確な好意が芽生え始めている事にも、戸惑った。
「……かわ、いい……」
「あ、いや、その……変な意味はなくて、さ。……妹……そう、妹達を思い出して! 君も年下だし、妹みたいだなって思ったら、可愛いって思ったんだ。ただ、それだけで……」
冷製に考えれば、レーシュは深読みするような子ではない。だから、必死に弁明する必要もなかったのだが、ルーカスは気が動転してそこまで考えが及ばなかった。
「妹……そっか、妹……」
〝妹〟と聞いたレーシュは、ショコラの話の時と同じく、どことなく声が弾んでいる。喜んでいるように見えた。
変に誤解されなくて良かった、とルーカスは胸を撫で下ろす。
「いつか君に会わせたいな、妹達を。きっといい友達になれるよ」
「友達……」
「ああ。前にゼノンとディーン、幼馴染達の話はしただろ? 一緒に遊んだり、しゃべったり。時に馬鹿みたいな事をしてさ。楽しい時間を共有できる親しい存在を友達って言うんだ」
「……なれる、かな?」
疑問形ではあるが前向きな返答だ。これまでであれば、頷くだけで終わっていただろう。ちょっとした少女の変化に、ルーカスは嬉しくなる。
「なれる、絶対に。俺が保証するよ」
「うん。そうだと……いいな」
少女は力強く頷いた。
ルーカスはレーシュと妹達が仲良く過ごす未来を想像して、嬉しい気持ちが大きくなっていく。と、同時に。カレンを失った空虚を埋めるかのように、レーシュへの好意の芽が根付き、育とうとしていた。
(……まるで、カレンの代わりを彼女に求めているようだった)
そう思った途端「なんてことを考えているんだ」と、己を恥じた。レーシュへ向ける感情が酷く汚いものに見えて、不快感を覚えた。
守れなかった己の不甲斐なさを捨て置いて、恩人である少女へこんな想いを抱くのは、間違っている。
だから、ルーカスは想いに蓋をして、気付かないフリをした。
「……ね、どうしたの?」
すぐ近くで声がした。いつの間にか、対面に座っていたはずのレーシュが顔を覗き込んでいる。
急に黙りこくった事を不審に思ったのだろうが、近い。ルーカスの心臓が跳ねた。驚きのあまり「うわ!?」と情けない声を発しながら飛び退き、行き付いた先は壁。勢い余って頭を打ち付けた。
「痛……ッ!」
「大丈夫?」
レーシュが側へ寄って治癒術の唱歌を奏で、行使する仕草を見せる。が、ルーカスは「大丈夫、大丈夫」と、行動を制した。
「軽くぶつけただけだ、治癒術を使うまでもないよ」
「……そう? すごい、音がしたよ……?」
思い切りぶつけたのは確かだが、こんな事で治癒術を使わせるのは気が引けた。
「大丈夫だって。こう見えて、俺も軍人だ。訓練や実戦ともなれば、これ以上の怪我は日常茶飯事だし、痛みには強い。どうってことないって」
「なら、いいけど……」
レーシュは懐疑的だった。
こういう時は、もう笑ってごまかすしかない。
ルーカスは「大丈夫」と連呼しながら乾いた笑い声を上げ、それはしばらく、部屋の中に反響し続けた。
家族の事——。
「俺の父上は王国軍の元帥。武に秀で軍人らしく厳格な人だ。けど、家族に見せる顔は『別人なんじゃ?』って思うくらい違っていてさ。母上と俺達への愛情表現が凄いんだ。溺愛してくるって言えば伝わるわかるかな……。幼い頃はそれが父の素だと思ってたから、公の場で姿を初めて見た時は驚いたよ」
「……うん」
「母上は破天荒な人だ。兎に角、行動が予測できない。常に動き回っては問題に突っ込んでいく、嵐のような人で……。物心ついた頃には何故か、母上に戦場を連れ回されていたんだよなぁ。魔術を行使して敵を一網打尽にする姿は格好良かったけど……さすがに戦場は怖かった。子供を連れて行くところじゃないよな」
「……危ない……ね」
「だろ? でも、母上は『愛しい我が子と片時も離れたくなかった』っていうんだ。突っ込みどころしかないよ」
「……うん」
「それから、俺には歳の離れた妹が二人いる。双子の姉妹。見た目はそっくりでたまに間違えそうになるくらいなんだけど、面白い事に性格は全然違うんだ。シャノンは母上に似て猪突猛進なところがあるし、シェリルは年齢の割に大人びてしっかりしていて——」
「妹……」
ルーカスは一言、二言、返して来る少女の反応を確かめながら、話した。
