終焉の謳い手~破壊の騎士と旋律の戦姫~

柚月 ひなた

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哀歌~追憶~

第二十一話 切望する力とは≪volonté≫

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(フェイヴァは、俺を弱いと断じるだけあって、圧倒的な戦闘技術を有していた)


 彼の武器は槍。距離を取ればリーチを活かした薙ぎ払いや突き、逆に懐へ潜り込めばを利用した棒術で応戦された。

 しかも槍は二対。一本でこちらの手を封じ、もう一本で攻撃に転じてくる。二対の槍をまるで手足のように扱う様は圧巻だ。

 攻め込もうにも隙がなく、ルーカスは一方的に押し込まれて——。

 二対の槍から繰り出される突きを回避できず、刀身で受けたはいいものの。刀を打ち砕く勢いの衝撃。純粋な腕力が生み出す力に踏ん張りが利かず、吹き飛ばされた。


「——くっ!」


 受け身を取り、片膝をつく。フェイヴァは穂先をこちらへ向け悠然とたたずんでいた。
 どう見ても敗北だ。戦場であれば追い打ちをかけられ、確実に命を奪われている。


(腕には覚えがあると思っていた。しかし、井の中の蛙大海を知らず、だ)


 息が上がって汗にまみれた自分と違って、フェイヴァは呼吸一つ乱れていない。こんな腕前で誰かを守ろうだなんて、叶うはずもない。未熟にもおごっていた事をルーカスは恥ずかしく思った。


「完敗……だ」


 悔しさに唇を噛む。どう足掻いても埋められない実力差が彼との間に存在している。
 フェイヴァはルーカスの宣言に「冷静な判断だ」と評し、構えを解いた。


「……本当に、強いんだな。手も足も出なかった」

「この程度。才能ある者ならば、到達できる域だ」

「才能、か」


 ルーカスは思考する。自分にその才能はあるのだろうか、と。

 王国のたけ獅子ししと呼ばれる父に師事して鍛えられ、騎士学校を首席で卒業して騎士となり。軍人として国に仕え、実戦の中で研鑽けんさんを積んだつもりでいたが、果たして。それはどれほどの強さと昇華できたのか。

 生半可に実力があるものだから、〝才能がある〟と、錯覚していただけなのではないのか。

 超常の力を操る存在——女神の使徒アポストロスや、アレイシス。フェイヴァのような真の強者つわものを前にすれば自分など、矮小わいしょうな存在にしか思えなかった。

 思考に沈んでいると。「ふぅ」と溜めた息を吐き出す音が聞こえた。


「おまえは、内気功サークル——体内に保持するマナを循環させ、身体能力を強化するすべに心得があるな?」


 フェイヴァの質問に、ルーカスは頷く。


「勿論だ。武人ならば、基礎として学ぶものだろう?」


 内気功は魔術以外で、身体を強化出来る手段である。
 ルーカスは父に教わり、修得した。


「基礎か。確かにそうだ。だが、おまえたちはマナとの親和性が高いせいか? 基礎だという認識はあるくせに、随分とぬるい使い方をする」

「ぬるい……?」

「ぬるい。今の運用では精々、子熊ほどの力の足しにしかならない。宝の持ち腐れだ」


 フェイヴァの話にルーカスは眉根を寄せた。


内気功サークルとはあくまで補助的なもので、攻撃魔術のような破壊力を生み出すものじゃないだろ?」

「そこの認識が間違っている。……語るより見せた方が早いな」


 「下がっていろ」と言われて、ルーカスは修練場の壁際に寄る。フェイヴァはそれを見届けると二対の槍を交差させ、精神統一のためだろうか。まぶたを伏せた。

 室内が静寂に支配されていく中。フェイヴァのまとう空気が変わり、周囲の大気が震えた。


(これは……っ)


 可視化して目に見えるものではないが不思議と理解できた。彼のいう内気功サークル。彼の内なるマナが爆発的に活性化し、体内を循環しているのだと。

 しかして、その活性化が最高潮に達した時。

 フェイヴァは床を蹴り、跳んだ。彼の足場となっていた床が、大きな音と共に割れてへこむ。ただ蹴っただけだというのに、凄まじい力だ。
 ルーカスは息を飲んで、跳び上がったフェイヴァを見つめた。

 すると彼は滞空で右手を振り上げ。槍を投擲した。
 電光石火のごとき槍が床へ、傾斜に飛来する。

 床に到達したそれがどれほどの破壊力であったかは言うまでもない。
 一瞬、大地が揺れて轟音が響き渡り、辺り一面が粉塵ふんじんに包まれた。

 まるで炎を纏った隕鉄いんてつの魔術が撃ち込まれたような衝撃だ。

 ルーカスは粉塵を腕でさえぎりながら、それをやって退けた人物が着地するのを呆然と見つめた。


「これで、理解しただろう。如何におまえたちが、基礎を扱えていないか」


 広い修練場の床は——原型を留めていない。
 フェイヴァは当然の事のように語るが、これが本当に人の為せる技なのか。次元が違いすぎて、この目で見てもすぐには信じ難かった。


「……まだ信じられないか」

「あ、当たり前だろ。こんなの……おまえだって使徒なんだから、神秘アルカナの力を使ったんじゃないのか?」

「今は使っていない」


 「今は」という言葉を信じるなら、ここに神秘アルカナの力が加わったらどうなるのか。とんでもない化物だと、ルーカスは畏怖いふの念を抱いた。
 フェイヴァはそんな考えを見透かすように、ルーカスを射抜き。


「能力だけ見れば、おまえの方がよっぽど化物じみている。因果も法則も、その力の前では無意味なのだから。
 ……だが、おまえは弱い。器が未熟では力も活かせない。あの方の為に、強くなれ。その意思があるならば、オレが手を貸そう」


 と告げて右手を差し出した。彼の言う「あの方」とは、枢機卿すうききょうの事だろう。そう思うと、強くなりたいという思いはあっても辟易した。

 けれど、高みへと至れる可能性が目の前にある。あの時のように、何も出来ないまま失うくらいなら——ちっぽけな自尊心プライドなど、不要だ。

 ルーカスはフェイヴァの右手を握り返し、う。


「教えてくれ。どうしたら、おまえのように強くなれるか」


 もう二度とあんな思いを、出来事を繰り返さないために。守りたい人を守れる力を手にするのだと、ルーカスは確固たる思いを燃やした。
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