老化モノ短編集

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日記

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飛行機で眠ること1時間、俺はF県の空港に降り立った。
名産品の広告に心惹かれたが、観光の時間はない。

結婚詐欺師「リナ」の捜索。
それが今回の目的。
これまでに数件の詐欺に関わっており、
依頼者もこの女に相当な額を貢がされたようだ。
なんとしても行方を掴んでほしいとの依頼だった。

今のところ、最後に「リナ」が目撃されたのがF県行きの飛行機のロビーだ。
ここから先は地道に探すしかない。

「ま、すぐ見つかるでしょ」
俺はこの分野で20年は経験がある。
最近はSNSもあるし、人探しも慣れたものだ。
実際、「リナ」の目撃者はすぐに現れた。


翌日。
「リナ」が出入りしていたという住宅の裏が取れた。
住所を特定し、現地に向かったのだが…

「なんか、変な家だな」
綺麗な外観だったが、言いようもなく嫌な感じを醸し出していた。
自分だったら絶対住まないが、後ろめたい奴はこういう場所に好んで潜伏する。
経験則では、ここは当たりだ。

その後しばらく観察と準備を行い、
夜間に侵入・拘束することにした。

手際よく鍵を開け侵入を果たした俺は、物音に注意しながら各部屋を見て回る。
リビング、個室、キッチン…。
今のところ、「リナ」らしい女はいない。
最後に寝室を訪れた。
ベッドに人のような盛り上がりがある。
寝ているなら好都合、と近寄ってみたが、それは「リナ」ではなく、全く別人の老婆だった。
しかも、呼吸をしていない。

「マジかよ」
まだ死後時間が経っていないようだ。
面倒に巻き込まれる前に、撤収しよう。
布団を元に戻し、辺りの気になるものを回収してホテルに引き返した。

本人は見つからなかったが、思わぬ収穫があった。
中身を見ると日記のようで、その時々の『設定』も書かれている。
比較的新しいページには「リナ」の設定もあった。

しかし、ミスにしてもあまりに致命的だ。
これまで狡猾に振る舞ってきた詐欺師が、こんなマヌケを晒すだろうか…?

ミスリードを疑っていたが、
読み進めるうちに明らかに様子のおかしい文章が見られるようになった。
念の為、最後まで読んでみることにした。


─「リナ」のものと思われる日記より─

5月12日
綺麗な家が見つかって良かった。
営業からは変な空気を感じたが、住んでみるとそんなに悪くない。
しばらくはここでのんびりしようかな。

5月13日
こっちでの金ヅルもできたし、生活基盤もだいぶ整ってきた。
やっぱり人の金使って遊ぶのは楽しい。

5月14日
近くのコンビニに、私の指名手配写真があった。
もっと写りがいいのを使って欲しかった。
でもちょっと有名人みたい。

5月21日
遊んだ男に「笑い皺が可愛い」って言われた。
そんなの言われたことなかったなあ

5月22日
朝から胸が苦しい。
ここ数日飲みすぎたせい?
なんか腰も痛い…
ちょっと遊びは控えようかな。

5月28日
ここ最近目が見えにくかったのは白内障のせいらしい。
この家に住んでからあちこち悪くなってる気がする。

5月30日
寝起きに警察が家に来た。
用意ができずマスクをして出たが、気づかれずに済んだみたい。
最近白髪を見つけたし、変装も兼ねて髪を染めてみた。
染めた後もいい感じ。

6月2日
マジ無理。
金ヅルの分際で、私のすっぴん見て怒って帰るなんて。
しかもババアとか言いやがった。
絶対許さない。

6月3日
階段で転んじゃった。
足を折って病院に行ったら、骨密度が異常に低いって…
中年女性の数値だって言われちゃった。

6月12日
伸びてきた髪の毛が真っ白だった
これってもしかして、 これまでのだって…
いや そんな訳ない
まだ私は24歳なんだから

6月13日
通院の前に、本を見つけた
前の住人のもの?
あとで確認する


なんで(判読不能)そんな大事なことなら
もっとわかる所に書いててよ
知ってたらこんな所すぐ出たのに
(判読不能)誰か助(判読不能)のは嫌だ


7月4日
もう外に出たくないから
最近はほとんど寝て過ごしてる
目を凝らして、鏡を見たら
おばあちゃんがいた
嘘つきの鏡は割ってやった

日付無し
髪の◼︎っ白になって
シワ(判読不能)
目が覚めたら元に戻ってる

日付なし
だれか(判読不能)けてく(判読不能)い
(判読不能)して
若(判読不能)

─日記はここで終わっている─


「…信じられん」
非科学的だ。
しかし、あの老婆が「リナ」だったとしたら。
証拠が無警戒に残されていたことにも説明はつく。
警戒中の警察にバレなかったことにも。

翌日、再びあの家を訪れた。
寝室にはまだ死体がある。
俺は用意したアプリを起動して、老婆の顔を写真に収めた。
アプリを操作し、AI処理を行う。

「これは…」
処理が終わり、老婆の若い頃をシミュレーションした画像が出力される。
その顔は、依頼人から提供された「リナ」の顔写真に酷似していた。


後日。
俺は報告書をまとめ、依頼人との面談を済ませた。
書類上では病死ということにしている。
日記からは「リナ」の口座情報も見つかったので、それを餌に多少の違和感には目を瞑ってもらった。

興味本意で調べてみたが…
あの家で何度か事件が起きていたようだ。
その時も住民が消え、身元の分からない老人が中で倒れていたらしい。

そういえば、あの家は築年数不明とのことだ。
近辺の老人が生まれた時にはあったという。
外観も中身も新築にしか見えなかったが…。

ふと、自分の前髪に目をやった。
「…白髪、ちょっと増えたかな」


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