家族だけでなく、幼馴染の事、騎士学校時代の事、他国の文化や食事に至るまで。知識や思い出、見聞きした事を語りつくす勢いで。何日もかけて、話した。
(すると少しずつ、彼女は興味を持った事に反応を示すようになった。とりわけ〝家族〟と〝食べ物〟への関心が強かったように思う)
ある時、口の中で蕩ける甘い菓子——ショコラの話をした時には、
「知ってる。聖下が、よく食べさせてくれる」
と、ほわほわと花が舞うような空気を纏い、声を弾ませていた。
彼女の〝好きな物〟が一つ、見えた瞬間だ。
「レーシュは甘い物が好きなんだな」
「……好き?」
「自分で気付かないか? 頬が緩んでる」
指摘すると、彼女は両手で自分の頬をむにむにと触り出した。が、変化はわからなかったようで、首を捻っている。
無意識でやっているのだろうが、あざとい。ルーカスは口元に笑みを浮かべ、不覚にも思ってしまった。
「はは! 可愛いな」
——と。言い終えてから、自分がうっかり口走った言葉に気付く。
異性に対しての〝可愛い〟は誤解を与えかねない。さらに、彼女へ対する明確な好意が芽生え始めている事にも、戸惑った。
「……かわ、いい……」
「あ、いや、その……変な意味はなくて、さ。……妹……そう、妹達を思い出して! 君も年下だし、妹みたいだなって思ったら、可愛いって思ったんだ。ただ、それだけで……」
冷製に考えれば、レーシュは深読みするような子ではない。だから、必死に弁明する必要もなかったのだが、ルーカスは気が動転してそこまで考えが及ばなかった。
「妹……そっか、妹……」
〝妹〟と聞いたレーシュは、ショコラの話の時と同じく、どことなく声が弾んでいる。喜んでいるように見えた。
変に誤解されなくて良かった、とルーカスは胸を撫で下ろす。
「いつか君に会わせたいな、妹達を。きっといい友達になれるよ」
「友達……」
「ああ。前にゼノンとディーン、幼馴染達の話はしただろ? 一緒に遊んだり、しゃべったり。時に馬鹿みたいな事をしてさ。楽しい時間を共有できる親しい存在を友達って言うんだ」
「……なれる、かな?」
疑問形ではあるが前向きな返答だ。これまでであれば、頷くだけで終わっていただろう。ちょっとした少女の変化に、ルーカスは嬉しくなる。
「なれる、絶対に。俺が保証するよ」
「うん。そうだと……いいな」
少女は力強く頷いた。
ルーカスはレーシュと妹達が仲良く過ごす未来を想像して、嬉しい気持ちが大きくなっていく。と、同時に。カレンを失った空虚を埋めるかのように、レーシュへの好意の芽が根付き、育とうとしていた。
(……まるで、カレンの代わりを彼女に求めているようだった)
そう思った途端「なんてことを考えているんだ」と、己を恥じた。レーシュへ向ける感情が酷く汚いものに見えて、不快感を覚えた。
守れなかった己の不甲斐なさを捨て置いて、恩人である少女へこんな想いを抱くのは、間違っている。
だから、ルーカスは想いに蓋をして、気付かないフリをした。
「……ね、どうしたの?」
すぐ近くで声がした。いつの間にか、対面に座っていたはずのレーシュが顔を覗き込んでいる。
急に黙りこくった事を不審に思ったのだろうが、近い。ルーカスの心臓が跳ねた。驚きのあまり「うわ!?」と情けない声を発しながら飛び退き、行き付いた先は壁。勢い余って頭を打ち付けた。
「痛……ッ!」
「大丈夫?」
レーシュが側へ寄って治癒術の唱歌を奏で、行使する仕草を見せる。が、ルーカスは「大丈夫、大丈夫」と、行動を制した。
「軽くぶつけただけだ、治癒術を使うまでもないよ」
「……そう? すごい、音がしたよ……?」
思い切りぶつけたのは確かだが、こんな事で治癒術を使わせるのは気が引けた。
「大丈夫だって。こう見えて、俺も軍人だ。訓練や実戦ともなれば、これ以上の怪我は日常茶飯事だし、痛みには強い。どうってことないって」
「なら、いいけど……」
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こういう時は、もう笑ってごまかすしかない。
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